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081-d_想起(1)


 それは、往来も凪いだ夜更けのこと。

 

 ほう、ほう、と遠く彼方で鳥の哭く声が響き、さわさわと冷たさと生温さを織り交ぜた風が吹き渡っていた。星と満月の瞬く夜空の上を厚い鈍色にびいろの雲が流れて覆い、さあさあと静かに霧のような雨が降り注ぎ始めた。

 

 そんな霧雨の中。人気ひとけのない路地裏で、彼らは対峙していた。屋根のない場所に立つふたりはともに頭からぐっしょりと濡れてしまっている。

 不意に、そのうちの一人が仰々しく肩を竦めて声を鳴らして口火を切った。

「で、なんの用事よう?」

 

 霧雨で視界が悪いゆえにその表情ははっきりと見せていないが、ふっと口端を持ち上げて、余裕を感じさせる笑みを浮かべていることだけは察せられる。そんな彼に向き合っていたもまた、ふふ、と笑って、

ですね」

 

 いったい彼らはなんの為に集まっているのか。周囲に

は他の人間はおらず、ゆえにそのただならぬ雰囲気に誰一人息を呑むことはない。

 

「で。わざわざ挨拶をするために、こんな真夜中に安眠から叩き起こしてくれたのか?お優しいことだ。涙で前が霞むね」

「まあ、滅多に会えないですからね。それもあります。でも、それだけでいちいち私も山道で馬を飛ばしたりしませんよ」

「途中から馬車に乗り継いで、優雅にしてたヤツの台詞じゃあないね」

「馬で駆けつけたら、他の者たちに何事かと思われてしまうでしょう?」

 

 互いに嫌味ったらしい物言いをして、きっと第三者がいれば気不味くて逃げ出したくなることだろう。両者とも上辺だけで嗤いあい、見えない火花が散っている――彼はふと、嗤うのを止めて再び問うた。

「で、本題は何?」

「怪しまれるような行動は気を付けろ、と言ったと思うのですが?」

 

 その指摘に、彼は思い当たる節があったらしい。なるほどね、と呟きさらに言葉を続く。

「あの子に変に思われたかな」

、うまく立ち回れただろうに」

「それはわたしじゃあないよ。だから、わたしに言うのはお門違いさ」

「でも、あえて傍観していたでしょう?」 

 そうだね、と彼は嗤った。そんな彼に、もうひとりの彼は怪訝な声でもって言葉を加える。

「なぜ、わざわざそんなことを?」

 

「もう限界だよ。そのうちきっと、本当のことをも知ることになる」

 

 その言葉に、彼は何も返せないでいた。そんな彼に、彼は構うこと無く、薄雲の向こうに除く白銀の星を仰ぎ見て、言葉を落とした。

「そして――は、早く終わらせなければ。夢はいつか、覚めるものなのだから」

 

 そう言って彼が背を向けた時。

 

 厚い雲が流れて遠退いていき、雨で白んだ視界が開けた。その東の空のふちには、目映く輝く陽の光が顔を覗かせ始めて――ぴちゃん、と落ちる雫が柔らかな黎明の光を弾いてきらきらと輝いている。

 

 もう其処には誰の姿もなく、穏やかな風で水面を揺らす水たまりだけが残されていた。

 

 

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