022-out_襲撃(5)


 荷馬車の元へ駆け戻ると、その影に、ベアード氏達が身を寄せ合って息を潜めていた。


「もう、大丈夫ですよ」 

 そんな彼らに、オリヴィアは声をかけた。ベアード氏たちはガタガタと震えながらこくこくと頷く。恐ろしさで声も出ないようである。


 オリヴィアは愛馬のアビーに再度跨り、言い放つ。 

「とりあえず、其処に隠れていてください。向こうの荷台を見てきます。ヒューゴ、此処をよろしくね!」 

「おうよ」 

 とヒューゴが答えたのを聞くと、オリヴィアがアビーを走らせようとした。すると突然、ベアード氏が飛び出して来た。 

「ま、待ってくれ、オリヴィアさん!」 

「……どうしました、ベアードさん?」 

「む、娘と息子が、向こうの荷馬車に……」

 

 ベアード氏が別の荷馬車のある方向を指さした。その指の指す方向をオリヴィアを目で追ったが、雨で向こうの様子が見えない。 

 あそこには、ハーヴェイがいるはず。 

 しかし、あのハーヴェイに彼らの相手が務まるだろうか。オリヴィアは嫌な想像をし、背筋を震わせた。

 

 ――大丈夫よ。きっと大丈夫よ。 

 そう自分に言い聞かせ、ベアード氏に向けて言った。 

「あっちの方を見てきます」

 

 オリヴィアは地面に転がる男の数を数えながらアビーをを駆った。 

 ――此処からは、私は来ていないはず。 

 全四台の荷馬車のうち、オリヴィアは後ろ二台しか守ることができなかった。流石にこの悪天候で全ての荷馬車の護衛はオリヴィアでも難しい。

 

 ――やけに、静かね。

 不気味なほどに行く手は静かだった。

 

「え……?」

 オリヴィアは驚いた声を上げた。其処にあるはずの荷馬車が一台、無いのだ。

 

 ――どこ?

 ――どこへ行ったの?

 

 オリヴィアは必死に周囲を見渡した。ハーヴェイと子供たちの姿も見当たらない。

 

「あ、あのう……」

 冒険者と思われる男がオリヴィアに話しかけてきた。名前は覚えていない。その男は弱々しく言葉を続ける。 

「他の皆は、無事……なんでしょうか?」 

「……ええ。一部は残念だけど、向こうにいるわ」 

「そうか。よかった」

 

 何気なくその冒険者の足元を見ると、ベアード氏の息子デニスがいた。がたがたと全身を震わせて、冒険者にしがみついている。

 よく見ると、木陰に身を隠していた一人の商団の職員の姿もあった。ベアード氏やその子どもたちを除くと、商団の職員は全員で六人だ。向こうには二人生き残ってきた。オリヴィアは冒険者の男を見据えて問うた。

 

「ねえ、荷馬車が一台足りないのだけど、何か知らないかしら?」 

「……お、落ちたんだ」 

「え?」

 

 一寸、彼が何を言っているのか、オリヴィアは理解できずにいた。

 

 ――落ちた?

 ――何が?

 ――何処に?

 

 冒険者の男は震えた声で続けた。

「う、馬が暴れ出して、峡谷の方に……落ちちまったんだ」

 

 オリヴィアは唖然とした。あの荷馬車には、ハーヴェイたちが乗っていたのだ。姿が見当たらないということは、荷馬車もろとも、谷底へ落ちた可能性が高い。本当は今すぐにでも谷を降りて、ハーヴェイたちを探しに行きたいところだが、商団の職員たちの安全が第一優先である。 

「……案内します。ついてきてください」

 

 オリヴィアはアビーを引きながら、彼らを最後尾の荷馬車まで先導した。デニスは父親のベアード氏を見るや、大声を上げて泣き崩れた。あの冒険者の男ははヒューゴの元へ行き、無事で良かったと言い合っていた。

 

「す、すみません」

 ベアード氏が恐る恐る、オリヴィアに訊ねた。 

「娘の、クレアはおらんかったのですか……?」

 

 オリヴィアは表情を曇らせた。

「……荷馬車が、谷に落ちたようです。……遺体は、見つかっていません」

 

 すると、ベアード氏は必死の形相でオリヴィアにしがみついてきた。

「どうか、どうか娘を探してください。もしかしたら、木かなにかに引っかかってるかも」 

「……でも、あなたたちを街まで運ばなくてはいけません」

 

 ぼやぼやとしていれば、再び魔獣に襲われるかもしれない。オリヴィアは口惜しいが、せめて彼らだけでも守るためには、成る丈急ぎ、彼らを街に送り届ける必要がある。

 

「私の知人も、見つかっていません。運が良ければ、彼がクレアさんを保護しているはずです」

 声を絞り出してオリヴィアは告げる。

 しかし、オリヴィアも自信はなかった。ハーヴェイでも崖から落ちて、無事でいられるのだろうか。

 

 もしもハーヴェイが帰らぬ人となっていたら。脳裏を過ぎった考えに、オリヴィアはぞっと身の毛がよだち、恐怖に身を震わせた。あの憎まれ口を最後まで聞くことができずに終わってしまったら。オリヴィアは涙を堪えるため、唇を噛み締めた。 

 ――今は、仕事中よ。

 

 ハーヴェイやクレアは心配ではあるが、最優先は荷台とベアード氏たちである。落下した荷馬車やクレアも本来はそこに含まれるが、少数の人間のために、今ここにいるベアード氏たちを危険に晒すわけにはいくまい。 

 ――きっと無事よ。

 

 願うように、オリヴィアは自分に言い聞かせた。此処から二日もすれば目的地に辿り着く。彼らを届け次第、急いでこちらにアビーを走らせてハーヴェイたちを探しに行く。きっとそうするのが最善だ。

 

 オリヴィアはぎゅっと目を瞑った。

 ――冷静になりなさい。

 

 ふう、と深く息を吐き、オリヴィアはベアード氏たちの方を見据えて言った。

「私達は、このまま目的地のイェーレンに向かいます」 

「そんな、では、娘は……クレアはどうなるんですか?」

 泣きそうな声でベアード氏が訴えてきた。 

「……クレアさんは、あなた達を無事に送り届けたら、そのまま私が戻って探しに行きます」 

「おお、神よ……。この大地を照らす、太陽の神よ……どうか娘を……娘を……」

 

 ベアード氏は嗚咽を漏らしながら、膝から崩れ落ち、地に膝をつけて肩を震わせていた。その横で、デニスもわんわんと泣いている。オリヴィアも泣きそうになりつつも、抑え、言った。 

「無事な荷台を集めます。負傷していない馬で引いていきますので、ご協力ください」

 

 オリヴィアの言葉に、ベアード氏とその職員たちは静かに頷いた。ヒューゴも頷くと、生け捕りにした男を担ぎ、職員たちの元へと駆け寄った。

 

 ――皮肉ね。

 何時の間にか、雨が上がっていた。 

 しかし、やはり残りの荷台はおろか、ハーヴェイの姿は何処にも無かった。 

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