113-[MID]Y_対話(2)


 話をしよう。

 そう、悠は切り出したものの、まずは状況の報告が先だった。お互い、悠長にしていられるような状況下で狭間にいるわけではないので。

 

 悠は中でブラックが暴れていたこと、今は悠の個室に閉じ込めていることを話した。じっと話を聞いていた蓮は、ふと小さく言葉を落とした。

「つまり、中でブラックが暴れまわってると」

「はい……あのブラックさん、ていったい……」

 

 悠は何も知らない。何故ブラックが暴れ、何故ブラックが閉じ込められているのかも。それに、そもそもブラックどころか、ほとんどの住人の名前と顔、性格など何も知らない。

 

 そんな疑問だらけの悠の表情をさとってか、蓮は悩ましげに眉間の皺を増やす。

「色々と説明したいところだが、このままだと不味いな」

 真っ直ぐに向けられた黄金こがね色の目に、悠はきょとんとする。

「え?」

 

「日本だと、魔獣がいるんだ」

 

「え、なんで?」

 思わず、声が裏返ってしまった。だが、驚かないはずがない。悠はクロレンスを訪れるまで魔獣の存在は知らなかった。クロレンス特有の生き物であろうと踏んでいたのだが……悠が困惑していると、蓮が頭をガシガシと搔いた。

「どうやったのか、俺も知らねえよ。でもジュンイチローを置いてきちまったち、放ってはおけない」

 

 ジュンイチローという呼び名に一瞬、悠は眉を顰めた。自分は、日本の友人をすべて苗字で呼んでいたので、ピンと来なかったのだ。だがすぐに、大学の親友の下の名がそんな名前であったことを思い起こし、頓狂な声を上げた。

 

「ジュンイ……え、君塚と会ったんですか!?」

「……ミコトもな。長く生活してりゃ、会うだろ」

「そっか、半月はいたことになりますもんね」

 

 とくに、淳一郎は同じアパートに住んでいるので、いやでも顔を合わせるかもしれない。悠が納得顔をしていると、蓮は目を見開いて息を呑んでいた。悠はその蓮の表情を怪訝に思い、その疑問を口にする。

「どうかしましたか?」

 

 蓮はハッとしたものの口籠って、仕切り直すように言葉を鳴らす。

「い、いや……とにかく、まずは速攻でブラックを何とかして、その足で魔獣も片付ける」

「あの……わかってると思いますけど、あおい肉体からだってひょろひょろですよ?」

 

 女の肉体からだというのもあるが、とにかく悠は運動音痴だった。内腿を意識しろ!と言われても内腿って何処ですか?となり、まったく筋肉が鍛えられず、肉体改造サークルでも苦労したものである。

 

 ゆえにハーヴェイのように剣を振り回すのも走り回るのも難しい。何ならば、悠はハーヴェイの肉体からだも蓮のようにすばしっこく操れない。

 運動神経とは、肉体からだを操るコツを掴めるか掴めないかも関連しているのではないか、と悠はよく考えさせられている。

 

 蓮は呆れたように深く嘆息すると、言葉を継いだ。

「知ってるよ。肉体改造サークルに入ってるくせに、腕立て伏せもまともにできないなんて、どんな鍛え方してたんだ」

「う……どうにもやり方がわからなくてですね……」

「まあ、その辺りは俺が補ったから問題ない」

 

 けろりと答える蓮に、悠はぽかんとした。まさか、つい先程までサバイバルナイフをあおい肉体からだで振り回していたなど、悠は想像もできない。

 すっと立ち上がると、蓮は辺り一面星空の空間をぐるりと見回した。

「それより、此処からどうやって出るんだ?」

「あ……」

 

 ようやく悠も、そのことに気がつく。悠はこの狭間から中へ出る方法を知らない。外へ出る方法も、肉体の操作となると怪しい。ハーヴェイの肉体からだで外と狭間を行き来していたとき、その主導権は常に月夜つくよが握っていた。

 

 悠はぼそりとそのことを独り言つ。

「さっきは月夜つくよさんがいたからどうにかなったんだった……」

月夜つくよ……誰だ、それ?」

「あ、そっか……」

 

 月夜つくよの名は悠の前で即興で作ったもののようなので、知らなくても仕方がない。加えて、蓮も紫苑やヨナス同様に、月夜つくよを知らない可能性がある。

 蓮の疑問に、悠は紫苑やヨナスへ話したのと同じ説明をした。クロレンス側の狭間にいたこと、其処で破天荒な住人らしき者とブラックと出会ったこと。

 

 悠の話を受けて、蓮は険しい顔で言葉を落とした。

「知らねえ奴だな。少なくとも、俺が探してる奴じゃあねえな」

「探してる?」

「ああ……お前に日本側へ行かせなかったのも、そいつの居場所がわからなかったからだ」

 

 悠にとって、それは初耳であった。きっとこれはずっと悠に伏せていた話に違いない。話をしよう、と悠が言い出したのをきっかけに、蓮は話してくれる気になったのかもしれない。

 

 きゅっと拳を握り、悠はやや前のめりになって聞き返す。

「日本側にいる、て踏んでいたんですか?」

「お前がクロレンスへ締め出されたあの日、日本側の住人がひとり、んだ」

「え……?」

 

 そもそも住人が死ぬというのも驚きだが、それ以前に悠は不思議に思ったことがあった。

「紫苑さん、一言もそんなこと……」

「住人が殺されたことを、あいつには言ってねえからな。妙な動きをしている奴がいる、としか言ってねえ」

「なんで……?」

 

 中でも危険がある可能性があるならば、伝えたほうがいいに決まっている。とくに、纏め役としての役割を担っている者ならば、なおのこと。何かあってからでは遅い。なのに、何故。

 

 蓮は深く溜め息を付いて、その疑問に応えた。

「あいつは一番、陽茉ひまりと感情を共有しやすい。陽茉ひまりが怖がると、何故か外に影響したりするから……色々と面倒だったんだよ」

 

 陽茉ひまりの感情の厄介さは、悠も経験済みである。異様に不安な気分になり、さらにはいつの間にか入れ替わっていた。

 

 そんな陽茉ひまりと紫苑が感情を共有しやすい、ということに悠はいまいちピンと来ていないが、何となく、ハーヴェイとして外に出るのを拒んだ理由はわかった。紫苑が外で感情を乱すと、陽茉ひまりにも伝わり、今度は陽茉ひまりが全体に負の感情を蔓延させてしまう。そういう最悪なシナリオを避けていたのだろう。

 

 悠はううむ、と頬を掻いて言葉を返す。

「そうなんですね。でも殺されたって……何があったんですか?」

「ブラックが暴れたんだ。あいつは住人を殺すためにいるみたいなところがあるんだ。俺がすぐに止めたから被害はそれ以上広まらずに済んだが、扉は破壊されていなかった――誰かが、鍵を開けたんだ」

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