045-R_前夜(1)
ぷうっと頬を膨らませる炎髪の少女を前に、蓮は嘆息した。
「で、お前も今から飯か?」
「そうよ。というかあんた、本当に珍しく朝に朝食摂るのね」
本当に不思議に思っているらしく、オリヴィアは大きな碧い目をきょときょとさせて蓮を見ている。そもそもまさかこんな朝早くに悠が代行するだなんて思っておらず、蓮だって吃驚している。蓮は誤魔化すようについっと顔背けて言い放つ。
「……そういう気分のときだってあるだろ」
困ったらとりあえず気分ということにしておけばいい。
だが、オリヴィアの猛攻は続く。腰に手を当て、ずずいと詰め寄って、
「それに昨日、何で夕方に顔出さなかったのよ。酒場でずっと待ってたのに」
ハーヴェイとオリヴィアはそれぞれ、別の部屋を取っている。それだけの金銭的余裕があるからだ。ゆえに示し合わせないと、一日中顔を合わせないことだってある。だからせめて夕飯は一緒に摂ろう、とハーヴェイの休養の決まってしばらく経った日にオリヴィアが決めたのだ。
だのに昨晩、そもそも蓮は朝兼昼の食事以降、食事らしい食事をしていない。それは
「あー、忘れてた」
「ちょっと、こっちだって心配するんだから勝手にすっぽかすのやめなさいよね!」
そう言って、一発ぶん殴ってやろう、とばかりに背に携えている
ぐううう……
何とも間の抜けた仲裁である。
オリヴィアはその腹の虫と、少しばかり顔色の悪い少年の顔を見て、ぴくりと眉を寄せる。
「もしかしてあんた……夕飯食べてないんじゃあ?」
「そういう時もある」
きっぱりと言い返す蓮。だが威張れることではない。オリヴィアは呆れたように頭を抱えて沈黙したと思うと、くわっとまた詰め寄って声を張る。
「そろそろ復帰なんだから、そのぐうたらするの、止めなさいよね!」
蓮は耳元できんきんと鳴らされる少女の声と、
(ひゃはははは!レンったらまた怒られてるじゃないか)
(蓮さん、てとくに朝苦手ですよね)
話に参加するだけの正気を取り戻したらしい。悠の声は普段通りの落ち着きがある。きっと並んでソファに腰かけ、映画鑑賞よろしく窓の向こうを眺めているのだろうが、またしても紫苑がぺらぺらと喋る。
(ユウ、知ってるかい?君が
(よく寝る子は育つって言うじゃないですか)
(その前に餓死しちゃうよ)
もはやコントである。蓮は
(おい、窓の近くで騒ぐな。喧しい)
あ、はい。と応じたのは悠だ。悠に言ったつもりはなく、蓮は頭を抱えたくなる。お前じゃなくて、その横の女だ!と叫びたいが、紫苑と言い合いになるとうっかりハーヴェイの口で怒鳴り散らしてしまいそうだ。
さすがにオリヴィアのいる横で一人愉快に一人喋りは避けたい。だから、あとでぶちのめそう――蓮は嘆息し、オリヴィアをちらりと一瞥した。
「……行くぞ」
「それはこっちの台詞よ。急に黙りこくって気持ち悪い」
すぱんと言い返すオリヴィアに、蓮は沈黙する。
その元凶は
朝の食堂は夜の酒場に比べると静かで穏やかだ。
今が日の出から間もない早朝で、開店直後というのも相まってか、店内にいるのは蓮たちを含めてたったの三組。何とも閑散としている。こんな時間に店を開けるなど、意味があるのかと問いたいが、こうして来店しているので苦言の呈しようもない。
食堂の壁際、刳り貫かれただけの窓の近くの席に腰かけ、ふたりは食事が運ばれるのを待った。蓮はというと、頭を使うのも口を開くのもする気が起きないので、とりあえず朝支度をしている街をぼんやりと眺めていた。自業自得だが、空腹も限界に達しているのだ。
すると不意に、オリヴィアが口を開いた。
「そうだ。ちょうどいいし、話しておきたいことがあるのよ」
「あ?」
思わず不機嫌な声が漏れる。きっとこれがそこらの人間であれば「はい、すいません」で縮こまっただろうが、相手はオリヴィア。にっこり笑顔を向け、その手で
「すぐに喧嘩腰になるの止してくれる?殴りたくなっちゃうじゃない」
これは冗談ではない。ちょうど給仕がパンとスープを運びに来ていなければ、今頃脳天をかち割られている。恐ろしい女だ。
話題を元に戻すべく、蓮は話を切り出す。
「……で、話ってなんだ」
オリヴィアは暫く不服そうにしていたが、蓮を一発殴りたいという気分がようやくおさまったらしい。ふう、と溜息をつくと
「あんたって明日か明後日には復帰できるわよね?」
「まあ、そうだな」
一応、医者にも確認済みである。現代日本からすれば藪医者のような医者だが、外傷が塞がったかくらいは判断できる。
そうよね、とオリヴィアは独り言つと、両手を組んで言葉を続ける。
「それなら、復帰次第、オールストン山脈沿いの村に行きたいのよ」
「何かあったのか?」
蓮は眉を顰める。オリヴィアの声音には何処か緊迫したものを感じさせる。それに元々、復帰したらハーヴェイたちのパーティーのホームであるオルグレンへ向かう予定で、それは内陸路を通る想定である。すなわり、予定を変更してまで赴きたい、ということだ。
オリヴィアはまた小さく嘆息すると、懐から数枚の文を取り出してテーブルの上へ置き、言葉を継ぐ。
「その……
蓮は直観で、それはおのれたちと同じように、別個に行動していた二人であると察した。
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