151-Y_研究院(2)


 ブリジット・エインズリー組合員に案内され、ブルック隊一同は門をくぐり、シンプルな薬草園の庭を通ってエントランスへ辿り着いた。

 

「ああ!ダメだ!それではこの理論は成り立たない!」


 入ってすぐ、質素なエントランスホールの中央階段から身汚いボサボサ頭の男が階段から駆け下りて、速度を持って悠たちの横を通過した。何事かと唖然としてその男の背を見届けると今度は、

 

「これだ!こうすれば白星様のかたどった世界をよりその通りに描き出せる!」

 

 と奇声を上げる、これまた身汚い男が外から走ってきて、中央階段を駆け上がり、二階の何処いずこかへと消えた。

 

 ブルック隊の面々は言葉も出ない。その中でジェイコブのみがちらりと浮浪者然とした男を見て言った。

「……ここ、コリンじゃなくてロルフの古巣じゃねえの?」

「まるでワタシがいつも、みたいな物言いですたネ」

「残念ながら、俺の古巣だよ。アディントン博士はまあ、身綺麗だから安心していいよ。そこは」

 

 否定も肯定もせず、熊男と猫背男と間に入るコリン。安心できる場所は見た目だけと遠回しに伝えるこのソバカス顔の男にジェイコブは眉を寄せ、言葉を返した。

 

「ん?知り合いなのか?」

「あれ、言ってなかったっけ。元上司だよ」

 

 聞いていないぞ、とジェイコブが言い返すだけでなく、アーサーとロルフを除くメンバー全員が目を剥いた。だがそんな仲間たちの様子を他所よそにコリンはしみじみと、

「まあ。こんなところで研究院できるのは、天才肌ばかりだからね。俺みたいな努力型もいるけど、大半は絶望して出て行くよ……」

「なんでえ。お前さんもそうだったのか?」

 と思わずジェイコブが問い掛けた。コリンもまた、研究院を辞しているからだ。コリンは「いいや」と頭を左右にすると、唸るように言葉を続く。

「いや、俺は上司がクソやろ……ではなく、上司との折り合いが悪くてね」

 

「なん、て酷い物言いをするじゃないかソバカス君。私は悲しいぞ」


 やにわに上から差し込まれた声に、はたとブルック隊のメンバーは動きを止めた。コリンは渋面になり、ゆっくりと面を上げてその声主の名を呼んだ。

「…………ウィル」

 

 ウィリアム・アディントン博士だから、ウィル。その呼び方からして、きっと親しい仲であったのだろうことは予想される――他のメンバー同様に悠も視線を中央階段へ向けると、其処には身綺麗な黒服の紳士の姿があった。

 年齢よわいはアーサーやジェイコブと同じくらい。艷やかなブルネットの髪をきちっと撫でつけ、同じ色の髭を上品に整えて顔を縁取らせている。研究者のわりには筋骨隆々で、肩が広く腰が細い。ジェイコブほどではないがアーサーくらいの背丈がある。いわゆるクロレンスでいう「美丈夫」である。

 

 あんぐりと口を開いていたジェイコブはさっとコリンの耳元に寄って、

「おいおい。おめえの元上司、舞台俳優の間違えじゃねえの?」

「あの顔に騙された貴婦人を何度憐れだと思ったことか」

 

 ケッと嗤い遠くを見るコリン。もはや其処まで言うのか、と問いたくなる酷評ぶりである。悠からすれば、アーサーもアーサーで難ありのように思われるゆえに、そのアーサーと天秤にかけ、さらには研究院勤務という誉れまで捨てるほどに嫌われる要因を知りたいところである。そしてそれはアーサーやロルフを除く他のメンバーも同様で、困惑顔でウィリアム・アディントン氏を見ていた。

 

 アーサーはにこやかな笑顔でもって美丈夫な研究院に一礼した。

「お初にお目にかかります。第407パーティーの隊長のアーサー・ブルックと申します」

 だが、返事はない。顔を手で覆い、なにやらわなわなと体を震わせている。何事かと悠が眉を顰めていると、ウィリアムは両手を広げ、歌うように声を響かせた。

 

「エクセレント!なんて美しい紫のなんだ。ぜひ、取り出してコレクションしたい」

 

 宝石?と一同は一瞬首を傾げるが、すぐに眼球を指しているのだと察すると、今度は青褪めて静まり返る。

 一方でウィリアムだけは頬を紅潮させ、目をぎらぎらと光らせて、階段を踊るように降り、

「美しい宝石は世界を豊かにする!ソバカス君、ついでに君のその翡翠色の宝石も置いていきたまえ!」

 

 確かに、栗色の髪にソバカス顔という平凡な顔つくりのコリンだが、目だけは翡翠のごとし美しい色を誇っている。だが着目すべきことは其処ではない。

 青筋を立てて沈黙していたコリンはこれまでに見せたこともないような般若の形相で捲し立てた。

「誰が置いて行くかマッドサイエンティスト!いや、単なる変態コレクターだあんたは!」

 

 ロルフのような文法的な奇妙さはないが、訛りのきつい。悠とオリヴィアがぽかんとしてアーサーを見ると、アーサーは苦笑して言った。

「コリンは農村部の出身で、私が見つけて、此処を紹介したんです」

「で、うっかり眼球コレクターの場所に配属ちゃったわけね」

 憐れむオリヴィアに、物申すように美丈夫の紳士が詰め寄る。

 

「ノン。眼球なんて情緒のない言葉で締めくくらないでくれまえ、お嬢さん。まなこは世界を映す鏡だ。その結んだ像が世界を形作り、世界のきっかけを与えているのだ!」

「……全世界のめくらを敵に回してない……?」

「ノンノン!像とは視界の像ではない!まなこが映すものとは……!」

 

 それ以上言葉を続かせまい、とばかりにコリンの鉄拳が飛んだ。

「いい加減にするべ、眼球マニア」

「なんて言い草だ!よしたまえ!」

 

 四十しじゅう半ばくらいだというのに、ジェイコブ以上に子供らしい。コリンが頭を抱えるかたわら、オリヴィアやジェイコブは何とも言えない面持ちをしている。

 だがこのまま放って置くのは得策ではない。このままでは確実に、並々ならぬ眼球がんきゅう愛を永遠と説かれてしまうだろう。そんなことをしていたら、いつまで経っても本題である魔獣の生け捕りについて話ができない。

 

 今まさにウィリアムが語りを続けようとすると、さっとアーサーが割って入った。

「アディントン博士。そのお話は大変興味深いのですが、我々にも仕事があるゆえ。先に用事を済ませても?」

 ウィリアムは実に不服そうだ。だが、エインズリー組合員からも「国からの依頼ですから」と言葉を添えられると、渋々と言った様子でウィリアムは顔を歪め、ついと階段へ向くと指を鳴らした。

「仕方あるまい!後でソバカス君に講義をするで手を打とう!」

「はい。コリンは貸しましょう」

 アーサーの最後の一言に、コリンは絶望顔をした。

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