114-[MID→IN]Y_対話(3)


 ふと、悠は一つの疑問が浮かんだ。

「そうなんですね……でもまさかその犯人を探しているあいだ、ずっと蓮さんだけで日本側を管理してたんですか?」

 

 途中から寝ている姿を見掛けなかったが、初めのうちはファブリックソファで眠る蓮の姿をたびたび見かけていた。それに、ハーヴェイとして活動中はどうしても蓮は不在。そのかん、日本側を放置していたとはとても考えれない。

 

 蓮は腕を組み、遠い夜空の地平を見つめながら、言葉を継いだ。

「俺が不在の間はヨナスに任せてた。住人が死んだという話は、ヨナスにのみ伝えているからな」

「え、ヨナスさんに?でもヨナスさん、戦闘力ないですよね」

 

 というより、紫苑も含めた住人すべてに戦闘力がない。ゆえに月夜つくよの目を瞠るほどの戦闘センスには驚かされたのだ。そして、ブラックの対処に困り、右往左往しているのだ。

 ヨナスは陽茉ひまりの護衛役を買って出たが、それは腕に自信があるからではなく、男として女の子を危ない目に合わせたくないという若干無謀な紳士精神のためである。

 

 すると、蓮はあっさりと認めた。

「まあそうだな。でも一番だから、肉壁くらいにはなる」

「なんか酷くないですか!?」

 

 時々、否、かなり蓮は薄情さを見せるときがあるが、これはあまりに酷すぎる。相手が男だからなのか、それともヨナスだからなのか。住人にも死の概念があるということは、死んでも構わないと考えているということになる。 

 だが、蓮は相変わらずけろりとして、

「戻ったらその頑丈さを実演してもらえ」

 

 何を実演してもらうというのか。悠が唖然としていると、蓮は小さく嘆息して話を戻す。

「とにかく、俺はブラックを逃がした奴に覚えがあった。で、ずっと探していて……

「呼び出された……?」

「ご丁寧に手紙もチャットも送りつけてくるんだよ」

 

 それは、日本の下宿先やスマートフォンに連絡を寄越してくるという意味だろうか。あおいの肉体を乗っ取って、手紙やメモを残している、なら納得が行くのだが。悠は眉を顰め、問い返した。

「ん?住人じゃないんですか?」

「俺もそいつが何者なのか知らねえよ。だけど言えることは、そいつはどうにかして、別の肉体からだへ移り、操ることができる」

「そんなのが日本に……」

 

 安全地帯であったはずの日本がいつの間にか、途轍もなく危険な場所になってしまっている。悠が蒼然としていると、蓮は肩を竦めて言葉を続く。

「下手をしたら、クロレンスにもいる」

「うわ……」

 加えて、中にも入ってくるのだとしたら、戦闘能力がないからと蓮に任せきりにできる状況ではない。何かある都度蓮ばかりを呼び出していたら、過労死してしまう。――住人に過労死という概念があるのかは定かでないが。

 

 蓮はついと夜空を見上げて言った。

「とにかく、早く此処を出てなんとかしねえと」

「そう、ですね……」

 悠もまた蓮の横に並び、どう此処から出るかと思案する。 

 ――せめて、脱出方法を知らせてからどっかに行ってほしかったなあ……月夜つくよさん。 

 頼りっぱなしの不甲斐ない自分も悪いのだが……悠はううむと頭を捻って唸る。何とも無力なことか。


 すると不意に、悠の頭の奥で声が鳴り響いた。

(大丈夫。願えば、いつだって行きたいところへ行けるはずだよ)

 

「え……?」

 聞き覚えのある声だ。吹き渡る風のような、男なのか女なのか、老人なのか若者なのかもさとらせぬ声。初め出会ったばかりの頃に聞いた、月夜つくよの声だ。

 悠は目を見開きながら、内心で呟く。

 ――願う?

 

(そうさ。あ、ちなみに直接君に話しかけてるから、この声はもう一人の方には届いてないよ)

 まさか答えが返ってくるとは思わず、悠はドキリとする。

 ――え、心を呼んで……!?どうやって!?

(ふふふ、ナイショ。それより、本当に急いだほうがいいよ。あおいの方は暫く、わたしが時間稼いであげるけど)

 月夜の言葉で、悠は声を上げそうになる。だが、不思議と顔にも声にも出せない。まるで誰かにそうすることを阻まれているみたいに。

 

 ほら、急いで。

 

 月夜にそう急かされ、悠はやや目を回しながら、とにかくとばかりに蓮へ声を掛ける。

「蓮さん、手を掴んでください!」

「は?」

「とにかく、試してみます」

 そう言って、悠は蓮の手を掴み、目を閉じる。願う、というのがいったいどんな行動を指しているのかさっぱりわからないが、月夜は細かいことまで教えてくれはしない。思いついた方法を試すしかない。

 

 ――戻るとしたら、二階だ。クロレンス側の。

 

 長い廊下、茶色を基調とした扉が連なり、多くの扉は鎖や釘で閉ざされている。その中の、自分の部屋の前。ネームプレートには自分の名前が記されている――……。

 

 ――お願い、戻って!


 すると、目映い白い光が二人を包んだ。月夜に中へ戻された時と同じ、目も開けられないほどの眩しさのある光だ。その光は空間全体に広まり、悠と蓮、二人の意識は其処で途絶えた。



 ――――ガンッ!

 

 背中を打つ衝撃で、悠はすぐに意識を戻した。

「痛たた……此処……」

 

 此処は何処だ。そう言おうとして、悠はすぐに口を噤んだ。何処から自分たちが出てきたのかわからないが、長い廊下の真ん中に悠は落下し、背中から叩きつけられたらしい。背中がずきずきとして、息が詰まる。悠は何とか上体を起こして、ふと下へ視線を留めた。

「蓮さん、大丈夫ですか?」

 

 悠が下敷きになるようにして、濡羽色の髪の少年が折り重なっている。思いっきり眉根を寄せて、蓮は低く吐き捨てるように言葉を落とした。

「……どんなカラクリしてんだ……」 

「僕にもそれは……わからないです」

 

 脳内でイメージしたら此処へ出ただけなので、その仕組みを問われても答えられない。悠は困り顔をして頬を掻く。蓮は怪訝そうにするも、とりあえずとばなりに悠から下りて立ち上がり、悠の手を掴んで立たせた。

「ありがとうございます」

「いや、踏み潰してたの俺だし……」

 

 蓮は呆れた風に黄金こがね色の目を半眼にしている。だが、平和な会話をしている場合ではない。ハッと我に返ったように蓮が悠の腕を掴んで引き寄せた。

 突然に、すぐ横にあった部屋の扉が蹴破られたのだ。悠の部屋の扉だ。悠が呆気に取られていると、蓮は小さく舌打ちをした後、言葉を吐き捨てた。

 

「お前は何度、鍵を壊したら気が済むんだクソ野郎」

 其処には、黒髪をおかっぱ頭にした少年の姿があった。

 

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