第11話:ヒロイン登場(仮題・後?)

 事情のわかる者ならば当然の疑問であった。山本が一高を蹴ったのは、彼らからすれば疑問符の付く行動といえた。何せ、天下の一高である。卒業すれば官吏としての出世は約束されたも同然で、末は博士か大臣か、という道が確定される、そういう存在であった。だが、山本はそういった道を強く嫌った。

「……脇坂様、質問に質問で返す行為を先に詫びておきまする」

 脇坂が真剣な顔をしたこともあって、山本もまた刀のように鋭い知性の顔に戻して問答を開始した。なぜ自分が一高を蹴ったのか、眼前の翁に説明する必要があるからだ。

「おう」

「なにゆえ、それがしが一高を蹴ったか……考えてみてはくれませぬか」

 そして、山本はあえて無礼を働いた。無論、山本孝三という眼前の脇坂子爵の寵愛を受けつつある少年だからこそできる「無礼」であるが、その「無礼」は却って、あるいはやはりというべきか、脇坂の諧謔心を刺激した。

「……ほう?」

「知恵比べだと思って下され。場合によっては、せい殿との婚約……受けませぬぞ」

 実はこれ、巧妙な修辞学レトリックを使った嘘であった。脇坂が正解すれば「では、正解なさったので約定を履行致しまする」と婚約を受け、不正解であったならば「では、賭け金として没収させて戴きまする」と同じく婚約を受ける腹づもりであった。無論、そんなことが眼前の翁に判らぬ訳でもなく、これは山本なりの理解して貰うことを前提とした理性的ツンデレ行為であった。

「ほう! ……それは面白い賭けじゃ。なれば、是が非でも正解を導き出さねば拙いのう!」

 そして、脇坂は眼前の子僧の謎かけに挑むことにした。今からその腹の内を覗いてみたいと思う。


   ……さてもさても、相変わらずの神童麒麟児よ。せいの姿に気を取られたと思っていたが、やはりこの辺りは刃のように鋭い知性を持っておる。そして、その鋭き知性がはじき出した答えは、一高を蹴り三高を尊ぶという態度。一高を卒業すればまず間違いなく東京帝国大学には入れるであろうに、あえてそれを蹴る、か。……ふふっ、面白い。……さて、眼前の子僧がなぜ一高を蹴り三高を希望したか。少なくとも、それは博士や大臣というものに何の価値も置いていないということは明らかじゃが……。

   さて考えろ脇坂よ、眼前の子僧はなぜ立身出世に興味の無いような態度を示しているか。子供らしい無欲さはあるのだろうが、いかんせん眼前の神童麒麟児は恐らく子供というよりは……、さすがにこれは雑考か。……ふむ。立身出世に興味が無いというよりは、恐らく容易になしうることだろうから鷹揚に構えても問題は無い、というところが概ねであろう。そして、それが意味するものとは……。……そうか、そういうことだな!


「山本よ、おぬし西国者を背負う気だな?」

 当を得たかのように、確信を以て山本に迫る脇坂。とはいえ、彼の思考はそこまで的外れでは無いが、的確とも言い難かった。

「……は、と、仰いますと……」

「……皆まで言うても良いのだな?」

 何を、皆まで言うのか。脇坂のいたずらを仕掛ける子供のような表情は、とはいえ山本にとってはよくわからぬものであった。

「は、ははっ」

「おぬしは恐らく、京阪神の代表として政界に殴り込み、その後その権力を以て「なにか」をなすつもりであろう」

 脇坂は、山本が後に首相になることを予言した。だが、実のところ山本には、現状そこまでの大望は存在しなかった。彼が思案していた「一高を蹴り三高を尊ぶ」という態度、その、本当の意味とは……。

「……恐れながら、いまだそこまでの大望は御座いませぬ」

「……なんじゃと?」

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