141-Y_窓と扉(4)


 ようは、蓮は無事なのか。そう、ジェイコブは聞きたいのだろう。

 だが中に留まり、おそらく侵入者を探している蓮やヨナスが無事なのか、悠は知らない。そもそもついさっき放り出されたばかりで、彼らは二階で捜索活動にいそしんでいるのか、窓の外は静か。ゆえに悠はその問いに、答えられない。

 

「さあ……。知りません」

「おいおい。他人事だな」

 

 ジェイコブは呆れたように顔を引き攣らせる。だが、他人だ。誰かに認められなくとも、悠は自分を悠だと確信している。同じ肉体を共有しているから家族なのだとか、同じ人間なのだとか、そんな都合のよい連帯感的なものは持ち合わせていない。

 

 ゆえに悠は冷たい目を向けて、淡々と吐き捨てる。

「他人ですけど、それが何か?それに、彼が僕を此処に放り込み、呼ぶまで戻るなって言ったんです」

「戻るなって……何があった?」

 

 悠の両肩を、ジェイコブが掴む。その力は強く、蓮を心配する感情がひしひしと伝わってくる。アーサーを一瞥すると、僅かに紫の目が揺らいでいる。なるほど、意地っ張り。確かにそうらしい。彼らは心から蓮を愛しているのだ。

 

 小さく息をつくと、悠はジェイコブの手を引き剥がした。

「……何かに侵入されたとかなんとか。そんなことを言っていました」

「おいおい。さっきのことと言い、厭な感じだな……」

 ジェイコブがそう呟くと、アーサーが眉間の皺を深くして表情を険しくする。そのさっきのこと、というのを悠は知らない。

「さっきのこと……なんのことですか?」

「数時間前のことなのですが、その時に君はいなかったんですね」

 

 アーサーの返答で、悠は大体の察しをつけた。どうせ、悠が自室で待機している間に一度、一人でクロレンスに出たのだろう。一声かけると言っていたのに、このザマだ。悠は頭を抱えて言葉を落とした。 

「あなたの息子さんは大嘘つきですね。まったく」

「おそらく、嘘はついていませんよ。あの子は嘘をつきません」

 

 アーサーの切り返しに、悠は沈黙する。確かに、いつ呼びに行くと明確には言っていない。あれは戦士ではなく詐欺師だったのか。なおさら頭を抱えたい気分を堪えて、悠はジェイコブたちを見た。 

「で。けっきょく何があったんですか?」

「変なクソガキが訪ねてきたんだよ。ハーヴェイに会いに来たみたいだが、まあ。ありゃな」

 と肩を竦めるジェイコブに、悠は眉をひそめる。

 

 中身が違う、尋ね人。

 

 日本でも中学生くらいの少年が蒼を尋ねてきた。女性のような口調で、途中何を話しているのかわからなかったが――蓮は彼に「あちらの人間」だと言った。話している言葉からして、あちらとはクロレンスのことであろう。あれもまた、「中身が異なる」のではないか。悠は無意識に言葉を溢していた。 

「もしかして、あの時の……」

「何か思い当たる節でも?」

 

 突然にアーサーが詰め寄って両肩を掴んできたゆえ、悠は面食らった。先程までと異なり、わかりやすく動揺している。悠があんぐりとしていると、アーサーは急き立てるように言葉を続けな。

「何でもいいです。その話を詳しく聞かせてください」

「いや、その。もう一つの肉体からだのところにも来たんです……」

 

 仕方無しに、悠は日本での出来事を話した。もうひとつ肉体があること、その肉体の住まう地区で魔獣が出たこと、その魔獣が出た場所に不審な少年が現れたこと。

 何か事情を知っているのか、そのかんアーサーとジェイコブは険しい顔をしていた。そして悠が説明を終えると同時に、ジェイコブが言葉を溢した。

「完全にマークされたな。あいつの言う通り、接触していたな」

「あいつ……?」

 と悠が首を傾げるが、その疑問には誰も答えない。二人の男は深刻そうな面持ちで見合うと、アーサーがグレイの髪を掻き上げて小さく嘆息する。

 

「ちょうどいい時機タイミングで盗み聞きをしにきましたね」

 

 え?と悠が聞き返そうとすると、アーサーが口を塞いで黙らせる。ジェイコブも何かを気取ったのか、悠の腕を掴んで寝台ベッドまで引っ張り、無理矢理寝かせた。何事かと悠が目だけで訴えるも、黙っていろとばかりに頭からすっぽり、布団で覆った。

 

 それと同時に、扉が開かれた。

「盗み聞きなんて人聞き悪いですだネエ」

 

 現れたのは、浮浪者のような、無精髭に顔が隠れるほど伸ばしたぼさぼさの髪の男。彼の特技と趣味は人知れず部屋に侵入して、情報を漁るなり人を脅かすなりすること。たいていの人間は彼が忍び寄ってきたことすら気付けないが、アーサーと普段のハーヴェイは別である。残念ながら今のハーヴェイは悠なので、足音を気取っても距離感を測ったり、それが何者なのかを推測したりすることは叶わないのだが。

 

 アーサーは呆れ顔で言葉を継ぐ。

「忍び足で寄ってきて、聞き耳立てようとすれば、それは立派な盗み聞きですよ」

「いやあ、三人で籠もって何をしているのかと思いましたでして。おやあ?ハーヴェイは睡眠中ですだカ?」

 

 ロルフがくいと顎で指し示すのは、悠が無理矢理詰め込まれた寝台だ。布団の中で悠は眉を顰めながらも、息を潜めている。ジェイコブは出てくるなよとばかりに掛け布団を手で押さえつけながら、

「おうよぐっすり。一晩中、死体の片付けしてたかんな。あっさり逃げ出した何処かの誰かと違って」

 

 現場にいわせなかった悠にはわからないが、あの痩せぎすの子供の死体の片付けのことである。無論、宿の主には染み一つ残せば出禁にすると怒り狂われ、蓮が中に戻るまでの時間、全員で大掃除したのである。一人逃げおおせたロルフを除いて。

 

 そのロルフはケラケラと嗤いながら、勝手に寝台に腰掛ける。

「で、ちょうどイイとは何のことでしたですだカ?」

 わざとらしく、布団越しにバシバシと悠を叩いてくる。どう考えても、寝たフリをしているのに気がついている。だが、アーサーはにっこり笑顔のまま続ける。

「研究院の書庫を漁ってほしいんです」

「おや?最先端の学問に興味がおありですタカ」

「ええ。それも最近、ホットなやつを」

「イイですだネェ。そういうの好きですたヨ」

 

 ロルフは心から愉しんでいる様子で、ゲラゲラ嗤う。彼はスリルのある状況ほど喜ぶきらいがある。そして其処に、誰にも知られていないというスパイスを加えればなおのことである。とんだ変態だ、とジェイコブは顔を引き攣らせるも、アーサーは穏やかな声で言葉を継いだ。

「好きなだけ漁っていいので、このことは他のメンバーには伏せておいてくださいね」

 合点承知です、と訛りのきついフロル語でロルフは愉快そうに応じた。

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