134-out_来客(1)
満天の星空の下、アーサー・ブルックは視線を下ろした。
「おや。今夜も
此処は人通りの少ない街はずれ。オルグレンの街を一望できる少し小高い丘のようになっている
「いやあ、あの子。うっかり晩飯食わせ忘れてるからさ。仕方なくだよ」
その手には酒瓶がある。酔っているのか少し頬を紅潮させており、全くもって仕方なくという様子ではない。アーサーは呆れたように声を鳴らした。
「あの子……というのは今日初めて会ったあの子かな」
「そうそう。うっかり
ううん、と背伸びをしてアーサーの横に座る。その無防備な様子から、彼がいつもの
だがアーサーは彼が何者なのかを知っていた。ゆえに嘆息して、言葉を返す。
「あの子が酷く固執するからどんな子かと思っていたのですが。あれは酷い」
「酷いのはどっちのことかな?」
その問いに、アーサーは答えない。だがその沈黙が答えで、全てだった。そのことを愉快に思ったのか、
「随分と酷いお父さんじゃないか」
「子に厳しくあるのも、父の役割ですから」
「その割には甘やかしているようだけど?」
アーサーは苦笑でもって返した。そんなアーサーをニヤリと嗤って、彼は言った。
「君は相変わらず、甘いところがあるよね。そんなだから、面倒ごとを押し付けられるんだよ」
知っている、とアーサーは答え、また苦笑した。彼らは父と子というより、旧来の友のようである。すると下方より第三者の間延びした声が響かれる。
「おわ。なんだよ、ハーヴェイも来てたのかよ」
其処には丘を登ってくるジェイコブ・ハーバーの姿。熊のように大きな屈強な戦士で、アーサーと同年代の男である。その姿を認めるや、彼は愉しそうに声を鳴らした。
「やあ、元気い?お嬢さんには言い訳できたかい?」
さらにはひらひらと手を振る。その異様な光景に一瞬ジェイコブは言葉を失うも、すぐに理解した。
「……ってお前さんか!この間は吃驚したぞ」
「ああ、ドナ村の帰り?でもその前から私だったよ。なかなか気づかないから嗤いそうになった」
「うっそ。マジ?ちゃんと見てなかった。どうして急に
大いに迷惑そうに問い詰めるジェイコブに、彼は相変わらず口端を持ち上げている。さらには呑気に胡坐を掻き、その足を支えに頬杖をついて言葉を継ぐ。
「身内がちょいとおいたをしちゃってね。その尻拭いさ」
「身内い?」
彼の言葉に、ジェイコブだけでなくアーサーも眉を顰めた。
「身内……というのは
「そのままの意味さ。気を付けなよ。
その声は感情があるようでなく、その
「……もしかして、今回の件にも関わってるのか?」
今回の件。その言葉の意味を、彼はすぐに理解したらしい。頬杖をつくのを止め、今度は隣にいるアーサーへ凭れ掛かる。
「リアムに任せたはずなんだけどなあ。どうしてこんなに
「リアム……。ああ、お前さんの相棒のことか?そんな名だったっけ?」
だが、彼はジェイコブの問いには答えない。凭れかかったままアーサーを見上げ、彼のグレイの髪を弄びながらぼやくように言葉を溢す。
「今どこにいるのかもわからないんだよねえ。まあ、今の私じゃあできないことの方が多いけど」
今度はわかりやすく頬を膨らませて不服そうにする。否。わざとそうして見せたのだろう。きっと本心ではそんなことを考えていない。アーサーは眉間に皴を寄せ、じっと彼を見下ろした。
「あの子にも何かしらの接触が?」
「ああ、
「そうです。最近、不安定みたいなので」
「すでに何回か接触してるよ。いや、もう会ったかもしれない」
そう言って、彼はニヤリと嗤う。そんな彼に対して、アーサーはいっそう顔を険しくした。
「
「買い被りすぎだよ。私はもう、以前の私じゃあない。私
その言葉尻に、アーサーはピクリと眉を震わせた。
「あの子は残りかすなんかじゃありません」
常の彼からは想像できぬ、怒りを露わにした声だ。それでも一心にその激しい感情を抑えていると、そのわなわなと震える唇からさせられる。彼はふっと嗤いの様相を消し、真っ直ぐとアーサーを見据えて言葉を返した。
「それを決めるのは、君でもなければ、あの子でもない」
「では誰が決めるのです」
「
彼ら。その言葉の意味を、アーサーは知っていた。ゆえにアーサーは自分に言い聞かせるように言った。
「……私は、あの子の父親です。そんなこと、認めません」
ジェイコブはそんな友を憐れむように見つめていた。だが、彼は違った。無感情な目を向け、他人事のように酒瓶を傾けて飲み干すと、冷たく言い放つ。
「まあ、どっちでも私は構わないけどね。君が認めようと認めまいと、世界は変わらない。それに、君たちは先にやるべきことがある」
「やるべきこと……?いったいそりゃなんなんだ」
眉を顰めるジェイコブを前に、彼は空を指さし、淡々と言葉を返す。
「
彼の細い指は、陽の光を弾きその身を輝かせる鏡を指し示していた。
何処か遠方からは、狼の哭く声が響かれた。哀しげな声だ。それは何処までも響き渡り、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます