弐章
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122-out_依頼(1)
クロレンスは冒険者の活動の活発な国のひとつだ。
――――冒険者。
それはかつて、新しいものを見、聞き、知ることを目的とした者たちの総称であったが、今やその姿を留めていない。
とくに、クロレンスの冒険者組合は貴族や豪商との関係性の強く、統率された組織の形をとっている。本部を王都に置き、八つの支部を東西南北の主要都市に設ける。そして此処、オルグレンはそのうちのひとつ、北方第二支部がある街だ。
✙
まだ黎明の光が街を縁取っている時分。オリヴィア・エバンスは冒険者組合北方第二支部を訪れていた。
冒険者の駐屯所や依頼者の一次相談所、というよりも貴族の……否、成金な豪商の屋敷みたいだ。三階建ての屋敷なのだが、バルコニーがごてごてとした金属細工で素人目にも趣味が悪い。
もっとも派手なのが両側に階段を備え、中央に受付机を並べて人々を迎えるエントランスなのだが、其処を出入りするのは身汚い冒険者ばかり。なんともお笑いな状況だ。
そのエントランスを通り抜け、階段の後ろ手にある別棟へ続く柱廊を過ぎて突き当りにある応接室。白い木の扉を開けてオリヴィアは室内へ入った。
「お。早いな、オリヴィア」
一声を上げたのは熊のような大男。
「ジェイコブ。……それにアーサーも。早いのね」
彼女の碧い瞳はジェイコブの傍らにある革張りのソファに腰掛ける男へ向けられている。それはオリヴィアの属する第407パーティーの隊長である。
北方第二支部所属 第407パーティー。
それがオリヴィアの属するパーティーの正式名称であり、隊長であるアーサー・ブルックの名から通称ブルック隊と呼ばれる。クロレンスにおける冒険者のパーティーやペアは必ず組合に登録して番号管理されるのだ。
さらには、所属する冒険者たちには一人一人実力で階級を与えられる。その階級は昇級試験を受験して決められるわけだが、第407パーティーのメンバーは冒険者になって一年のオリヴィアを除いてA級以上である。
その
「ちょうど組合員と話がありましたからね」
あの粗暴なハーヴェイの養父だとはとても信じがたい、物腰の柔らかさである。オリヴィアはずいとアーサーへ詰め寄ると、言葉を続けた。
「…あたしが何の話をしにきたのか、知っているでしょう?」
「養父である私がいうのもなんですが、あの子の何処にそんなに魅力を感じてるんですかね」
「その話は今関係ないでしょうが!」
ついくわっと吠えてしまう炎髪の少女。彼の言う「あの子」とはまさにこのアーサーの
オリヴィアの反応を見て愉快に思ったのか、ジェイコブがケラケラと嗤って言葉を継ぐ。
「
クロレンスの美男子の条件は、背が高く筋肉質。それできて凛々しい顔つきに涼やかな目。すべてにおいて、ハーヴェイは逆を行っている。中背のオリヴィアと並んでもさほどの身長差がなく、着痩せしているとはいえやはり華奢な身体つき。少女ともとれる卵型の顔に猫を思わせる大きな切れ長の目。そもそも彼は東方だか南方だかの異黒人の血を引いているのか顔立ちなのだが――あの無愛想で不躾な性格も相まってライバルは皆無と言ってよい。
――て、そうじゃない!
オリヴィアは内心で自己ツッコミをしながらも、とにもかくにもパーティー最年長の二人組へ物申す。
「背も顔も関係ないわよ!性格に難アリなのは知ってるわよ!というかあんたは義理でも息子なんだから少しはフォローしてやりなさいよ!」
「いやあ……それはちょっと……」
何とも救いようがない。養父であり上司である男からフォローする隙すら見出してもらえぬとは。わりと自業自得なので何とも言えぬが、それでも惚れてしまったのだ。オリヴィアは頬を膨らませながらも、アーサーへ詰め寄る。
「話をそらさないでちょうだい。ジェイコブに一任してたことよ」
ハーヴェイ・ブルックの様子かおかしい。
その相談を、突如ジェイコブが自分からアーサーへ報告すると言ってオリヴィアを外野へ押し退けてしまったのだ。だが、だからといってずっと黙っていられるオリヴィアではない。
「ハーヴェイは大丈夫なの?変な病気になったとか、そういうのじゃないのよね?ねえ」
「馬鹿は風邪引きませんからね。大丈夫ですよ」
とアーサーは応えると、ハハハと笑いながら呑気にまたティーカップを持ち上げている。わかりやすくも、はぐらかされている。苛立ったオリヴィアはバンッとテーブルを叩いた。
「そういう話をしてるんじゃないわよ、アーサー!というかハーヴェイ、そこまで頭悪くないじゃない。文字の読み書きできるし」
「それはまあ、私が仕込みましたからね。文字が読めないと依頼書読めませんし、書けないと報告書書けませんし」
すると今度は横から、ジェイコブが茶々を入れる。
「文字の癖、めっちゃあるけどなー」
「そうね。思ったより可愛い文字……てだからそうじゃないわよ!」
つい乗っかってしまい、オリヴィアは頭を抱える。オリヴィアもハーヴェイの文字を初めて見たときは吹き出しそうになったものだ。女の子が書くような、丸みのある文字だったのだから――だが、今はそんなことどうでもいいことなのだ。
「オリヴィア。安心しなさい。ハーヴェイとは直接話しましたし、心配するような持病の類もありません」
「でも……」
ベアード商団の一件から、時おり体調を崩すようになり、そうかと思ったらまるで別人のようになる。それはジェイコブも目の当たりにしていたはずなのに、ジェイコブは頭を掻きながら、
「
「ジェイコブ、余計なことを言わないでください」
すかさず言葉を指すアーサー。彼らは何かを知っていて、オリヴィアに黙っているのだ。オリヴィアはソファに片方の膝をつき、アーサーに馬乗りになるようにさらに詰め寄って問う。
「あれって何のことよ」
「きっといつか本人の口から聞くまで、見守ってやってください」
あの自分の好みすら話をしないハーヴェイから、語る。そんなことを待っていたらきっと老婆になってしまう。死ぬまで話をしてくれないかもしれない。オリヴィアは歯噛みしながらも言葉を継ごうとした。
だがその瞬間。
「何やってるんだ、オリヴィア。淑女が
振り返れば部屋の扉が開かれ、
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