133-[IN]Y&R_気配(4)
中は厭な沈黙の包まれていた。
此処は日本の窓のあるリビングダイニング。相変わらず悠は蓮に羽交い絞めにされたままだった。
静寂を破ったのは亜麻色の髪をした上背のある少年、ヨナスだった。
「あのさ。こんなこと言いたくないんだけどさ」
誰も彼に対して相槌も打たない。ヨナスは迷惑そうに悠を見て、言葉を続けた。
「俺はこの馬鹿を部屋に押し込めた方がいいと思う。おチビさんならできるよね?」
その意味を、どの住人もよく理解していた。
いったいあの鍵が何処から来て、何故蓮だけが保有しているのか誰も知らない。だがあの鍵を使えば、住人を任意の部屋へ押しとどめられる――つまり幽閉できるということは知っていた。
ブラックが何故ずっと個室に閉じ込められているのか。
それは明白だ。彼は住人を殺す危険な存在。ゆえに自由を奪っている。そしてそれを悠に対して提案する意味。蓮は蒼褪めて、悠より先に口を開いた。
「待ってくれ。今回の件は俺に問題があったんだ。だから」
それは切なる声で、悠を抑える手にぎゅっと力を込めた。そんな珍しくも弱弱しい姿をさらす蓮に、ヨナスは眉を寄せた。
「あのさあ。おチビさんが何か隠してるのなんて、俺たち誰でも知ってることだよ?今さらじゃん」
「その今さらを、こいつは知らねえんだよ。言っただろ。覚えてねえんだ」
「じゃあ教えてよ。迷惑だ。それが駄目なら、ちゃんと
正論だ。
蓮を脅すために、住人全体を危険にさらしたのだ。危険視されてもおかしくはない。ゆえに当の悠は何も言わず、沈黙を貫いていた。
すると、窓の外から紫苑の声が響かれる。
(ねえ、ちょっと。立て込んでるところ悪いんだけどさ。この子どうすんのさ)
この子、とはあの気を失った中学生くらいの少年のことだろう。窓には淳一郎によって抱えられたその少年の姿が映し出されている。あっちでこっちで問題が山積みだ。蓮は頭痛を覚えながらも、
「わかった。すぐ行く。ちょっと待ってろ」
と言い放つと、すっと立ち上がり悠から離れた。
だが悠を放っておくわけにいかないのも事実。蓮は座ったままの悠へ手を差し伸べ、言葉を続けた。
「悪い。今日はおとなしく自室で待機しててくれ。クロレンスへ行くときに声かけるから」
「……わかりました」
こうでもしなければ、ヨナスが納得しない。蓮としては苦渋の決断だ。そんな蓮の様子をくみ取ったのだろうか。意外にも
「ゆ、ゆうお、お兄ちゃ……い、いっしょにお、お部屋いこ?」
いつもどおり、長い栗色の髪で顔を隠し、ぎゅうとウサギのぬいぐるみを抱きしめている。悠は小さく頷くと立ち上がり、陽茉と一緒に二階へ上がっていった。ひとまず、嵐を凌いだことになり、蓮は深く息を落とした。
「紫苑、代わるから今日はもう休んでいい。ヨナスは……いてもいなくても好きなようにしてろ」
「なんか俺だけ扱い雑じゃない?引きずり出すの俺も参加したんだけど」
ヨナスが不服そうに頬を膨らますも、蓮はさっさと窓を潜って無視をした。これは八つ当たりではない。ヨナスの扱いはいつもこうなのである。
紫苑と交代すると、いち早く淳一郎が気取った。
「なんや。もう蓮と交代したんか」
「……まだ一言も話してねえんだが」
つい蓮は顔を引き攣らせる。紫苑と交代したさい、少しふらついたのを押しとどまっただけなのに、この男はそれだけで誰なのか当てられるらしい。実はエスパーなのではないかと思いたくなるほどの観察眼だ。
ドン引く蓮に、淳一郎はからからと笑って言葉を返した。
「一目瞭然やて。蓮とは二年半けっこう一緒に過ごしたんやから」
「それが逆だったらよかったんだがな」
悠と蓮の立場が逆で、日本に締め出されていたのが悠だったらきっと、こんなにこじれることもなかっただろう。運命と言うのがあるのならば、それが酷く恨めしく思った。蓮は髪を掻きむしり、小さく嘆息すると、きっと少年のエナメルバッグを見据えた。
「とにかく。こいつの身元を調べる」
「は?」
「ちょっと事情があって。さすがに日本で監禁するわけにもいかねえし、そもそも本人じゃねえし」
そう言いながら、蓮はさっそく荷物を漁り始めていた。その後ろでぽかんとしながらも、淳一郎が言葉を返す。
「ようわからんけど。そのうちその事情、話してな。相談ならいつでも乗るで」
蓮はピタリと手を止めた。この男は何処までお人好しなのか。暫し沈黙したのち、蓮は振り返りもせずばっさりと言い放つ。
「やなこった」
「ひどないか!?」
嘆く淳一郎に構うことなく、蓮は背を向けたまま言葉を続けた。
「ジュンイチローは救急車、呼んでおいて」
「へ?」
「一応、道端で意識不明なんだ。俺だってそういうのに遭遇した時どうすべきかくらい知ってる」
きっと中で紫苑が見ていたら、あの蓮が常識を語っていると泣いて喜ぶに違いない。だが残念なことに、こういう時に限って窓の前には誰もいない。
淳一郎がスマートフォンで119番をしている間、蓮は荷物の中に財布を認めた。その中にあるカードを一枚一枚出しては仕舞い、身分証のようなものは無いかと探した。そしてその中に、ようやく学生証を引き当てた。蓮はその学生証の名を見て一瞬息を呑んだが――その名と住所を暗記すると、財布ごと荷物に仕舞い、エナメルバッグのファスナーを閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます