123-out_依頼(2)
「叔父さ……じゃなくてサイラス」
オリヴィアは顔を引き攣らせながらも、アーサーから離れる。つい尋問しているような気分になってしまい、距離感がおかしなことになってしまった。オリヴィアはこほんと咳払いをして、
「ちょっと一発ぶち込んでやろうかなと思っただけよ。
そう言い訳する彼女の背には、誰が携帯する武器よりも無骨で巨大な鈍器。鞘など豪勢なものはないので、特注のの革袋に包み、背に固定していて確かに使う気がなかったことが伺える。
だが問題は其処ではない。
サイラスは眉間を親指で抑えながら、深く嘆息して言い放つ。
「やめろ。お前の拳は頭蓋を陥没骨折させるだろうが。やるならあのクソガキのにしなさい」
「ハーヴェイはいいのかい……」
と後ろからツッコミを入れたのはソバカス顔の男、コリン。宿から二人で来たのだろう。サイラスはふん、と鼻を鳴らして言葉を返す。
「あのクソ生意気な顔が腫れていたら気分もスッキリするというものだ」
どう考えても個人的恨みつらみがあるとしか思えぬ、悪人面で嗤うサイラスに、ジェイコブが顔を引き攣らせる。
「お前、本当にハーヴェイ嫌いだな……」
「何もかもが気に入らん。まったくオリヴィアもあんなクソガキの何処がいいのやら」
「ねえ、ツッコまないでおいたんだけどさ。あたし言って回った記憶ないのに、なんで皆知ってるわけ?」
オリヴィアの言葉に、其処にいた男たち一同は沈黙し、顔を見合わせる。誰が指摘してやるべきかと思案し合ったのちに、代表とばかりにジェイコブが手を挙げる。
「いや、お前さん。わかりやすいから誰でも気づくぞ?気付いてねえのハーヴェイくれえのもんだ」
気不味い沈黙。あまりの気不味さに、オリヴィアは耳たぶまで真っ赤だ。
あの小麦色の肌の少年の隣をウキウキしながら歩いている間、この中年男たち(まだ二十代のコリンを若干カウントするには怪しいが)がニヤニヤとしながら見守っていたのだと思うと、顔から火が出そうな気分なのである。
幸か不幸か、当人に気取られていないことがせめてものの救いか。否。それは女として意識されていない裏返しとも言えることなので、悲しむべきことなのか。
そんな気不味さの中、ただひとり優雅に茶を嗜んでいたアーサーがようやく声を鳴らした。
「オリヴィアをおちょくるのは其処までにして。ハーヴェイとロルフはまだなんですか?」
その言葉で、アーサーがぐっと言葉を詰まらせる。あの浮浪者然とした男と同室なのは彼なのだ。だというのに彼ではなくコリンと来たのは、すでに部屋にいなかったためである。アーサーは眉間に皺を寄せながら、
「ハーヴェイは知らないが……ロルフはすでにいなかったぞ。どうせまた、何処かでドッキリを目論んでるんだろう」
「そんな答え言っちゃ、つまるないですたヨ」
「うわああああ!」
大袈裟にアーサーが飛び退いた。あまりの大声にコリンもギョッと翡翠色の目を剥いている。入口の扉のすぐ横。べろん、と白い壁紙が剥がれて無精髭にぼさぼさ髪の男が姿を現したのだ。
その奇天烈な登場にオリヴィアもドン引きで、
「なんてところに隠れてるのよ……」
「いやあ、驚かすならサイラスが
ちなみに、オリヴィアやジェイコブ、そしてコリンも気付いていなかったのだが、とにかく「うわあ」くらいの反応くらいしかしない――と彼は言いたいのだろうが、オリヴィアも十分に吃驚している。オリヴィアは恨めしげにアーサーへ視線を落として言葉を投げ掛ける。
「アーサー、気付いてたなら言ってちょうだいよ」
「あんなのをいちいち指摘していたら、日が暮れますよ」
ようは諦めなさい、ということか。このパーティーで一番の奇行を披露する男なのだが、パーティーに属して一年程度のオリヴィアはまだまだ彼の全容を知らないでいる。
アーサーは小さく嘆息すると、
「ということは、集合時間を破ったのはまたハーヴェイですね。あの子も困ったものです。朝のミーティングは絶対来ないんですから」
「あたし、呼んでこようか?」
「叩き起こすのも面倒なので、後で私から話しますよ。とりあえず、あのお馬鹿さん抜きで話しましょう」
ハーヴェイが朝に弱いことは、付き合いが最も短いオリヴィアですら知っていること。養父のアーサーからすれば日常茶飯事であろう。
それもそうだな、と他の面々も同意して各々テーブル近くへ集まった。アーサーの左右にジェイコブとロルフ、その正面に左奥からサイラス、オリヴィア、コリンと並ぶ形で席につき、ふとオリヴィアは、アーサーの手に書類があることに心付いた。
「それって依頼よね。今度は全員一緒なの?」
「はい。それだけではなく、協力者もいますよ」
「協力者?」
「イェーレン国立研究院です」
その言葉にオリヴィアの真横で、ぶほっとコリンが吹き出した。ちょうど茶を啜ろうとしていたところらしい。咽たのかゲホゴホと咳き込み、ようやく落ち着くと涙目で言った。
「なんでまた、研究院が……」
「お、そういや。お前さんの古巣か」
ジェイコブの指摘で、コリンは何とも言えぬ表情をしている。
イェーレン国立研究院。
指定されたカレッジ(男子のみが入学できる学校)で優秀な成績を取るか、難関試験を通るかしないと所属することを許されない、各国でも有数の国立機関である。いわゆる大学のような場所で、芸術や医術、哲学や工学などの学問的な追求と国の発展のために日々選ばれた人間たちが邁進しているのである。コリンは植物学や薬学の分野でかつて、その研究院に属していたエリートなのである。
オリヴィアは眉を寄せ、疑問を口にする。
「……そのコリンの古巣がなんで傭兵業専門のあたしたちと協力関係になるのよ?」
第407パーティー、通称ブルック隊が主に担うのは害獣の駆除や人間や物品の護衛である。コリンやサイラスのように薬物に詳しいメンバーもいるので、それに関係する調査を受けることもあるにはあるが、件数としては少ない。
するとアーサーはさらに驚きの事実を口にする。
「今回の依頼は国および組合本部両方からの指名です」
ブルック隊がそういった依頼を受けるのは初めてではない。腐ってもS級A級ばかりのパーティーだ。特殊で困難な任務は当てられがちだ。
だがそもそも、国からの依頼は珍しい。
クロレンスの冒険者組合は国や貴族たちと密接な関係がある半国立な組織でもあるが、常であれば、国が直接冒険者組合に口出しをしない。冒険者組合はあくまで
だが時折、不足した人員を補うために冒険者組合へ依頼を出すことがある。普通は不足するはずのない人員だ。それを依頼すると言うことは、即ち国の非常事態を指している。つまり、この依頼を受けるということは何かしらの存亡に関わっているということ。愉しい話ではない。
今度はジェイコブが問う。
「うへえ、マジか。で、その内容は?」
「魔獣の生け捕りです」
アーサーのその言葉に、メンバーほとんど全員が目を剥いた。
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