第18話:もう決めたの、鳥を見に行くって(参)

 明治42年6月のことである。一応、一族会社の株主である孝三少年は株主総会に出向くことになっているが、実はこの当時、既に孝三少年は婿養子となる計画が進められており(数年前で数話前(第9話あたり)に脇坂安斐から相談されていた「せい」という少女との婚約である)、何度か面会することもあって彼自身、山本家より婿養子先である家に帰属意識が向いていた。そして、「せい」の実家は地元では非常に名家であり、同時に「武士の商法」に成功したのか裕福でもあった。このまま安穏と守りに入っても悠々と暮らせる、それだけは確かであった。だが、彼は「守勢の人」という自己評価とは真逆の行動を取り始める……。


 珍しく、病床の様子ではない安斐。あるいは、これから起こることを予見して、気丈を張っていたのかもしれないが、それはどうでもいい。彼は、数えで71にも関わらず、今日は元気な様子を見せていた。

「さて、神童麒麟児。否、孝三よ。おぬしももう昔で言うところの元服の歳も近い。そろそろ、せいと結婚の儀を挙げてみぬか」

「ははっ」

  ……ついにこの日が来た、か。相手があるものとはいえ、彼女との結婚は確実に未来の自分へと繋がるはずだ。生前、系図を確認した甲斐があった。それに、彼女の実家こそが、俺の苗字なのだから頷くのは当たり前だ。

「おうおう、今日はいつにも増して素直じゃのう。それではせいも、入って参れ」

「はい」

   あら、旦那様は今日もりりしいこと。最近では研究で帝国を変えつつあるらしいですし、随分と立派になられたというのに脇坂様ったら相変わらず旦那様をからかうのですから。

「おお、似合いの夫婦になりそうじゃ。……さて、孝三よ。せいとの婚姻を挙げるに当たって、一つ頼みがある。聞いてくれるか」

   ……ああ、あの案件を旦那様に頼むのですね。確かに、旦那様であれば何か妙案が浮かぶかも知れませんが……。

「……可能な案件であれば」

「ふむ、安請け合いせぬだけ立派じゃのう。……実はな、儂も養子なのじゃが、養子元の義父上の嫡孫が無事大きくなっての。儂からすれば甥に当たる。そして儂もそろそろお迎えが近い。ここは一つ、保護を恃まれてくれるか」

「……保護?」

  ん? 後見人か何かか? そういうのは親がやるものじゃないのか? ……なーんか事情ありそうだな。

「おう。どうやらあやつ、なにかをしたらしく、華族から放逐されての。……一つ、人間修行も兼ねて山本家の会社へ入社させてはもらえぬか」

「……………………」

  あー、なるほど。家出息子ならぬ廃嫡息子の世話係か。確かに日の出の勢いな今の俺ちゃんならばある種うってつけの仕事かもしれん。……だが。

「無理かのう?」

 安斐の甥っ子というのは、藤堂高紹のことであった。藤堂家から脇坂家へ養子に行った安斐にとっては、既に過去の関係ではあったものの、五歳かそこらで家督を継いだ甥のことをそれなりに心配していたらしく、さらに高紹はいろいろな事情があって明治42年6月現在、華族としての礼遇が停止されていた。後に礼遇停止は解除されるのだが、未来のことは誰も知らないから未来といえるのであり、さらに言えば孝三の遠眼鏡記憶容量には端っからその藤堂高紹の経歴など、映って覚えてはいなかった。ゆえに、彼自身も戸惑ったまま、返答することになる。

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