049-out_蟲害(2)


 四月一日の朝。

 冒険者ジェイコブ・ハーバーは同僚のコリン・テイラーとともに、食堂の一角で、残りの同僚たちを待っていた。

 

 ここはオルグレン。冒険者北方第二支部のある、クロレンス屈指の商業都市である。

 

 ジェイコブはその熊のように大きな肉体を酒場の狭い座席に押し込めて、麦酒の入った杯を仰いでいた。テーブルには山盛りの鳥の丸焼きやスープ、パンなどが広げ、朝食とは思えぬ量をむしゃむしゃと平らげていた。

「コリン、お前さんは食わんのかい」

「はは、無理に決まっているよ。君のような脳味噌まで筋肉なのと一緒にしないでほしいなあ」

 のんびりして聞こえる間延びした声で、さらりと辛辣な物言いをするコリン。栗色の髪を大雑把に短く整えた、そばかす顔に翡翠色の目の男である。年齢は二十八と、ちょうどジェイコブの二十も下の小僧である。その目元の隈の所為か幾分老け込んで見えるが。

 

 筋骨隆々で大柄なジェイコブとは異なり、同僚とは思えぬほどにコリンは小柄で細身。それもそうで、彼は戦士ではなく薬師である。薬の材料を採取する際に時おり弓を扱うため、弓の腕前は人並み程度にはあるものの、それ以外の戦闘技術は点でからっきしである。

 そんなひょろひょろの同僚の背をバシバシ叩いて、ジェイコブは嗤う。

「相変わらずズケズケ言うねえ!でもこのあとお子サマたちと挨拶したら出発なんだぞ。しっかり食っとけ食っとけ」

 

「誰が、お子様よ」

 背後から鳴らされたのは、凛とした少女の声だ。

 

 振り返れば、待ち人二人の姿が其処にある。声主である方で切りそろえた炎髪の目の惹く少女オリヴィアと、その傍らにもうひとり。ジェイコブにとってはパーティーの隊長の次に古株で付き合いの長い、小麦色の肌に黒髪金眼の少年ハーヴェイである。

「おお!やあっと来たかふたりとも!ほれ、座れ座れ!」

 ガハハハッと嗤いながら、ジェイコブは正面の席をふたりに勧める。オリヴィアはさっさと座ったものの、ハーヴェイはとぼとぼと歩き、ようやく座る。想像はしていたが、寝惚け眼。任務でもない日で早朝に呼び出すと、たいていこうだ。とにかく、この少年は朝に弱い。

 

 ハーヴェイは黄金こがね色の瞳をほとんど見せずに目を細め(いや、これでもおしあげているのだ)、思いっきり不機嫌そうな声を鳴らす。

「……こんなクソ朝早い時間に何の用事だよ」

「ハーヴェイ、とりあえず目を開けなさい」

 すかさずオリヴィアがツッコむ。席に座った瞬間、もはや目蓋は完全に閉じられている。突っ伏してしまえば、このまま夢の世界へと飛び立つであろう。眠気に耐えられなくなったのか、ハーヴェイはうつらうつらと舟を漕ぎ、テーブルの卓面にゴンッと頭をぶつけてしまう。

 ジェイコブは黒髪の小さな頭を指で突きながら、

「完全に寝てるなこりゃ」

 一応意識はあるのか、ハーヴェイにその突く手を払われる。絶対変ないたずらはさせないという執念を感じる。

 

 ジェイコブはこほん、と咳払いをして気を取り直すと、話を切り出した。

「残りの三人は支部に用事あるからよ。とりあえずお前さんたちだけに挨拶してから出発することにしたんだ」

 

「出発?」

 オリヴィアが首を傾げる。気になったのか、ハーヴェイも少しだけ顔を上げる。仕方のない事だ。昨日の夕方まで、ジェイコブたちはハーヴェイたちと共にエルデンへ赴く想定だったのだから。

 ジェイコブは「そうなんだよ」と言って言葉を続ける。

「アーサーから泣きつかれてよ。任務だ」

 

「「……は?」」

 

 ぴったりと十六歳組の男女の声が重なる。目が覚めたのか、何時の間にかハーヴェイも体を起こしいている。まさに寝耳に水、といったところだ。

 今度はコリンが言葉を継ぐ。いつもの通りのほほんとして。

「何でも、オールトン山脈沿いの村々で虫害が発生しているらしいんだよ」

「ああ、どうりでコリンが行くのね」

 

 コリンはこのパーティーで唯一の薬師だ。正確には調査・治療担当のメンバーは他にあとふたりいるが、担当分野が異なる。動植物に関する調査や駆除、修繕、動植物を用いた薬の調合などであれば、コリンの担当なのである。

 

 コリンはこくり、と首を縦に振ると、言葉を続ける。

「そうなんだよ。人間相手ならばまあ、サイラスだけど、植物や動物あたりらしいからねえ」

「でもなんか、ものすごくふわっとしてない?」

 碧い目を半眼にして、オリヴィアが言葉を差す。もっともだ。ジェイコブは肩を竦めて、その少女の指摘に同意する。

「してるなあ。昨晩、急に支部から緊急の案件だって呼びつけられたらしく」

「え、組合に緊急って概念あるの?知らなかったわ……」

 失礼な物言いである。だがそれは、日ごろの行いの遅い組合側が全面的に悪い。依頼の申請にはたいてい必ず、たらい回しと永遠に終わらないハンコリレーが待っている。

 ジェイコブはガハハハッと嗤って、

「組合のお偉いさんの家族でも住んでたんじゃねーの?近くに」

「ああ、それは確かに緊急ね……」

 炎髪の少女の辛辣な皮肉に、ジェイコブは腹を抱えて嗤う。

 

 すると、ずっと(眠気のため)沈黙を貫いていたハーヴェイがおもむろに口を開いた。

「でもそれでなんで、お前もなんだ?」

 

 コリンはわかる。薬師と名乗っているが、むしろ学者に近い立ち位置の者なので。だがなぜ、頭まで筋肉でできていそうなジェイコブまで?きっとそんなことを聞きたいのだろう。

 ジェイコブはバシバシとまたコリンの背を叩いて答える。

「まあ、コリンが武装できりゃそれでいいんだがよ。こいつ、戦闘力皆無だからよお」

 ひ弱なコリンを一人山道なぞに送り出せば、目的地へ辿り着く前に、山賊に身包み剥がれて山中で彷徨いかねない。ということでジェイコブが付き添うことになったのである。

 

 納得したのかオリヴィアは「なるほど」と呟くが、ハーヴェイはまだ納得していないらしい、眉を顰めて、

「それなら俺か、こいつでもよくないか?」

 

「ちょっと。人のことをこいつとか呼ばないでちょうだい」

 と指摘する前に、オリヴィアはハーヴェイの耳を強く引っ張っている。まったく口より手が先に出るはねっ返り娘だ。

 なんと言い訳するか。ジェイコブはとりあえず、思いついた言い訳を口にする。

「今回の商団の任務、ちっさい子供もいるんだろう?オジサンばっかりに囲まれちゃ可哀そうだろうがよ」

「知るか。てか俺はガキの相手なんざしねえよ」

「見た目の問題、見た目の問題。むさ苦しいのもあれじゃねえか」

 

 何とも苦しい言い訳に、ハーヴェイはアーモンド形の目を半眼にする。いや、きっと初めから適当なこと言ってるんだろうな、とは思われていただろうが。ハーヴェイは冷ややかな声でもって問う。

「……ちなみに、アーサーはどうやって決めたんだ」

 

「くじ引きだ」

「そんなことだろうと思った」

 

 困ったらくじ引き。

 このパーティーの隊長のよく使う手である。

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