093-d&Y_疑念(1)
ドナ村周辺で調査をしていた一部の冒険者パーティーはオルグレンへ引き上げることになった。蟲が一向に現れなかったためである。引き上げたメンバーの中には、ハーヴェイたちも含まれていた――そしてハーヴェイたちはドナ村からオールトン山脈の洞穴へ出ていたのもあり、オールトン山脈の山道を通って帰路についていた。
――あの数が一気に消えるだなんて……あるんだろうか。
帰路の途中、悠はふとそう思った。
調査の間ずっと、ハーヴェイの視界を見ていたが、何処までもただの地下道なのである。嗅覚や聴覚も共有されていたが、あの蟲の気配はまったく掴めない。あんなにもカサカサと犇めき蠢く音を鳴らし、腐った肉のような異臭を撒き散らしていたのに。
(月夜さんはこのこと、ご存知だったんですか?)
暫くの沈黙の後、内心で月夜が答えた。
(君はまた、不思議なことを聞くね)
(だって……時々サボってましたよね?どうせ何も出てこないって言って)
月夜演じるハーヴェイは時々、突拍子もなく「今日は行く気がしねえ」とか言って、天幕の中で不参加なことがあった。
無論あまりに奇妙な行動なので、オリヴィアたちだけでなく悠もぎょっとした。だが、月夜の気まぐれは誰にも予測できないし、誰にも止められない。体の捜査権をずっと月夜が握っている状態だったので、為すすべもなくサボタージュを見守ったのである。
そしてその時には決まって、月夜はこう言った。――だって、どうせ何も出てこないって決まってるもの、と。
(そりゃあ、悠。連日何もなければ、そう思うものじゃない?)
そう言われてしまえば、そうかもしれないとしか言い様がない。実際、冒険者の中にも、此処まで何もなきゃ何も出ないと諦め始めた者もいた。
けれども。
――なんだろう。
――やっぱり何でも知っているように思っちゃうんだよね……。
彼は悠に言った。
彼は他の住人たちよりも、何でも知っていると。それでもあえて口を閉ざし、何も教えないのだと。それは自分で自分のことを知ってほしいからだ、と。
――いったい何処まで知っているんだろう。
――それに、どうして。
蓮と
――僕にとって、蓮さんって。いったいどんな関係だったんだろう……?
「きゃっ!」
やにわに、オリヴィアの短い悲鳴が鳴らされ、悠はハッとした。
意識をハーヴェイの視界へと向けると、炎髪の少女が何やら空を見上げている。頭を押さえているのを見るに、何かが打つかったらしい。
小さく舌打ちすると、月夜演じるハーヴェイは低く吐き捨てる。
「なんだよ急に」
「だって、なんか急に掠ったんだもの」
「掠った?」
そう言って、ハーヴェイはオリヴィアの赤い髪に何か白いものがひっかかっていることに気が付いた。不機嫌面をしたまま、やおら手を伸ばしてその白いものを手にとってみると、
「なんだあ、鳥の羽根かあ?」
と横から熊のような大男が声を鳴らす。
それは羽根のような形をした、柔らかいものだった。大きさからして、かなり大きな鳥の羽根。それこそ、
すると、ずっと沈黙を貫いていた幼い子供の声が、悠の傍らから鳴らされた。
(…………う……)
この羽根に、何かあるのだろうか。珍しく、そわそわとしているような、そんな感じがした。だがそれも束の間で、しばらくしてすぐにブラックの気配がしなくなった。
――どうしたんだろう?
悠は訝るも、ふとぽつりと溢されたオリヴィアの声に、引き付けられた。
「でもこの時期、この辺りに白い羽根を持つ鳥なんていたかしら?」
――え?
そんなに、珍しい鳥の羽なのか。
だが、そのオリヴィアの言葉に、ハーヴェイは何も答えない。ずっとその羽根を見詰めて――ふと、ハーヴェイの体ごと、悠は意識を前方の山道へ向けた。
(あの、月夜さん。気の所為じゃなかったら、今何かいましたよね……?)
ハーヴェイの耳へ届いた音に、悠は恐怖心のようなものを感じていた。月夜やブラックが一緒にいるためなのだろうか。普段ならきっと、何か音がしたような気がする、で留めていたであろうその音が、危険なものであると直感が告げてくる。
月夜は悠には何も言わない。その代わり、ハーヴェイとしてやおら口を開いた。
「おい」
その声に、オリヴィアもジェイコブも何か気取ったらしい。ハッとしたように息を呑み、
先に声を放ったのは、大男のジェイコブだ。
「おいおいおい、マジか。元気な熊さんじゃあねえか」
「熊さんとか間の抜けた言い方しないでちょうだい。それと、熊は三つ目じゃないわよ」
オリヴィアはその、茂みの影から突然に現れた一頭の熊を睨め付けていた。
岩のように頑強そうな黒黒とした体毛の熊である。大きさで言えば、通常の熊より一回りある程度。鋭い鉤爪に、剥き出しの長い牙。そして何よりも、その頭部にはぎょろぎょろと不揃いな三つの眼が備わっていた。
ハーヴェイやオリヴィアたちの後方で、同じくオルグレンへの帰路にあった冒険者たちもまた、口々に声を上げる。
「魔獣だと……?なんでこんな時間に彷徨いてるんだ!?」「え、あれが魔獣?俺初めて見た……」「この人数でなんとかなるのか!?」
行きは遭遇せずに済んだというのに。オリヴィアは思わず、顔を引き攣らせて言葉を落とす。
「なんか出現頻度上がってない?」
「お前さんたち、すでに何回目なんだっけ?」
と訊ねているが、ジェイコブもすでにオリヴィアから話は聞いている。それでも、問いたくなったのだ。
「ベアード商団の時からジェイコブたちの救出までも含めたら……四回目よ。ちなみに、
「おうおう。たったの
「代わる?私はそれでも結構よ」
「冗談はヨシ子さんだ。やなこったい」
そう言い放つと、ジェイコブは長槍をつがえてその熊型の魔獣へ突進して行く。
その後方でハーヴェイも大剣を引き抜き、数回振って腕の調子を確認する。蟲の毒を被って火傷した箇所の突っ張り感が否めないが――それ以前に、悠は青褪めて声を上げた。
(あ、あの。月夜さん、大丈夫なんですか?)
これは戦闘行為だ。紫苑の言っていることが正しければ、蓮以外にその経験はない。いつもの、何とかなるさで、何とかなるものではない。
だと言うのに。やはりと言うべきか、月夜は呑気な言葉を返す。
(んー?何とかなるんじゃない?)
(ちょっ……!月夜さん!?)
だがそれ以上、月夜は何も返さない。ハーヴェイは軽くジャンプして足の調子も認めると、おもむろに一歩踏み出し――そのまま魔獣の元へと一直線に走り抜けて行った。
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