027-out_捜索(1)

 

 山道の襲撃から二日目。

 空はどんよりとした曇り空だった。


 オリヴィアとベアード商団の一行はクロレンス王国の首都イェーレンに到着していた。イェーレンの中央通りでは豪華絢爛な馬車が往来し、貴族の紳士や婦人、そして各国から集まった商人たちが多く闊歩しており、中央通りを抜けた先には国王の住む城がそびえ立っていた。

 

 オリヴィアは重軽傷を負った冒険者や商団の職員をベアード氏の知人の診療所へ送り届け、捕えた男をイェーレンの警備兵に引き渡した。

 

 イェーレンに到着するまでの道中、この男は何度も目を覚まし、その都度暴れた。そのため、此処まで連れてくるのは骨が折れた。幾度となくオリヴィアが拳を見舞って男を大人しくさせたのだが、この男は執念深く幾度でも覚醒し、とうとう荷台の荷物を蹴り飛ばすという暴挙に出た。

 だが、その男は愚かだった。

 オリヴィアの機嫌をさらに損ねたのだ。ハーヴェイへの不安で苛立っていたのだ。おかげで、その憂さ晴らしを兼ねて、男は強烈な蹴りを股関に見舞われる羽目になったのだ。初めから大人しくしておけばよかったものを。

 

「ベアードさん。馬を一頭をお借りしてもいいですか」 

 ベアード氏の経営する宝石店に辿り着くや、オリヴィアは深々とベアード氏に頭を下げた。愛馬のアビーは長旅で疲れている故、休める必要がある。となると、ハーヴェイやクレアの捜索には、別の馬、しかも足の早く頑丈な馬が必要だ。

 

「俺からもお願いします。俺なら、あの谷までの近道を知っています」 

 とヒューゴが言った。オリヴィアが自分の横へ目を向けると、ヒューゴも頭を下げていた。思ってもいなかった申し出に、オリヴィアは目を瞬かせた。

 

「あんたも来てくれるの?」 

「ああ。短い付き合いだが、見知ったやつの安否を知らないのは後味が悪いからな」 

「ヒューゴ……」

 

 オリヴィアは感激せずにはいられない。ヒューゴはニヤリと笑い、「美人の手助けなら尚更願ったり叶ったりだ」と言った。


 オリヴィアは茶目っ気のある彼の言葉に憂いで満ちていた心が僅かに晴れたのを感じ、奮い立つ。そして再度ベアード氏の方を見据えて言った。 

「二人分の馬をお借りしてもよろしいですか?」 

「も、もちろんです。娘を早く助けてやってください」

 

 ベアード氏は悲痛な面ばせでオリヴィアに懇願した。イェーレンに来るまでの間、彼は頻りに娘の身を案じていた。夜も寝る間も惜しみ、長い時間をかけて神に祈っていた。娘をきっと愛しているのだろう。

 

「おねえちゃん、みつかる?」 

 ベアード氏の脚に寄り縋りながら、デニスが顔を覗かせて言った。彼も姉が心配で堪らぬのか、おねえちゃんはどこにいるの、おねえちゃんは生きているの、と事あるごとに泣きながら聞いて回っていた。姉のことが本当に大好きなのだろう。

 

 必ず見つけてみせるとは答えられず、オリヴィアもヒューゴも口を噤んだ。あの高い崖から落ちたのだ。更に、あの峡谷の間には大河が走っている。若しも河に流されてしまえば、死体を見つけることすら困難であろう。

 

「……私達はとり急ぎ、峡谷の方に向かう支度をしますので……」 

 とオリヴィアが言うと、ベアード氏は静かに頷いた。商団の職員の腕の中で泣きわめくデニスを背に、オリヴィアとヒューゴはベアード氏の案内の元、その場を後にした。

 

 オリヴィアやヒューゴはその足で貸馬屋に赴き、一番足の早く頑丈であると言われた、栗毛の馬を二頭借りた。本来はオリヴィアたち冒険者側の過失なので、オリヴィアたちの負担になるところなのだが、ベアード氏が代わりに費用を負担すると進言した。よほど娘が心配なのであろう。仲の良い父娘だ。

 

 鍛冶屋にも寄り、オリヴィアたちは各々の武器を修理に出した。最速で修理するよう脅迫手前のような気迫で依頼し、最優先で修繕して貰った。


 その際、オリヴィアは刃物が必要になるかもしれないと思い、ついでに剣か短刀を購入しようかと考えたのだが、どれも自分の腕力に耐えうるだけの頑丈さがなかったため、断念した。オリヴィアは剣や槍が得意ではない。人離れした怪力であるが故に、すぐに刃こぼれさせてしまうのだ。


 一度、ハーヴェイの大剣を借りたことがあるのだが、返した際に、「お前には一生貸さない」と宣言されたほどだ。それもあり、オリヴィアは粗雑に扱っても問題のない鈍器を主な武器としていた。ハーヴェイ曰く、オリヴィアは「歩く鈍器」なのだそうだが、流石にそれは失礼では無いかとハーヴェイを責め立てたものである。

 

「酷くない?私の同僚」 

 武器の修繕メンテナンス待ちをしている間、ともに鍛冶屋に訪れていたヒューゴにオリヴィアは訴えた。年頃の女になんて失礼なかしら、とぶつくさと文句を言うと、何故かヒューゴは目を逸らした。

 それもそうで、オリヴィアの戦うさまをその目で確かに見たヒューゴからすれば、ハーヴェイの言うことが的を射ていると感じたからだ。


 オリヴィアはあの屈強な野盗の男たちを、男も持ち上げるのに苦労する鎚鉾メイスで軽々と薙ぎ払い、至近距離に迫られたら拳を振り落とすことで撃退していた。しかも、オリヴィア自身には怪我が殆ど見受けられない。新米とは思えない程の生存能力だ。

 

 鍛冶屋での用事を済ませた後、ハーヴェイとクレアの二人を見つけたときに必要なものを片っ端から購入した。持ち歩ける軽食や傷の手当をするための道具一式、数枚の毛布などだ。

 オリヴィアたちはそれらを馬にくくりつけた。本当はもっと色々持っていきたいところだが、あまり荷物が重くなると、馬の走る速度が落ちてしまうため、持参する荷物は厳選した。

 

「じゃあ、本当にお願いしますよ」 

 ベアード商店の前で、祈るようにベアード氏がオリヴィアに声をかけた。オリヴィアはベアード氏の方へ振り返り、言った。

「はい。善処します」

 

 オリヴィアとヒューゴは互いに見合うと、馬の腹を蹴り、馬を走らせた。盗賊の襲撃があった地点まで、早馬ならば一日程度で着く。ハーヴェイたちと別れて既に二日と少し経っている。運良く生きていた場合、一刻も早く彼らを救出しなければ、手遅れになるもしれない。


 オリヴィアは祈るような気持ちでひたすらに馬を走らせた。

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