058-out_蟲害(4)


 オールトン山脈沿いの虫害調査を初めて数日。冒険者ジェイコブとコリンは、穀倉地帯中央に位置するドナ村へ辿り着いていた。

 

 その日は曇天で、少し小雨も降っていた。ジェイコブとコリンは街道を抜けてすぐ眼の前のその景色を見て、唖然とした。

 

「うへえ。ここが一番、ひでえな」

 ジェイコブは頭を掻いた。

 

 彼らは山脈に沿って、すでに複数の村を回っていた。いずれも悲惨なもので、焼き払った土地は蟲に飲み込まれ、死の臭いで覆い尽くされていた。

 だがこの村はどの村より、その死の臭いが濃く、生気というものが一切無い。

 

 どの村においても、不自然に生かされた区画があった。通常通りに草木の生い茂り、鳥が舞い、獣が駆け回っている区画だ。

 だが山脈を境界に、そんな生かされた区画がない。家屋をも巻き込んで、一面平らな蟲の海だ。

 

 否。ひとつだけ、平らでないものがある。村の中央にその身をもたげた大樹がある。何故、その形が保てているのかはさっばりわからないが、ギリギリを保って聳え立っている、腐りかけの大木だ。

 

 やおらコリンはその大樹の方へ歩き始める。

「ここより西側では、まだ人が生活していると聞いたので……中央付近が一番酷いのかもねえ」

 

 もはや見慣れてしまったのか、この腐海を見てものんびりとした声を鳴らしている。踏みしめる都度に、ブチブチと蟲が潰れる音が鳴らされ、靴越しにその感触が感じられて気色悪い。

 

 大樹の前へようやく辿り着くと、コリンはその木に触れてみる。

「表面もぐずぐずだなあ。よく、立っていられる」

「まさに蟲の成る木だな」

 とジェイコブも言葉を添える。

 

 幹や伸ばされた枝にも蟲が這い、木肌は白色はくしょくをして、異臭を放っている。

 コリンは荷物から短剣を取り出し、何と無しにその木の根元を掘り返してみている。

「矢張り、此処も深くまでいるね」

 掘り返しても掘り返しても、蟲は湧く。他の村で人間のすっぽり埋まるくらいまで掘り返したが、蟲は何処までも湧いた。

 

 ジェイコブもコリンの横へ並んで屈み、顎に手をやる。

「いったい何処から湧いて出てやがんだ?此処まで行くと、土が蟲になったみたいで気色わりいなあ。まさか土が化けたとか言わんよな?」

「いいや、生き物だ」

 きっぱりと言い返すコリンに、ジェイコブは眉を顰める。

「生き物お?これが?」

 確かに生きているようには見えるが、表現するならば化け物だろう。

「試してみたんだけど、ちょっと頑丈なだけの生き物だよ。殺そうと思えば殺せる」

「試す……ああ、火に焚べたり薬品ぶち込んだりしてたたな」

 

 この不可解な蟲を殺す方法はとうに見つけていた。

 まずひとつが、完全に密封した、逃げられない空間で燃やすこと。長時間、無酸素状態な高熱空間だとさすがに死ぬらしい。

 次に、殺虫やく。これもよくある殺虫薬をかなり強めにし、その中に浸しておけば数日で死んだ。

 それ以外にも水に長時間沈めるだとか色々とあるが――いずれも通常より強めに、そして長めにすれば、死んだ。これは生き物なのだ。化け物ではない。

 

 しかし、ひとつ問題がある。 

 で、どうやって殺すのだ?という問題だ。

 

 それは小瓶の中の一匹を殺す方法だ。あの農地や木々一帯に纏わりつく蟲どもを確実に、そして効率よく葬るにはどうすればよいか。それも、住民たちや土地に被害が出ぬようにせねばならない、という条件付きで。

  

 地表にいるだけならば、表面をすくって集めて一箇所に集め手何処かに閉じ込めればなんとかなるかもしれかい。

 だが、奴らは地中深くから湧いて来る。深く掘っては見たものの、行けども行けどもその蟲は湧き、いったい何処まで深くに住み着いているのか、いったい何処から奴らが来きているのか未だにわからない。――これは今も探り続けているが――そんな状態で一箇所に集めて作戦は現実的でない。

 

 一帯を燃やし続ける?

 無論、それも無理だ。地表近くのものならばいつかは死に至るかもしれぬが、深く地中に潜っているものまでそうなる保証はない。穀倉地帯全域を焼け野原にして、蟲が生きていましたなど、お笑いにもならない。

 地中深くまで薬品を染み込ませる?

 こちらも、燃やすのと同じ理由があるが、別の意味でも却下だ。蟲が一掃できても、土まで毒で犯してしまう。さすがに、土地自体を死滅させては問題がある。

 

 コリンは疲れた目を手で覆い、上を向いて言葉を落とす。

「まあ、まず。あの蟲が何処から来たのかを調べないと……何とも言えないんだけどね……」

「何処からって……こいつらが何処かに集まってるとでも言いてえのか?」

 再び下を向くと、コリンは土の上で蠢く蟲を一匹指でつまみ上げ、言葉を続く。

「いいや。別に集まってなくても良い。けど生き物なら、何も無い場所から湧いたりはしないよ。つまりは何処かで生まれ、此処へ辿り着いたはずなんだ。その現在進行形でこの蟲が生まれている場所をつきとめないと」

 その場所は一箇所でなくてもいい。つまりは、その生まれる条件を突き止め、根絶やしにせねばならない。

 コリンの言うことに納得したのか、ジェイコブは「ふむ」と独り言ち言葉を続ける。

「しかし。生まれる生まれない以前に、こいつら何食って生きてんだ?こんなに湧いちゃ、食いもんもねえだろ」 

「それが不思議なんだ。これらの主食は草木でも鳥獣の死骸でもないのか……土の栄養?いや、それもこんなに湧いては難しい……」

 実は想定外より生まれてしまったという間抜けで、放っておけば死滅する、というオチならよいのだが。

 

 パキ……

 

 突然の地面の軋むような音に、ふたりは動きを止め、ジェイコブは眉を顰める。

「なんだ……?」

 そしてその瞬間。

 轟音が鳴り響き、ジェイコブとコリンを。――その日、ふたりの消息はふつりと途絶えて消えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る