088-R_友人(4)
ファストフード店の一角。
蓮は派手な二人組に囲まれて座っていた。銀髪赤メッシュにピアスだらけの大男に、ストロベリーピンクのロリータ女。その中でユニ◯ロのパーカーTシャツにワイドパンツスタイルという……よくある格好のはずなのに、その一角では蓮の方が少数派である。
突然に美琴が話を切り出す。
「五十嵐くん……じゃないや。レンレンは髪染めないのー?」
「れ……?」
まるでパンダのような呼び名に、蓮は顔を顰める。というかこの女にしろ、順応性が高過ぎる。普通、急に知り合いの性格が変わればもっと抵抗あるものだろうに。
ノートパソコンのキーボードを叩いていた淳一郎は手を止めると、
「確かに、だいぶ色落ちてもうたな」
この話、まだ続けるつもりらしい。髪型や髪色なぞに全く興味のない蓮からすれば余計なお世話この上ない。つい、と顔を背けてぶっきらぼうに言い返した。
「面倒くせえからいーんだよ。そういうのは、あいつが戻って来てからでいい」
あいつ、とは悠のことである。どれくらいで中と疎通が取れるのか不明だが……。髪型に関しては悠にお任せ、と言いつつも、本当は美容室などに行くのが耐えられないというのが本音である。利用方法がさっぱりわからないし、赤の他人にベタベタ頭を触られるだなんて我慢ならない。殴りかからないなんていう約束ができない。
美琴はむうっと少しだけ不服そうに唇を尖らせる。
「ホントに五十嵐くん、今いないんだあ。久しぶりにお話したかったのになあ。そしたらこの新作褒めてもらうんだあ」
「……」
中での悠の個室は本ばかりだったので、洋服で盛り上がる彼の姿がちっとも思いつかない。蓮は何とも言えず、ただ沈黙した。ついて行けない。
すると淳一郎がこほん、と咳払いをして、話を切り替えた。
「……で、話は戻すけど。とゆーか、話始まってすらいないんやけど、この通り五十嵐は大学生活送れる状態やない。教養科目の一部なら俺も同じ講義やけど、同じ専攻の人間のがサポートしやすいからな」
言い終えると、ノートパソコンを蓮と美琴へ向ける。ずらっと時間割やら各曜日の講義一覧やらが表示されている。
「で、履修登録の内容をまず相談したいんやけど。ええか、飛鳥井?」
「もちのろんろんだよー。あんまり小テストないやつのほーがいいよね。レポートなら手伝えるけど、小テストは手出しできないし」
と美琴もスマートフォンをタップして何かを調べ始める。
「あと心配なんは、体育みたいな実技系や」
「あー、ゼミ形式のヤツで必須科目のヤツとか、英語やドイツ語の必須科目の小テストも逃げられないし……そこは……がんばってちょ、レンレン?」
と美琴に言われたものの、既に何を言っているのか、わからない。
日本語なのかすらもわからない。蓮は何も言えず、暗号文のようなパソコン画面を見た。意地を張らず、休学すべきだったか。いつ中と疎通が取れるかもわからない今、判断しきれない。
ピロン
蓮はその、スマートフォンの通知音に意識を留めた。バイブレーションで自分のスマートフォンだとはすぐに気が付いた。尻のポケットからスマートフォンを取り出し、蓮はチャットアプリを起動させ――見たこともない相手からの連絡に眉を顰めた。
――なんだ?
アカウント名は、たった一文字で「W」。手書きの鳥の絵のアカウント画像だ。背景は黒。
「……なあ」
蓮は低く、声を鳴らす。
その声に、ノートパソコンを見ていた淳一郎や、スマートフォンを操作していた美琴が顔を上げる。蓮は自分のスマートフォンを睨め付けながら、言葉を続く。
「こいつ……悠の連絡先知ってるのって何人いるんだ?」
「けっこうおると思うけど……五十嵐は部活もサークルもしとるし、グループチャットにも入っとるから」
と淳一郎が怪訝な面持ちで答える。SNSとやらは何とも面倒なことか。何人ものの人間といとも簡単に連絡が取れるなど。クロレンスは郵便制度すら整備されておらず、蓮にはまったく想像できない世界だ。
蓮は頭を押さえながら、問いを続く。
「アルファベット一文字なんて巫山戯たアカウント名にしてる奴に覚えは?」
「俺はないなあ。飛鳥井は?」
「ボクもないよ……というかあんまり、ないよね?」
「そうか」
どちらにせよ、今この状況では誰が送ったか判断できない、ということだ。直接この目で見て、確かめてみなければ。
不機嫌面な蓮を見て、淳一郎が首を傾げる。
「どうかしたんか?」
「いや、何でもない。りしゅーとーろく、てヤツ。さっさと片付けたい。俺じゃよくわかんねえから、必要最低限、何をすべきか教えてくんねえか?」
「お、おう……どうしたんや急に」
「巫山戯た奴を見つけ出して一発殴る。そのためにこーぎてやらも出るし、サークルもバイトも顔を出す」
蓮の意志の固い眼差しを見て、淳一郎も美琴もごくりと固唾を呑む。それは爛々と燃える、獣の目だ。
――こいつらも、容疑者だ。
通知のあった時、二人とも何かしらの端末を触っていた。ちょうど蓮の集中の途切れていたし、二人とも定期的にチャットを確認していたので、いつでも蓮に宛ててメッセージを送り付けられる。
困惑顔で、淳一郎が言葉を投げかける。
「で、でも。現実問題、できそうか?せめてサークルは止めといた方がええんとちゃう?」
「やってみねえとわからねーよ」
幾つか成績を落とすのは致し方のないこと。悠には悪いが――
――
退院したあの日下宿先に届いた一通の手紙、再び蒼の地元で目を覚ました時の新幹線のチケット。だがまさか、
――
そして決して、彼には手出しさせない。蓮は強く拳を握りしめる。
またスマートフォンが通知音を鳴らした。チカチカと、何回も通知を受け取って、吹き出しが上へ流れていく。それは尾の長い鳥のアイコンでWのアカウント名のチャットルームだ。そしてその一番下に、一文が表示された。
君に、わたしは捕まえられるかな?
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