087-R_友人(3)


 日本の空気は、秋であろうとクロレンスに比べればじっとりとしていて重たい。大学の最寄り駅から松葉杖をついて出て、蓮は白さを増した青空を見上げた。

「おーい、蓮。なにボサッとしてんねん」

 

 喧しい男の声に、蓮は沈黙する。

 振り返れば、白銀に赤いメッシュという派手な男が立っている。今日は真っ赤なパーカーに迷彩柄のズボン。嫌でも目立つ。しかも背も高いので、さらに目立つ。

 

 蓮は顔を歪めて言葉を押し鳴らす。

「……お前、その目がチカチカする格好なんとかならねえのかよ」

 

 日本の、というかこの時代の染料はやけにはっきりと色を出すらしい。クロレンスのくすんだ色に慣れていた蓮からすると、どこもかしこもギラギラとして見える。最後に日本を彷徨いたときは、ほとんど病院だったので……気が付かなかった。

 

 淳一郎は目を真ん丸にして、間延びした声を上げる。

「えええ、格好ええやん」

「こっちのセンスはよくわからねえが……見てるだけで目が痛え」

「あははは、ズバッと言うねえ。やけど、蓮もじゅーぶん、注目されとるで?久しぶりのマドンナや、て」

 

 大学近くの駅である所為だろうか。周囲は学生ばかりなのだが、チラチラとこちらを見て通り過ぎて行く。

 似たような視線はオルグレンでも経験があるので、彼らがどうしてじろじろた見てくるのかは察せられた。オリヴィアと並んで立っていると、見物に来る冒険者がいたので。

 オリヴィアやハーヴェイの西洋的な顔に見慣れている蓮からすればのっぺり顔の、何処が美人なのかさっぱりわからないのだが、あおいは東洋美人の部類に入るらしい。――ハーヴェイがひと睨みすればそういう輩は逃げて行ったが、あおいでそれをやるのはさすがに止しておく。悠に怒られてしまう。

 

 だが蓮は表情を隠すということを知らない。思いっきり顰め面をして、舌打ちをした。

「……チッ。見せもんじゃねえ」

「あ、警察沙汰だけは止めてな。蓮、なんだかすぐに殴りそうだから心配や」

 

 似たような釘を、中でもなんだも刺された記憶がある。主に紫苑だが。日本の法律とやらはかなり厳しいらしいので、蓮は青筋を立て、歯噛みしながらも堪える。

 

「…………で、その今日会うって奴はどこで落ちあうんだよ」

 

 大学の生活のサポートを、悠の名を知る二人目に任せる、という方針のもと講義の時間よりうんと早めに大学近くへ出たのだ。

 淳一郎はスマートフォンを操作して、チャットを確認すると、駅の出口からまっすぐ進んだ先へ視線を向ける。

 

「少し歩いた先の、ファストフード店や」

「ふぁす……?」

 

 日本人は何故、ちょいちょいカタカタを混ぜて来るのか。蓮は苛立ちをひたすらに我慢しながら、淳一郎の後ろをついて行く。悔しいが、蓮ひとりでは生活もまとまに出来ない。

 昨日からは狭い淳一郎の部屋を間借りして、簡単な家電の使い方などを少しずつ覚えている最中なのだが……さっぱりわからない。講義で使用するパソコンなるものが一番、わからない。

 

「お、ここや」

 

 淳一郎の立ち止まった場所を見上げて、蓮は眉を顰める。店の名前が……読めない。確かあのうちょっとしたのがMで……みたいなレベルの知識なのだ。

 

 ――てか、酷え臭い……。

 

 濃い油の臭い。クロレンスも十分に臭いが、これは別種の臭さだ。レジ前に並ぶと淳一郎はのんびりと、

珈琲コーヒーでええか?それともなんかジュースにするか?」

「……どっちもよくわかんねえ」

 

 とりあえずメニュー表を見て、頭の中で確かあれはどの硬貨を使うんだったかと計算していた。すると、淳一郎が「あ」と声を上げて言葉を続ける。

「それともお子様ミルクにしとくか?」

「一発殴ってもいいか?」

冗談ジョークや、冗談ジョーク!真に受けんといて!」

 

 すると、パシャリとカメラのシャッター音が背後から鳴らされた。

「五十嵐くんの痴話喧嘩現場、確保お」


 その女の声に、蓮ははた、と動きを止めた。すぐ横を見れば、いつの間にか女学生の姿。小柄で、いわゆる可愛い系の女子である。

 

 ツインテールにされた豊かな髪はストロベリーピンクに染められており、その髪はさらにはコテで巻いたような緩やかなウェーブがかかっていて元の様子をまったくさとらせない。ぱっちりとした目は黒目がちなので、おそらくは元は黒髪なのであろう。

 古典的クラシカルな濃茶のワンピースに白いフリル付きのブラウス……なのだが、蓮にはそれが一種のロリータスタイルなのだとは分からない。ただの無駄にゴテゴテとレースの派手な格好の女にしか見えない。

 

 ――悠……お前、マジで、何なの?

 交友関係が想像以上に謎である。さらに言えば、彼らも国立大の学生である。私大ではない。此処まで派手な面子は国立大に少ない……と蓮は知らない。

 

 ふと淳一郎はその女へ視線を向けると、

「おー、飛鳥井あすかいもちょうど来たんか。ちなみに痴話喧嘩言うなや。付き合ってらん。というかそっち系の服なんか」

「ふ、ふ、ふ。カワイイっしょ。こないだ完成させたんだあ」

 と言ってくるくると回って見せるゆるふわ女子。


 蓮はついて行けず、眉間の皺を増やす。

「……おい、ジュンイチロー。こいつがもしかしてもう一人か?」

「おお、ホントに五十嵐くんじゃない!」

 

 ずいっと寄られ、蓮は思わず淳一郎の背後に隠れる。癪だが、隠れられる場所が此処にしかなかったのだ。警戒心丸出しで身構えていると、その女はにんまりと嗤って、

「野良猫ちゃんみたいなコだねえ。これはこれでカワイイ」

「飛鳥井、蓮が怯えてるで……」

 淳一郎が頭を抱える。蓮は背の高い淳一郎を壁に見立てて出てこない。

 

「およ。蓮くんって言うんだあ。蓮くん。ボクは飛鳥井あすかい美琴みことって言うんだ。ヨロシクー」

「……おい、マジでこいつを頼るのか?」

 蓮は淳一郎を見上げる。その顔はいっそう険しくなり、美人が台無しである。

「言ったやろ……変人やって」

 

 悠の知り合いは奇人変人しかいないのか。自分もあまり他人ひとのことを言えたクチではないが……蓮は隠すことなく舌打ちをする。

 

 すると気分を害するところか、頬を紅潮させ、美琴は興奮気味に言う。

「五十嵐くんが態度悪いって新鮮だあ。動画撮ってもいーい?」

 

 何を言っているんだ、どんな思考回路をしているんだ。蓮はゾワッとしてまた淳一郎の背後に隠れる。

 

 淳一郎は深く嘆息して、冷静にツッコんだ。

「ダメに決まっとるやろが。とにかく、何処か席取るで。完全に浮いとる、俺ら」

 店員を含め、他の客たちがぽかんとして見物していた。

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