075-[MID]Y/[IN]R_再会(1)


 僕は、何処にいるのだろうか。僕は、この世界に存在しているのだろうか。

 

 やにわに、悠は目を醒ました。

 

 まだ微睡んでいるような、そんな感覚。すべてが薄ぼんやりとして定まらない。

 

「おはよう、誰でもないあなた」

 誰かがそう、話しかけた。

 

 悠はぼんやりとしたまま、周囲を見渡すも、其処は真暗で誰の姿も捉えられない。頭の芯が痺れたみたいに思考が働かない。体は気怠くて、瞬きすらもおっくうだ。

 

 それでも、悠は言葉を返した。

「ぼくは――ここにいるよ。ぼくは、ゆう、だよ」

 

 思うように声が鳴らなくて、たどたどしくなる。言葉にしても、その言葉が自分の中で響かなくて、自分が何を話しているのか、わからなくなる。

 

 姿の見えないその人はせせら笑うと、

「本当に?誰がそう、証明してくれるの?日本やクロレンスの人たち?中の住人たち?」

 

 悠は言い淀んだ。

 それはずっと、ずっと心の内で疑問に思っていたものである。

 體を持って外の人たちと接すれば、外の人たちは、彼らの知る「誰か」を求める。それが自分であろうと、そうでなかろうと、きっと「それらしい」のであれば十分なのだ。

 

 では、中の住人たちは?

 

 悠はぼんやりと、蓮へ言葉を吐きつけたことを、今さらに思い起こす――何故だろう。ずっと、長い間ずっと忘れていたような気がする。

 

 彼はきっと求めている。彼の知る、かつての「誰か」を。本当の顔も名前もない、その「誰か」を守ろうと必死になっている。

 

 ――止めてよ。

 ――もう、止めてよ。

 

 悠はそう、叫んだ。誰か自分を見つけて。それは自分じゃない。自分じゃないんだ。

 

 でも。

 

 じゃあ、自分って――何?

 

 答えられない。

 答えられない。

 

 自分ですら証明できないのに、どうして自分が、今の自分が此処にいると言えるのだろうか。もしかすれば、今存在していると思っている自分はいないのかもしれない。だから、誰も見てくれないのかもしれない。

 

 じゃあ、どうして思い悩む今の自分がいるの?

 

 これが夢ならば、覚めてほしい。存在する誰かの元へ、戻してほしい。独りは恐ろしい。誰にも見つけられないのは、「名前」がないことは、恐ろしい。

 

 悠は眼を閉じ、耳を塞いだ。

「ぼくは、だれ?ぼくはだれなの」

 

 ひたすらに問う。答えのない問いを繰り返して繰り返して、心の安寧を乞い求める。

 

「誰でもあって、誰でもないのよ。わたしたちは、そういう存在なのよ。何処までも自由で、何にも縛られない。とても素晴らしいことだわ」

「そんなの、いやだ。こわい。ぼくは、ぼくになりたい」

 足がすくむようなそんな感覚に、悠はおのれを抱いた。誰にも見つけてもらえない孤独感にぶるぶると震えた。

 

「何も恐ろしいことはないわ」

「どうして?どうして、そんなことがいえるの」

「だって」

 その顔の見えない誰かは嗤った。

「存在しないものに、恐怖なんてあるはずがないでしょう?ゼロには何を掛けたって、ゼロだもの」


 ――僕は、誰なんだ。




            ✙

 



「クソ!返事しろよ!」

 ダンッと蓮の拳が窓を叩いた。

 それは本来、クロレンスへ通ずるはずの窓である。だのに、その窓は蓮を通さない。

 

 ――くそ、外の景色も見えなくなっちまった。

 

 少し前まで、窓は外の景色を映していた。だが、鎌を持つ大きな蟲が出現した直後、何も視えなくなった。

 ――あいつは無事なのか?

 他の住人たちは自室にいることを確認できた。だが、矢張り悠だけは何処を探しても見付けられなかった。即ち、今ハーヴェイとして活動しているのが、悠である可能性が高い。

 ――あいつは戦えないのに。

 否。蓮以外は剣を操れない。どんなに素晴らしいハードウェアでも、それを操るだけのソフトウェアがなければ何の意味もない。戦闘経験を積んでいるのは蓮だけ。ゆえに、正しく敵を無力化できるのも蓮だけなのだ。

 

 もし、大怪我で苦しんでいたら。

 もし、殺されていたら。

 

 そう考えるだけで、蓮の気はぐ。不安に掻き立てられ、蓮は何度も窓を叩き、呼び掛けた。

「悠!返事しろ、悠!」

 ダンッ!

 手が赤く滲む。中では血も通っていないのに、不思議なことだ。――蓮は悠のことで頭がいっぱいで、おのれの体調が悪いことを一時的に忘れていた。

 治ったわけではない。

 少しでも気を抜けば、嘔吐感と倦怠感で倒れそうになる。高熱で、意識が持っていかれそうになる。

 

「返事し――……」

 蓮は息を呑んだ。

 

 突然に、手が窓をすり抜けたのだ。そのことには、後ろでおろおろとしていた陽茉も驚いたらしい。「え?」と後ろで幼い少女の声が聞こえた。

 だが蓮は、陽茉に声を掛ける余裕もなかった。

 ただすり抜けたのではない。のだ。蓮はその手を掴むに目を見開いた。

「お前……!」

 その黄金こがね色は徐々に憎しみの激しい様相を付す。獣のごとく顔を険しくし、その手を掴む人影を睨めつける。

「てめえがなんでここにいる!」

 

 その人影はにっと嗤った。そして蓮にしか聞こえない声で、言葉を鳴らす。

「あなたには、見つけられるかしら?」

 

 どういう意味だ。蓮はそう問い返そうとするも、その影はふつりと掻き消される。それと同時に、見えない力で蓮は外へた。

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