143 -out_形代(2)
その日、淳一郎は
そんな淳一郎を、紫苑はまじまじと見て言った。
「君はレンのこと、だいすきなんだね」
「友達やさかい。当たり前やろ」
真顔で返す淳一郎に、「ふうん?」と小首を傾げる紫苑。悠とも蓮とも違うのだと思える「愛らしさ」のある仕草だ。彼は枕を抱きかかえて
「レンってどこでも好かれるんだね。ふしぎだ」
と言って笑った。
何処でも、という発言に淳一郎は顔を顰めた。何となく悠や蓮の発言から、彼らは日本ではない「何処か」でも生活をしているのだろうという予感はしていた。
淳一郎はけっして夢想家ではない。ゆえにまさかそんなファンタジーな、とは思ってはいる。だがその一方で、蓮のあの知らない言葉を話している様子や、そして何よりもあの蓮がそんなファンタジーな嘘をつくはずがないという確信が、突拍子もない淳一郎の予想を夢想で終わらせてくれないのだ。
紫苑をちらりと一瞥して、淳一郎は言葉を返す。
「……そない不思議か?蓮はいい子やないか」
「えー、不思議だよ。
「ちょい待ち!」
淳一郎は思わず大声を上げてしまっていた。当の本人も驚くほどの声量だ。それこそ、後日お隣さんにクレームつけられてしまいそうなくらいの。そしてその声に紫苑も驚いたのか、目を真ん丸にして淳一郎を見入って、
「な、なに?」
寝転がっていたというのに、上体を起こしてまでいる。気を取り直すように淳一郎はこほん、と咳払いをして言葉を継いだ。
「それ以上、ネタバレはええ。本人の口から聞くつもりやから」
蓮は自分を語るのを嫌う。
それは、ハーヴェイとしてパーティーメンバーとともに依頼を遂行する時も、中で住人たちと過ごす時も変わらない――等ということを、淳一郎は知らない。だが、ともに過ごすうちに実感している。
ゆえに、淳一郎は待っていた。
ゆえに、淳一郎は聞かない。第三者の噂じみた話には耳を貸さない。
断固として意思を揺らがせない淳一郎を、紫苑は呆気にとられた様子で見つめ、そして呟く。
「……ユウが羨ましがるわけだ」
無論、その言葉の意味を淳一郎が知るはずもない。首を傾げて、「どういう意味や?」と問うも、紫苑は答えなかった。その代わり、
「動画投稿サイトなるものを見たい。おれ、見たことないんだ」
と話を切り替えた。
動画投稿サイトを見始めると、もはやつい先程の会話もすっかり忘れて、紫苑は夢中になった。彼女はゲーム実況動画がお好みらしい。触ったこともないゲーム機を想像して、「レン、買ってくれないかなあ」などと独り言ちた。果たして、バイトを増やして稼いだ金の多くを学費と資格受験費用に当てていたあの蓮が購入するかは定かでないが……。
その傍ら、淳一郎は寝袋を床に広げていた。時おりお互い泊まりあっこしていたのもあり、何故か常備されているのである。下着などの着替えまで備えているわけだから、他所の人間が見れば彼氏彼女である。
だが残念ながら、恋愛感情すら理解していない蓮がそんなつもりで他所様を泊めるはずがない。下心丸出しの人間を察知すれば、半殺しにして木に吊るすだろう。ちなみに、かつて大学で尻を触った大学の先輩が吊るされたのを、淳一郎は見届けている。元の顔が判別つかぬほどに腫れ上がって、それはもう哀れな状態であった。
スマートフォンで目覚まし時計をセットしているとふと、淳一郎は思い起こして声を上げた。
「あ、しまった」
「……どしたの」
いつの間にかお笑い系の動画に切り替え、笑い転げていた紫苑は、笑うのをやめてきょとんとしている。淳一郎はスマートフォンのカレンダーを見ていた。
「蓮、明日は
「あすかい……?明日かい?」
つい先程までお笑いを見ていた所為か、わざとらしくとぼける紫苑に、淳一郎もついお笑い芸人よろしくなツッコミをしてしまう。
「ちゃうわ。苗字で、飛ぶ鳥で飛鳥、それに井戸の井。それで飛鳥井や」
「む
「そうやな。俺も初めて見たときは変わった苗字やと思たわ」
事実、日本全国で飛鳥井さんは七百人未満である。興味が動画から美琴に移ったようで、紫苑はスマートフォンを
「女の子?男の子?それとも男の
「最後のは何処で入手した情報なんや!……ちなみに正解は女や。生物学的には」
「せーぶつがくてき?」
「いやあ。飛鳥井は無性別というか、そういう性別とかの括りで考えたらあかん生物というか」
ようは奇人変人だと言いたいのである。だが、そんな遠回しな言い方が彼女に通じるはずもなく、紫苑は首を傾げて「ふうん?」と言うのみ。淳一郎も苦笑するくらいしかできなった。あの趣味と気分と暴走だけでできている女を説明するのは難しい。
淳一郎はスマートフォンへ視線を戻し、チャットアプリケーションを起動させながら、
「とにかく、その飛鳥井に会う約束しとったんやけど、キャンセルしたほうがええよな?」
と話を戻す。
だが、紫苑は「ううん」と否定して、さらに続けた。
「おれ行くよ。アスカイさん、見てみたい」
これで行かないなどとは言い難いほどに目をキラキラさせている。淳一郎はううむ、と思案しながらも応じた。
「……完全にパンダ扱いやな。まあ、飛鳥井も事情知っとるから別に構わへんけど……」
「やったー。たのしみだ、レンの女のコ友だち!」
両手を上げて無邪気に笑う彼女は、蓮のような舌たらずさがないにも関わらず、蓮よりもずっと幼い子供のように思われた。だが、淳一郎はまったくそれを不審だと感じず、チャットアプリケーションで美琴のアカウントを選択し、自分も訪問することを伝えた。美琴からの返信は、よくわからないモンスター柄の自作スタンプのみが返って来た。
※余談ですが、花野井さんは全国で四百もいないらしいです。まあ、本名じゃないんですがね……。
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