028-out_捜索(2)

「オリヴィア、こっちだ!」 

 と声をかけるヒューゴの後をついて行きながら、オリヴィアは必死に馬を追い立て、山中を駆け抜けた。


 その道は整備されておらず、足場が恐ろしく悪かった。直近で雨が降ったのか、地面が酷くぬかるみ、嫌でも馬の足が遅くなった。焦燥感を胸にいだきながら、オリヴィアは気が気でなかった。 

 ――お願い、無事でいて。

 

 空に星々が瞬き始める頃、徐々に、見覚えのある、あの蛇のように曲がりくねった大河が見え始めた。どうにかこうにか、目的地付近まで辿りついたようだ。

 

 「……ここよね」

 

 目前に広まる惨状に、オリヴィアとヒューゴは息を呑んだ。河沿いには襲撃してきた男と思われる死体と魔獣や馬の死骸、そして荷台や荷物の残骸が散らかっていた。雨で血は洗い流されてはいたものの、死体や死骸は泥でまみれていた。

 

「ジェフ……!」 

 悔しげなヒューゴの声に、オリヴィアは振り向いた。一つの死体の前で、ヒューゴは項垂れて、涙を堪えるかのように目を手で押さえていた。

 死体の方に目をやると、頭を割り、脳髄をぶちまけた惨たらしい男の姿があった。オリヴィアにはその男に覚えがあった。確か、ベアード氏と他の荷馬車を見に行く際、自分の代わりに子供たちやハーヴェイの警護を任せた男だ。

 

 オリヴィアは馬から降り、見開かれたジェフの瞳をそっと閉じさせた。

 

「くそ……。嫁さんを置いて行っちまうなんてよ……」 

 僅かに震えを帯びた声で、ヒューゴは吐きてた。オリヴィアはそんな彼をただ、見届けるのみであった。

 

 ――もしも、ハーヴェイもこんな姿をしていたら、私は泣くのを我慢できるかしら。 

 否。大声を上げて咽び泣くに違いない。オリヴィアにとって、ハーヴェイは先輩であり、相棒である。最期に見た姿が、まるで他人のような姿だっただなんて、考えたくもない。

 

 突如、オリヴィアは視界の端で、荷馬車の残骸の中にあるものを捉えた。荷台の破片や木箱の破片、飛び散った宝石や舶来ものの食器の欠片に混ざって鈍く光る、無骨なそれ。ハーヴェイが愛用していた、大剣だ。

 

 オリヴィアは、自分の心臓が大きく波打ったのを感じた。もしかしたらそこに、ジェフと同じような姿に成り果てたハーヴェイがいるかもしれない。そう思うだけで息が詰まり、足が鉛のように重たくなり、前に進めない。確かめなくては。確かめなくては。

 

「……オリヴィア、俺が見に行く」 

 オリヴィアの様子をさとったのか、ヒューゴが声を掛けてきた。ヒューゴの方へ視線を向けると、彼は少し赤く目を腫らしている。ジェフとの別れを惜しんでいたのだろう。オリヴィアは唇をきゅっと噛み締めた後、口を開いて言った。

 

「……いいえ。私も行くわ」

 

 相棒の安否は、自身で確認しなくては。それがどのような結果であれ、受け止めかければならない。オリヴィアは決意を固め、足を踏み出した。

 

 残骸を掘り返してみると、良かったのが悪かったのか、なんとも言い難かったが、ハーヴェイの姿はおろか、クレアの姿もそこにはなかった。

 ハーヴェイの大剣だけが其処に放り出されていたのだ。かなり酷使したようで、刃こぼれがひどい。泥にまみれて分かりづらいが、多量の血が刃にこびりついている。

 

 近辺に転がる男たちの死体を見ると、落下による打撲痕以外に、喉や胸を深く斬られた痕や貫かれた痕のある死体があった。一部はおそらく、ジェフによるものであろう。

 しかし、明らかに斬り口の大きなものもあった。ハーヴェイの大剣は、一般的に使われている剣よりも二周りほど大きいため、傷口を見れば、一目瞭然だ。

 

 今のハーヴェイは何処か刃を振るい、何かを傷つけることを躊躇っているきらいがある。おかげで、攻撃へ行動を移すまでに時間がかかってしまっている。

 しかし、それでも彼は戦った、ということだろう。意識していると断言はしかねるものの、その斬撃痕が、彼の腕が鈍っていないことを物語っていた。

 

「別の場所を、探すか」 

 ヒューゴが小さな声で言った。オリヴィアは素直に頷き、馬の手綱を引き、その場を後にした。

 

 川沿いを行くと、次第に残骸の欠片も減り、なんとも心落ち着く、平和な自然の光景が広まっていた。河のほうへ視線を送るも、死骸が浮いていることもなく、音を立てて水が流れているのみであった。

 そもそも、河に落ちてしまったのであれば、見つけるのは不可能に等しいであろう。この渓流は雨でいっそうその流れる速さが増している。

 

 仕方無しに近くの藪の中に入ると、先程の場所よりも薄暗く、霧が立ち込めていた。どこからか、ほう、ほう、と梟の鳴く声がする。時折、狐のようなものがそばを走り去った。

 地面は水たまりがあちこちにできていて、ぬかるんできた。地面のぬかるみ具合からして、ここもかなり激しく雨が降ったことが想像できた。

 

「やっぱり、ここも雨で酷いわね……」 

 オリヴィアは悪態をついた。これでは人が通ったのか通っていないのかも判断がつかない。


 試しに土や草に血などが着いていないか確認してみたが、二日の間に雨で流されてしまったようで、やはり見つけられない。下草がなぎ倒された形跡ももうなくなっており、どこへ向かったのか判別がつかない。

 

 ――雨……?

 

 不意に、オリヴィアの脳裏に、雨宿りという言葉が浮かんだ。オリヴィアは急ぎヒューゴの方を見て言った。 

「もしも無事なら、何処かで雨宿りをするはずよね……。何処かに洞窟みたいな場所や動物の古巣のような場所はあるかしら?」 

「……いくつかあるな」 

「なら、そこを片っ端からまわりましょう」 

 ついて来な、と言うヒューゴの後をオリヴィアは追い、その場をあとにした。

 

 ――やはり、すぐ、捜しに行くべきだったかしら……。

 

 先に商団の大多数の命を確保する、という選択肢があっていたのか。オリヴィアは自分の判断が間違っていたのではないかと、不安になった。


 もしかすれば、あの日そのままここを訪れていれば、すぐさま死体なりが見つけられたかもしれない。もしも生きていて、怪我がひどかったとしたら。命拾いしたにも関わらず、この二日で悪化して既に命を落としているかもしれない。さらに、この二日の間、彼らにはまともな食料がない可能性が高い。

 

 ――ハーヴェイ。私は正しい判断をしたの?

 

 見知った、エルデンを訪れる前のハーヴェイに問いかけたところで何も返さぬであろう。けれども、聞き正したくて堪らなかった。

 歳が近しいにも関わらず、うんと先輩の少年。彼がそばにいるだけで、いつも心おきなく任務に専念することができた。そのやり口は乱暴であるものの、彼の判断はあらかた、間違えではなかった。

 

 ――私一人じゃ、まだまだ何もできないのよ。だから。

 

 だから、どうか無事であってほしい。いつものようにそばで悪態をついていてほしい。オリヴィアは祈るような気持ちで必死に藪の中を駆け回った。

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