099-out_報せ(3)


 アーサーと同じような綺麗なフロル語で三人を呼び止めたのは、平凡を絵に描いたような若い女だった。

 年齢よわいは十代半ばくらいで、ハーヴェイやオリヴィアと同年代と思われる。頭巾の下でブルネットの髪をきちっと結い、丸い鼻頭を覆うソバカスをすっきりと見せている女で、街女の着るような質素な紅茶色のワンピースを纏っている。

 

 だがその右腕には、その平凡さに不釣り合いな白地に金色こんじきの鳥文様の施された腕章が付されている。長い三本の尾の垂らした鳥文様――それは、冒険者組合の組章で、その腕章は組合員を示す目印しるしだ。彼女は、冒険者組合本部の事務員か何かであろう。

 

 アーサーはその腕章をした女へ歩き寄り、言葉を返した。

「私が407パーティーの隊長、アーサー・ブルックですが」

 すると、女はハッとしたように頭を垂れて言葉を継ぐ。

「も、申し訳ございません。最近配属されたばかりで、存じ上げず……私は昨日付で本部事務局所属になりました、ブリジット・エインズリーと申しますわ。どうぞお見知りおきを」

 

 そう言い終えると、ブリジットと名乗る女はスカートの裾をつまんで一礼する。その一連の動作には洗煉されており、優美さがある。その所作は幼い頃から叩き込まれたそれだ。

 彼女のその動きと言い、さらにはその「エインズリー」という姓。思い当たる節があり、アーサーは一瞬目を見開いたが――あえて何も言わないことにして、すぐに落ち着きを取り戻し、問い返した。

 

「で、私達に何のご用ですか?」

「こちらをお渡ししなくてはならずお伺いいたしましたの。北方第二支部よりアーサー様宛てに早馬便を受け取りおりまして」

 

 ブリジットの差し出した手には、一通の手紙があった。北方第二支部、ということはオルグレンからだ。アーサーはその手紙を受け取りながらも、眉を顰めた。

「早馬便……?」

 よほど急ぎの報せということだ。気になったのか、サイラスがそっとアーサーの手元を覗き込み、その手紙の宛て名などを記した文字を見る。

「その汚い文字は……ジェイコブか?」

 

 サイラスの言う通り、確かに荒々しくて読みづらい筆跡だ。オリヴィアなら達筆で、手本のような文字であるし、コリンは角張った文字を書く。それに。

 アーサーは思い出したようにクスリと笑う。

「ハーヴェイならもっと丸みがあるですからね」

 ゆえに、自然とこの文字を書いたのはジェイコブなのだと絞られてしまう。消去法で考えなくとも、アーサーには見慣れた筆跡なのでひと目見てわかるのだが。

 サイラスに圧し掛かりながら、くつくつとロルフが嗤った。

「キヒッ。あのツンケンしていて、文字は可愛らしいんですたヨネえ」

 正確には、黙っていれば見た目通りの文字なのだ。ハーヴェイは口を閉ざしていれば、中性的な愛らしい異国人少年。上背もさほどなく、華奢。クロレンスにおける美男子の定義には当てはまらぬが、美女子の定義にはばっちり収まっている。そんな少年がたどたどしく丸みのある文字を書く――ハーヴェイという少年を深く知らぬ者であれば、まさか、口を開けば死ねとかクソ野郎とかばかり吐くとは想像しまい。

 

 いつまでも寄っかかって離れないロルフを何とか引き剥がすと、サイラスは疑問を口にした。 

「で、何をそんな急いで知らせてきたんだ?」

 

 だがアーサーは応えない。彼は黙して、封の中にあった手紙に目を通していた。アーサーは三月からジェイコブを含む三人とは会えていない。医術の心得のあるサイラスだけ何度も、オルグレンへ戻っているので、蟲の巣窟などについては話を聞いている。

 それでも、アーサーのために報告を纏めてくれたらしい。その手紙にはオリヴィアからのベアード商団護衛任務の顛末やコリンからの蟲害に関する考察なども含まれていた。

 

 アーサーは顎に手を添え、小さく呟いた。

「……ドナ村からの帰りに魔獣に遭遇したらしいですね」 

「また?オリヴィアとハーヴェイは既に三回くらい遭遇していなかったか?」

 とサイラス。思いっきり眉を顰めている。彼だけは直接、オリヴィアからベアード商団の時の話を聞いているので、よく覚えていたのだ。

 

 ロルフはぽりぽりと頭を掻いて、 

「あちこちで活発化ですからネえ。おかしないですヨネ。キヒヒ」

「まあ、そうだが……」

 それでも、遭遇しすぎではないか?とサイラスは顔を引き攣らせている。アーサーはくすくすと苦笑しながら、言葉を添えた。

「私達もすでに一度遭遇していますたしネ」

「まあ、そうだが……。でもまさか、そんなどうでもいいことの為に早馬便を?」

 確かに、奇妙である。この程度の情報ならば、冒険者組合を通してでも入手できる。ロルフがいるのだから、尚更だ。

 

 だがふと、アーサーは手を止めた。そんな、突然に黙りこくったアーサーを不審に思ったのか、サイラスが訝った面持ちをする。

「どうしたんだ?」

「……いや。本当に内容は此処までらしい」

「はあ?」

 アーサーの言葉に、サイラスは呆気に取られている。だが、アーサーは苦笑して、そっとその手紙を懐にしまって言葉を続く。 

「二人とも。オルグレンへ戻る支度をしておくれ。今日中に出立したい」

 

 その発言で、きっと何かを伏せたのだろう、とロルフもサイラスもさとったらしい。それ以上は何も問わず、アーサーの指示に従った。

 

 足早に宿へ戻る二人の背中を見届けながら、アーサーは独り言ちた。

か……」


 アーサー・ブルックには妻も実子もいない。だが、養い子ならな一人、いる。それがハーヴェイである。小麦色の肌をした異国少年と何処で出会ったのか、その少年を何故養うことにしたのか、407パーティーに属するメンバーには知らせていない。

 そもそも、このパーティーに属するメンバーにとって、出会った頃からアーサーとハーヴェイは義理の父子関係であり、父子共々馴れ初めなどを語ろうとしなかったので、知る由もないのだ。――ジェイコブ一人を除いて。

 そのジェイコブが、此処から先は他のメンバーには知らせるな、と記した報せ。アーサーには

 

 アーサーはふっと微小を浮かべて、小さく言葉を落とす。

「さて、と。久しぶりに我が子に会いに行きますか」

 そうして、アーサー含む三人はホームのあるオルグレンへ向かった。七人全員が揃うのは、実に四月よんつきぶりと言えよう。

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