第8話:シャーレの中の平和
「一応、理論だけのものと実践に設備投資が必要なもの、そして篤志家ならば量産が可能かもしれないものなど、いろいろありますがどれから話しましょうか」
どれに食いつくかはさておいて、話せるだけは話してしまおう。眼前の方はどうやら善人だ。研究成果をかっさらって着服し発明者をないがしろにしたりとか、欲に駆られて他国に技術を売ったりとかはしないだろう。
「……なるほど、久保田さんが逃すなと言ったわけだ。その分じゃ、たくさんの技術がその脳裏には詰まっていそうだね。
……気に入った。今すぐ話して貰ってもいいが、さすがに入学式の時間も近い。後日、改めて発表して貰うことにして、ひとまず医学部に入って貰う。それとも、他の学問もしたいかね?」
折田は、己の一存とはいえ、閣僚の要請もあって三高に山本少年を入学させることを決定した。まだまだ、近代の歴史が浅く、がんじがらめに学制が定まっていない時代だからこそできる芸当ではあった。あるいは、三高の自由な校風がそうさせたのかも知れないが、それは誰にもわからなかった。
「願ってもない! このような素人未満でよければ、よろしくお願いいたします!」
「いいんだよ、皆、免許を持つまでは誰しも素人だ。それに、そもそも学ぶために学校に入るんだ、入学する前から学校で教える内容を予習しても、あまり意味はないよ。
……申し訳ない、君のような少年には、本来もっと良い経験をさせたかったんだが」
山本の「素人未満」とは、そういう意味では無いのだが、それを謙遜と取った折田は、にこやかに返答し、その後すまなそうに山本の処遇について謝罪した。無論、罪科があるわけではないのだが、彼の目には山本が年頃の子供のような遊びの機会もなく、声変わりもしていないというのにこのような派閥争いに巻き込み、いけにえ同然の処遇であることを深く詫びた。一方で、その山本少年はと言えば……。
「いえ、充分です。龍野の田舎者が帝大の研究室に入れるというだけでも、親は喜びましょう」
彼は、本気でこの幸運を喜んでいた。まあ、無理もあるまい。彼は外見こそまだ辻髪そこそこの少年であったが、中身はアラサーの作家未満な書生なのだ、いかにその碩学が高等なものとはいえ、所詮は書生である。その書生が三高に、しかもこの年齢で入学できるとあっては、張り切るのも無理からぬことであった。
「……そうか。そう言ってくれるだけでも有り難い。
まあ、そういうわけで、だ。……期待しているよ、山本さん」
「はい!」
そして、入学式も終わり、引き続き学長室で折田と意見交換をする山本に、ある知らせが入った。その、内容とは。
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