098-out_報せ(2)


 コリンたちとの話を終え、オリヴィアが部屋を出たその時、ジェイコブが彼女を呼び止めた。

 

「オリヴィア、ちょっといいか」

「どうかしたの?」

 

 振り返れば、扉を開けたまま大男が入口に立っている。ジェイコブは室内にいるコリンや、他の部屋にいる宿泊客に聞こえぬよう、忍び声で言葉を継ぐ。

 

「あいつの一件、俺に任しちゃくれねえか?」

「え……?どういうこと?」

 突然の言葉に、オリヴィアは困惑する。

 あいつ、とはハーヴェイのことだろう。様子が可怪しいので、とりあえずハーヴェイの養父であり、パーティーの隊長であるアーサーに相談しよう、ということになっていたはずだ。

「俺からアーサーと話してみる」

「私が其処にいてはいけないの?」 

 オリヴィアは顔を顰めた。変わらずアーサーと話すというなら、オリヴィアを伴ってもいいはずなのに。何故。

 

「ちとな。それに、ハーヴェイの奴も不審がるだろう?二人して話し込んでたらよ」

「それは……そうだけど」

 

 ジェイコブのそれは、言い訳の体を成していない言い訳だ。明らかにオリヴィアを遠ざけようとしている。そのことに訝り、オリヴィアは眉を顰める。

 

 そんなオリヴィアを前に、ジェイコブはからからと笑い飛ばす。

「なあに。変な病気になったわけじゃねえんだ。心配しなさんなって」

「……ジェイコブ、もしかして何か知ってるの?」

「え、キノセイジャナイカ」

 

 突然のカタコト。オリヴィアはツッコまざるをえない。

「誤魔化しが下手すぎよ」

 この屈強な大男はあまり嘘の得意な方ではない。喜怒哀楽は顔にもよく表されている。ハーヴェイもさほど嘘は得意でないのだが、頭が筋肉で出来ているとそんなものなのだろうか。オリヴィアは碧い目を半眼にして、冷ややかな視線をジェイコブへ注ぐ。

 

 ジェイコブは取り繕うようにコホン、と咳払いをすると、

「とにかく、俺からアーサーに相談しとくからよ。いつも通り、オリヴィアはハーヴェイとじゃれててくれや」

「誰がじゃれてるですって!」

 

 すかさず、オリヴィアの拳が炸裂する。ジェイコブはおっと!と叫んで咄嗟に扉を閉めた。閉め出すための発言だとその後気付かされるわけだが、それ以上追求してもきっと答えないだろうことは想像できた。オリヴィアはぐっと顔を曇らせ、ハーヴェイが泊まっている隣の部屋の扉を見詰めた。


 ――ハーヴェイ、本当に大丈夫……よね?









 首都イェーレン。

 其処は、クロレンスの中央に位置し、クロレンスで最も栄えている街。王宮や議会、そして冒険者組合の本部などがある政治的な中枢地とも言える。

 その一角。

 聳え立つ煉瓦造りの建物。線対称で、両側が塔のような造りになっているためか、酷く空高く見えるみえるその建築物――それこそが冒険者組合の本部であり、まさしくその手前で一台の二頭立て馬車が停まった。

 馬車からはひとりの男――アーサー・ブルックが降りて姿を表した。

 黒い外套に身を包むその男は四十しじゅう半ばと言ったところか。上背があり、長いグレイの髪を結うことなく靡かせている。その涼やかな紫の目元は穏やかで、一歩足を踏み出すだけでも何処か優雅さを感じられる――初対面のものならば、何処ぞの貴族紳士と思うことだろう。

 

「おやおやあ?やっと議会からお戻りですたカー?」


 その少し訛りのあり、さらには文法も怪しいフロル語(クロレンスの公用語)に、アーサーは横へ顔だけを向け、応えた。

「ロルフ、それにサイラス。二人とも待たせて悪かったですね」

 

 アーサーの発した言葉はまるで上流階級のような、美しい発音である――彼の視線の先には、二人の男の姿があった。

 猫背で、無精髭と茶髪をぼさぼさに伸ばした浮浪者のような男ロルフ・ノイマンと、対照的にピンと背筋の伸び、身綺麗に短く金髪を整え片眼鏡モノクルを掛けた男サイラス・ヴァーノンである。あまりに真反対すぎる男たちが、同じ407パーティーに属するメンバーだ。加えて、ロルフがあまりに身汚いのでわかりづらいが、二人とも同年代で三十半ばほどである。

 

 ロルフは猫背の背中をより丸めて、ケタケタと嗤って言葉を継ぐ。

「私は待ってますよお。本部の書庫でいまたカラ。キヒヒッ」

「また忍び込んだのですか」

 

 アーサーは穏やかな笑顔で返しているが、組合本部が聞いたら卒倒ものな会話だ。書庫、とは本部の最奥にある、様々な情報が押し込められた場所で、機密情報なども含まれているゆえに厳重に鍵が掛けられているのだ。

 この男はそんな場所を散歩気分でこっそり訪れてはヒョイヒョイ鍵を開け、また鍵を元に戻して何もなかったように帰っていくのだ。ロルフはへらへらとしながら、

「ヒヒッ。お宝情報は言ってもですたからネエ」

 と呑気に返している。が、わざと人の多い時間を狙ったのもあり、ロルフの非常識な情報収集にはサイラスが付き合わされていた。

 

 片眼鏡モノクルの奥で眼を吊り上げながら、サイラス勢いよくロルフの胸ぐらを掴んだ。

「貴様……!その間の僕の苦労も知らず、へらへらと!」

「受付嬢とアフタヌーンティーをしてダケですたガ」

「お陰様で、実は遊び人?なんて言われたんだぞ!僕は生涯心に決めた女人としか相手にするつもりはないのに……!」

「で、その女人はもういるんですたカあ?」

 

 ロルフの言葉に、サイラスは「ぐっ」と言葉を詰まらせた。ブルック隊の面々は稼ぎのいい方だ。ご令嬢の護衛任務もあるので、出会いの機会も十分にある。

 が、その多くが非常識なところ――発言であれ、行動であれ、体力であれ――なあるメンバーばかりなのもあって、片端から女性たちに「普通が一番よね……」と言って嫌煙されてしまうのである。

 

 常識人である(と思っている)サイラスからすればとんだとばっちりである。そんなサイラスの思いなどそっちのけで、ロルフは嗤いながら言葉を続けた。

「ぷぷぷ……その年齢としで夢想家ですたよネ」

「黙れ、浮浪者もどき……何処のどいつのせいだ!アーサー!このクソ汚いヤツを何とかしてくれ。私は横に立っているのも恥ずかしくて仕方がない!」 

 ビシッとサイラスが指差すのは無論、ロルフのボサボサ頭や無精髭である。何ならば、衣服もよれよれである。依頼人と対面すれば十人中十人が物乞いが来たのだと勘違いする。

 

 当人はそれを理解してるのかしてないのか、心外そうに唇を尖らせて、

「一応水浴びはしますたですヨ。キヒッ。ほら、フケとかナイナイ」

 さらにはぐいぐいと頭を押し付けてくる。思わずサイラスはヒイイッと声を上げて後退った。アーサーからすればまったく、何故この組み合わせで連れてきてしまったのか……と嘆きたくもなる光景である。

 

 アーサーはにっこり笑顔を浮かべると、ロルフの襟首をぐい掴んでその奇行を止めた。

「二人とも?」

 何処か圧を感じさせる笑顔である。完全に巻き込まれ事故なサイラスも、言い返すのを厭われるくらいだ。

 

 すると不意に、三人の後方から声が鳴らされた。 

「あの、すみません。407パーティーの方々ですよね?」

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