030-out_悔恨(2)

 今回はたまたま、パーティー名指しの依頼が三件被った。

 

 七人のパーティーであるのだし、オリヴィアはまだ一年目。せめて一件は断ろうかと話があがった。しかしその依頼の中で、商団の護衛という案件にオリヴィアは目を留め、言った。 

「ねえ、この任務なら、ハーヴェイがいれば私でもできそうだわ」

 

 数人のパーティーメンバーたちが戸惑ったような面持ちで、オリヴィアを見ると頻りに反対をして言った。 

「しかし、野盗が出るかもしれないし……。荷馬車四台の護衛は難しいんじゃないかな」 

「そうだそうだ。やめておけ。野盗はとくに、女を好む」

 

 オリヴィアはそれでも食い下がらずに続ける。

「それなら、既に同じような案件をやったわ。その時は魔物も規模の大きな盗賊集団も出たじゃない」

 

 オリヴィアはハーヴェイと荷馬車三台を盗賊や魔獣から守ったことがあった。この案件は引き受ける予定ではなかったのものなのだが、偶々通りかかったオリヴィアたちが手助けしたのだ。

 

「ううん。たしかに、あのときは山も険しかったし……。この案件よりは難易度高かったな」 

「では、やらせてみては?ハーヴェイはどうだ?」

 仲間たちが、腕を組んで静観していたハーヴェイに意見を求めた。

 

「……まあ、それくらいならいけるだろう」 

 というハーヴェイの言葉に、オリヴィアは顔を輝かせた。

 早く、階級の高い冒険者になってハーヴェイと肩を並べたい。そう切望していたオリヴィアにとって、人数の少ない任務をこなすことは必須であった。大人数で行くと、オリヴィアはサポートに徹することになりがちなので、成果が上げられないのだ。

 

 オリヴィアは、心躍る気分でハーヴェイと二人きりで港町エルデンへ向かった。自分の能力も発揮できるだけでなく、相棒のハーヴェイもいる。オリヴィアはこの上なく幸福な気持ちで満たされていた。

 

 ――て、今さら後悔しても遅いのだけどね。

 

 ヒューゴの後ろを馬を走らせて追いながら、オリヴィアは唇を噛み締めた。辺り一面、霧が立ち込めていて、視界が悪い。足元もよく見えないため、馬の速度をそこまで上げられない。

 

 可能ならば、あの時に遡って、この任務を断りたい。オリヴィアは悔恨の念で胸がいっぱいだった。

 

「待って」

 

 何処からか、声がしたような気がし、オリヴィアは声を上げ、馬を止めた。

 ヒューゴは馬を引き返し、オリヴィアの目前に馬を止めると、不思議そうな面持ちで問うた。

「どうした?」

 

 オリヴィアは静かにして、と答え、音を聞き取るべく、耳を澄ませた。ばさばさと、鳥が羽ばたく音がする。この音の大きさは梟であろう。びゅうびゅうと吹く少し強めの生暖かい風が、さわさわと木々の葉を揺らす。虫たちの鳴き声が当たり一面から鳴り響く。


「……イッ!」


 音のした方へオリヴィアは振り向く。おそらく、西の方角だ。オリヴィアは音を拾うため、慎重に馬を進めた。

 

 ――どこ?

 一体どこなの?

 

 オリヴィアは賢明に耳をそばだてた。風の音が邪魔をして、声が聞き取れない。


「……ハーヴェイッ!」


 これは、クレアの声だ。間違えない。クレアとハーヴェイが何処かで生きているのだ。オリヴィアは馬の腹を力強く蹴り、馬を走らせた。

 

 ――どこ?

 ――どこなの?

 ――ハーヴェイ。

 

 声のした方向へ走りながら、近辺をきょろきょろと見渡すと、遠方に大きな洞窟があるのが見えた。

 

 ――きっとあそこよ。雨宿りをするのにはうってつけだわ。

 

 オリヴィアは馬の走らせる速度を上げた。馬の蹄が、びしゃびしゃと水溜まりを蹴り上げると、泥が跳ね、オリヴィアのズボンがそれらで湿っていく。しかし、オリヴィアは形振り構わず、洞窟へと無我夢中で馬を走らせた。

 

 洞窟の前に辿り着くと、オリヴィアは馬から飛び降り、二人を呼んだ。

 

「ハーヴェイッ。クレ……ッ。」

 

 しかし、オリヴィアはすぐさま踏みとどまった。入ってすぐの地面にべったりと血痕が付着していたのだ。

 

 ――何があったの?

 ――それとも、かなりの怪我を負っているの?

 

「おい、待てって」 

 遅れて、後ろからヒューゴの声がした。オリヴィアは茫然と彼の方へ振り向いた。瞬時に状況を察したのか、ヒューゴは顔を顰めて言った。 

「……こりゃあ、血だな」

 

 オリヴィアは静かに頷き、再び洞窟の奥へと視線を戻すと、馬を引きながら、怖怖と中へと踏み入った。あまりにも暗く、視界が悪いため、仕方無しに松明を焚いた。

 

 すると、あたり一面は血の海と化しており、そこら中にあの魔獣の死骸が転がっていた。オリヴィアの背後で、ヒューゴが呟いた。 

「こりゃ、ひでえ」

 

 歩を進めると、血に染め上げられた洞窟の奥の方で、クレアが一人、下着姿で座り込んでいた。全身に血を浴びており、嗚咽を漏らしながら泣いている。ハーヴェイの姿は見当たらない。

 

「クレア。お父様に依頼されて、お迎えに来ました」 

 焦る気持ちを抑え、オリヴィアは優しく、ゆっくりとクレアに話しかける。クレアは鼻水を垂らし、涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた。

 

「……オリヴィア」

 少し枯れた、掠れた声でクレアが答えた。

 

「ご無事でなによりです。怪我はありませんか?」 

「…………わたしは、大丈夫」

 クレアが震える声で答え、言った。 

「でも、ハーヴェイが酷い傷で……」

 

 オリヴィアは目を見開いた。やはり、ハーヴェイは生きている。ここら一体の血液の一部は、彼のものなのだろうか。

 

「その、ハーヴェイは、魔獣と戦っていて、外に……」 

 クレアの言葉にオリヴィアは動揺を押し殺し、クレアに自分の外套を被せ、松明を持たせた。 

「ここで、待っていてください」

 とクレアに告げ、オリヴィアは洞窟の外へと飛び出した。

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