第7話:政争で歌舞伎を(後)
……麦茶を出される。あ、おいしい。六条近いもんな。鮮度がいいんだろうか。
「……緊張しなくとも良い、と言っても無理だろう。とはいえ、君の手紙は読ませて貰った。自由に憧れているんだろう? だったら、緊張しない方が楽だよ?」
「そ、そうかもしれませんが……」
無理言うなや。京大の学長って言ったらとんでもない上級国民じゃねえか。……それに、向こうが下手に出ているからと言ってつけあがるのは拙い。こういうタイプは怒らせると怖いっていうしな。
「ま、追々慣れていけばいいさ。……早速本題に入らせて戴こう。君、抗生物質を発明したんだよね?」
「はい、アオカビより抽出致しました。抽出方法は、前に書いた通りです」
「ああ、三高でも実験してみたが、確かにあの方法で抽出できるようだ。あとは量産できれば言うことは無いが……、まあ、それを山本さんに期待するのはさすがに酷か」
「はは……」
そこまで見抜かれてるか。当初は地元の製薬会社に依頼しようと思っていたが、京大で量産できるならそっちの方が国力増強になるか。
「実は三高、いや、近々京都帝大になるんだが、京都帝大は医学に力を入れていてね。君の様な人材は貴重だ。是非ともここで医学を学んで戴きたい」
「あ、頭を上げてください! ……それに、いいんですか?」
こんな子供に頭下げられる度量を持つ人がいるとは……。想像以上だな、京大の自由な校風。天性のものだろうか?
「良いも何も、君は希望し、儂はこれを受け入れた。……年齢のことならば、気にする必要は無い。もとより、三高にそんなことを気にする輩は居ない」
「そうじゃないんです、その……」
「ん?」
「私は、昔から血を見ると腕が萎える性でして……」
「……ふむ、まあ無理も無いか。……とはいえ、さすがに子供に手術をさせる程人材が枯渇しているわけではないし、患者側も了承しないだろう。
第一、君には研究職に就いて貰うためにここに来て貰った。桂さんにもそれは伝えてあったはずだが……」
研究職? ……桂さんっていうのは、桂太郎だよね。……ってことは、京大バックに薬を作ればいいのか?ならばまあ、暗記しておいた化学式の出番か。……あんましレパートリーは多くないけど、それは後世や本職に期待しよう……。
「まあつまりは、だ。君には医師の本分である患者への対応よりも、薬の開発の方が中心になる。
申し訳ないが、君のような人材を遊ばせるほど、この国は豊かではないし、儂も君の脳裏に浮かんだ化学式に興味がある。それに、君が発明した抗生物質の、当校で試作したものを……ああ、無許可で複製したことは詫びよう、勿論後程特許使用料は渡すとも、ここを卒業した医師に試してみるようにお願いしてみたんだが、きちんと効いてくれてな。
……まあ、そういうことだ。この世界にはまだ多数の病魔が蠢いている上に、君の論文……というにはちと妙だったが、の通りであればまだ
ならば、君のような少年を可惜国の都合によって使い潰すのは申し訳ないが、何卒力を貸して欲しい」
また頭下げる……、偉い人なんだからもっと構えてもバチは当たらないでしょうに……。……こういうところから人徳って生まれるんかねえ。
「だから、頭を上げてくださいって。……元々、医師なり、せめて薬剤師になることはある種の目標でした。それに、私一人ではできることは限られましょう。
……合法的に近道ができる以上、何を拒む必要がありましょうか。……こちらこそ、宜しくお願いします!」
とりあえず、最敬礼で返す。なんというか、そりゃこんな人が学長に就いたのなら、京大が自由な校風になるのも、なんとなくわかる。うん、この人は善人だ。脈を作っておいて損は無い。
「そうか! 受けてくれるか! ……良かった、それは良かった。……ところで、君、結核は治せないかい?」
……その目は、ひどく澄んでいて。更に言えば、緩んだ頬はひどく嬉しそうで。……結核、何が何でも治す必要があるな。
「……実は、それも開発中でして」
「そうか、やはりそうか。……いや、良い子だ。君の様な人材が日本に居てくれるならば、まだまだこの黎明期の国は成長できる。……して、どんな薬を作っているのかね」
……そら来た! ……いいぜ、いいとも、いいですとも。貴方のような善人であれば、奥の手を公開するのも吝かではない。それに、俺の勘が正しければ、ここで公開しておいた方が、後々ショートカットができるしな。……で、どこから話すか……。
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