077-R+d_再会(3)
蓮のその一言で、その場にいた冒険者たちは口を噤んだ。和気あいあいと団欒している場合ではない。この蟲の巣窟から脱出する。それが何よりも急がれるべきことだ。
初めに声を上げたのは、ジェイコブだ。
「まず、あのカマキリもどきだな」
長いこと水と蟲だけで腹を満たしていただけでなく、日差しを浴びていないことや時間感覚が喪失していることなどによることから生じる不調で顔色が酷く悪い。本人にその自覚はないらしく、呑気にフケやノミだらけの髪を掻き、言葉を続ける。
「あいつ、道がある先には必ずいやがるんだ」
この空間には三箇所、外へ繋がる道がある。そのひとつは行き止まりなので、正確にはふたつ。ジェイコブとコリンが駆け込んだ狭い急坂の道と、ハーヴェイとオリヴィアが飛び込んだ細長い道である。
蓮には逃げ込んできたときの記憶も情報もないので、何とも言えぬが、どちらの道を通ってもあの鎌を携えた蟲――カマキリもどき、とジェイコブたちは表現するものの、鎌を持った大百足と言っても差し支えのない、何本も足を持つ巨大な生き物――が待ち受けているということらしい。
――まあ、何かがいるのはわかってるが。
目が醒めた時から、異様な音に蓮は心付いていた。
ハーヴェイの五感は鋭いが、ずっとこの軀で生活してきた蓮はその五感の捉えた情報を的確に処理しえるだけの経験がある。
その音からその数や大きさ、歩いているのか飛んでいるのか。蓮はそれらを即座に判ずることができ、今ふたつの道の向こうに自分よりうんと大きな何ぎ歩いて徘徊していることを解していた。
つい、と自分に入ってきた道を一瞥して、今度はオリヴィアが言葉を鳴らす。
「むしろ此処がそのカマキリもどきの巣のど真ん中だった、ということなのかもしれないわね」
あれに巣という概念があるのかは定かでないが。というより、この地下道自体が何かの巣である、と考えたほうがよいだろう。それが蟲なのか獣なのか。それはわからないけれども、少なくとも人間ではなかろう。(たぶん)。
ふと、壁に寄りかかっていたコリンが少しだけこちらへ体を傾けて尋ねた。
「そう言えば君たちはどうやって此処へ?」
「急に地面に引きずり込まれたのよ。それで気がつけば地下。よくわかんない翅付きの蟲の群れに追い回されたと思ったらあのカマキリもどきに追いかけられて此処よ。散々な目にあったわ」
その散々な目、というのにハーヴェイの不調も含まれているのだが、そんなことを蓮は知らないし、ジェイコブもコリンもわからない。ただ言えることは、ジェイコブの言葉を借りると、
「悲しいくらいに同じじゃねえか」
ということである。
コリンはふむ、と顎に手をやって考え込むような素振りをする。
「まさか手を組んでいる生き物……なんてことは考えたくはないが……」
「ハハハ、引きずり込む担当、追い回し担当、殺す担当に役割分担して、最後は皆でむしゃむしゃ美味しく!なんてこたあないだろう」
ジェイコブの
蓮やオリヴィア、コリンが半眼になって沈黙しているのに気不味くなったのか、ジェイコブは乾いた嗤いを溢す。
「あ、今のナシ」
「その笑えない説だと、引きずり込んだヤツもいると思うんだけど……」
とぼそり、とオリヴィア。
それは確かに、笑えない。即ち、まだ見ていない敵がいるかもしれぬのだから。蓮は腕を組んで壁に寄り掛かり、素っ気なく言い放つ。
「とにかく、連動して動いてくる可能性も視野に入れろ、てことだろ」
「うげ、マジかあ」
とジェイコブが顔を引き攣らせる。ある意味、この大男がひとりでカマキリもどきへ立ち向かわなかったのは正解だったのかもしれない。いるかもわからない不明な敵にまで遭遇してしまうと、対処しきれない。どんな人間でも、やれることには限度がある。魔法みたいなお便利ツールがないのだから。
ううむ、と思い悩む表情をしながら、オリヴィアはジェイコブやコリンに問掛ける。
「あとは何か……あったかしら?」
あのカマキリもどきを相手したとして、出口が見つからなければ意味がない。何かあっただろうか、とジェイコブとコリンは顔を見合わせたが、やにわにジェイコブが「あ」と声を上げた。
「そうだ。外の匂いがしたぜ」
「外のって……何の匂いかしら?」
「花や草の匂いと、あと猪の」
「猪だけ具体的ね」
「腹減ってたんだよ」
ああなるほど、とオリヴィアは呆れたように沈黙する。ジェイコブらしすぎて言葉も出ない。
つまり、ジェイコブとコリンの来た方角へ向かえば出口に到達できるかもしれない、ということだ。蓮は嘆息し、言葉を継いだ。
「お前らの来た方角へ向かうとして、役割は単純に割り振るしかねえ。たいした道具も持ってねえからな」
「まあ、重症のふたりがメインで戦えるはずないから、ジェイコブがコリンの護衛、私とハーヴェイがカマキリもどきの相手、てことよね」
とオリヴィア。
元々非戦闘員のコリンは逃げること優先だが、それはジェイコブも変わらない。根っからの戦士である彼からすれば不本意この上ないであろうが、第三者からみればとても戦える状態でない。防衛に徹して、とにかく脱出することに集中すべきである。
ジェイコブはとてつもなく不服そうに顔を顰め、蓮やオリヴィアへ視線を向けるも、
「反論は受け付けない」
と一言で若者ふたりに突っぱねられた。
致し方のないことだが、それでもただ引き下がるのは年長者として許せないらしい。ジェイコブはむむ、と口をへの字にすると、せめてとばかりに声を上げた。
「もしあの飛ぶ群れが来たら、そっちは俺たちに任しちゃくれねえか?」
蓮は思いっきり眉根を寄せて、何言ってるんだこいつ、という表情をして見せる。ぎろりと光るその眼は今にも噛み付きそうな勢いがある。
それでもジェイコブは引き下がらず、
「全部丸投げってのも年長者としては許せねえわけよ。まああいつらは音に引かれるから、逃げながらでも何とかなるさ」
蟲の初耳な特性に、蓮は何とも言い返せない。窓に映っていたので、翅のある蟲の大群は知っているものの、無音で見ていた蓮に弱点なぞ資料もない。
蓮が言葉を失っていると、オリヴィアが横から言葉を鳴らした。
「それくらいなら、いいんじゃないかしら。ねえ、ハーヴェイ?」
知るか。同意を求めるな。と吐き捨てたい衝動に駆られるも、蓮はその言葉を喉の奥へ引っ込める。しばしの沈黙の後、蓮は頭を掻きむしって、言い捨てた。
「勝手にしろ。うっかり死んでも助けに行く余裕なかったら捨てるからな」
「うひょう。相変わらず冷てえ。涙が出ちまう」
おいおいと、大男はわざとらしく嘘泣きをする。ジェイコブはわかっての
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