第4話:特許の申請、その次は(仮普請?)
11月6日に発明した抗生物質をひとまず特許として申請した山本少年は早くも次の手を打ち始めた。
「さすがにサルファ剤はまだ開発するには早いかもしれんが……、やるだけやってみるか」
なぜ山本少年は失敗を覚悟でこのような薬学実験を連続して行っていたのか。それが明らかになるのは、まだ早く。
「坊ちゃん、学校から連絡です。何でも、尋常高等小学校の五修に比べ一年早いのは承知だが高等教育のための受験を考えてみないか、とのことでございますが……」
「……えっと、五修は確定って聞いたんだけど……」
「それが、特例で小学校令の範囲ならば従来通りの四年で卒業認定をするから、とのことらしく……」
「…………」
ん? ……「従来通りの特例」ってどういう意味だ……?
読者の皆様は尋常小学校というものが戦後同様、あるいは戦前をモデルケースとした結果で小学校は基本的に六年が年限であるということを知っている方も多いと思うが、実は尋常小学校が六年年限となったのは明治40年からであり、更に言えば六年という「修業年限」とは「最低限その期間は学校に居なさい」程度の意味合いに過ぎず、更に言えばその修業年限も戦後のGHQによる愚民化計画とは違い、戦前はそもそも学校とは擬似的にエリートや高等教育などによって教養層を育てるという本来の目的の「学校」であり、山本少年は都合の良いことに昭和38年の段階で小学四年生であり、同時にそれは明治38年の段階では「修業年限」をきちんと経過させている基準を満たすものであった。
……ここまで書くと、別に山本少年が尋常小学校を四年で卒業することは特例でもなんでもないように見えるが、実は一つ、山本少年には問題があった。……山本少年は殆ど尋常小学校に顔を出していないのである。一応、いろいろな理由は存在したが、山本少年は根本的に学校組織というものを信用していなかった。
更に言えば、課程主義の、さらに修得主義に則れば彼は一年生の、さらに一学期の段階で尋常小学校の高等科までの実力試験を既にパスしており、後は年齢主義者や履修主義者の説得を行えばすぐにでも卒業できる段階であったのだが、その辺りは山本少年は担当の教員に説得を丸投げしていた。
……当たり前だが、彼は前世において平均より多少は上の学科において学士論文を書き上げた実績があるし、当然学士論文である以上大学(戦前で言うところの高等学校)まではきちんと出ているので戦前の複雑な課程だったとしても尋常小学校程度であれば楽々、場合によっては中高一貫といえる中学校までは多少無理をすれば突破できる程度の実力は維持できているのである。
そして一応、年齢が周囲に比べ極めて若い(彼が尋常小学校に入学した年齢は、僅かに四歳(正確に言えば、三歳半ばの四月)に過ぎない)ということと、虚弱体質であることを理由として試験時のみ、他の児童と同様に試験を受けるという条件の下四年間に試験期間の数日の間だけ、合計でせいぜい一ヶ月半程度か、登校することが決定づけられたのだが、その最後の試験、つまりは四年生から五年生への昇級試験を行うまでもなく、文部省の方から「斯様な発明の出来る児童に無駄に尋常小学校に通わせるのは惜しい」という理由で、卒業させて同時に高等教育を行わせるために受験を行うように命令が下った、というわけだ。そして、彼が受験すると言い放ったのはなんと中学校ですらなく……。
「……坊ちゃん、もう一度仰って戴けますか?」
「第三高等学校は、さすがに拙いか?」
「……そ、それは……」
「拙いか?」
「……一応、返答はしておきますが……、やはり中学校の方が宜しいのではないでしょうか?」
「……まあ、無理にとは言わない、無理なら無理で、近場の中学校を探すさ」
「……その方が、宜しいと思います……」
……彼はなんと、第三高等学校の受験を選択しようとした。さすがに、中学校五年間をすっ飛ばしていきなり高等学校を受験すると言い出したのは使用人達に仰天され、同時に諫められたのだが、彼は「無理なら無理で、いいからさ」と、交渉として言わせることにしたのだ! ……さすがに、七歳八歳で高等学校はいくら何でも無茶であると思われたのか、或いは仮に進むにしても外で暮らさせることに不安感を感じたのか、その両方か、それは定かではないが。
だが、国家の方針はもっと不可解な反応を示すことになる……。
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