021-out_襲撃(4)


 同時刻。

 四台の荷馬車の中の、最後尾付近。

 

 オリヴィアな荷馬車や荷物、そして職員等を守るべく、相棒の鎚鉾メイスを必死に振るっていた。

 

「……このっ!」

 ――ハーヴェイたちは無事なのかしら。

 

 すぐに駆けつけたいところであるが、魔獣の数があまりにも多すぎる。だいぶ叩き伏せたといえど、未だに魔獣もいるうえ、その後ろには盗賊だろうか。武装した男たちが控えている。しかも魔獣の数が多いのに対し、今此処にいて動くことの出来る冒険者はオリヴィアとヒューゴだけだ。 

 それ故、オリヴィアは彼らを薙ぎ払うだけで精一杯だった。近くの荷馬車では、ベアード氏や、数人の職員たちが肩を震わせながら身を寄せ合っている。オリヴィアは自分と彼らを守るべく、ひたすらに鎚鉾メイスを振るう。


 やにわに、ヒューゴが声を張り上げた。

「おい、オリヴィア!」

 

 彼も懸命に槍を振るっており、幾分か疲労が垣間見える。相手の数に対して、分が悪すぎるのだ。オリヴィアは声を絞り出して答えた。 

「なに……?」 

「魔獣は俺たちがなんとかする、向こうの奴らを頼む」

 

 魔獣の数は本来、一人で相手できるほどの数ではない。然し、魔獣ばかりに気を取られていると、あの男たちの思惑通りであるのもまた事実。 

「……死なないでちょうだいよ。寝覚め悪いから!」 

「そりゃあ、こっちの台詞だ!」

 

 オリヴィアは荷馬車に繋いでいた愛馬アビーの縄を切り、飛び乗った。興奮しているのか、アビーはけたたましく咆哮を上げ、大きく前足を上げた。

 

退きなさい、犬ども」 

 オリヴィアは雄叫びを上げるかのように一喝し、前進した。アビーの足で蹴り上げられなかった魔獣はヒューゴが食い止めた。互いに命懸けだからであろうか。火事場の馬鹿力と言うべきか。初めてとは思えぬ程に円滑で、完璧な共闘だ。

 

「お、おい!あの女、来るぞ!」 

 まさか突進してくると思わなかったようで、男の一人が悲鳴を上げた。

 

 ――あら?

 

 いざ実際に一戦交えてみると、片手だけでも十分に払い除けられると考えられる程に、その男たちは非力だった。これならば、ハーヴェイ一人を相手にするほうがずっと骨が折れる。

 しかし、この雨で視界は悪く、地面はぬかるんで足場が悪いのも現実だ。峡谷が直ぐ側にあるへ誤って落ちてしまわぬよう、細心の注意を払わなければならない。


 男たちが悔しそうな声で罵声を浴びせた。

「くそうっ。こいつ、女のくせに!」 

「男みたいな格好しやがって」

「顔は別嬪なのに、剣の力がつええ。剣というか鈍器!?」

「ひいっ。ゴリラ女だ!」


 その発言に、オリヴィアはムッとする。 

「……ゴリラは、失礼でしょうがっ!」

 

 力強く鎚鉾メイスで男の一人を突き、男を馬から叩き落とす。鎚鉾のその強力な打撃で、男は肉片を撒き散らせて地面に転がる。

 

「くそうっ!あの細腕からなんであんな力が出るんだよっ!」 

 男たちが恐怖に戦いた声を上げた。


 何を隠そう、オリヴィアは冒険者の中でも上位を争うほどの筋力を誇っている。単純な筋力勝負なら、ハーヴェイにも勝るほどなのだ。

 

「なんか言った……?」 

 オリヴィアが威圧感のあるを声を発すると、男たちは顔を青褪めさせ、ごくりと固唾を呑んで身震いした。

 次の瞬間。

 男たちが反撃をする間を与えることなく、オリヴィアは一人の男からは剣を奪い取り、そして次々とその男を含む数人の男たちを馬から叩き落とした。

 

 ――あと、五人。

 

 血の付いた手を上着の裾で拭き、オリヴィアは周囲をぐるりと見渡した。じりじりと、一様に残りの男たちが距離を詰めてくる。同時に攻撃して、身動きを取れなくさせるつもりなのであろう。 

 ――ふん。甘いわね。 

 オリヴィアは先程奪った剣を透かさず放り投げた。一人の男の馬に見事に命中すると、その音で馬が驚き、暴れ回る。

 

「うわっ。クソッ!」 

 その馬の恐怖が伝播して、他の馬たちも騒ぎ始めた。その隙を突き、オリヴィアはアビーを走らせ、一人の男を槌矛の柄を使って馬から突き落とし、一気にニ、三人の男たちを鎚鉾で薙ぎ払った。

 

「ヒイッ!」 

 最後の一人にオリヴィアは槌矛を突きつけ、静かな声で問い詰めた。 

「全員で何人いるの?」 

「…………さ、三十八だ」 

 男は奥歯をカチカチと鳴らし、膝頭をがたがたと震わせていた。オリヴィアは顔を顰めると、鎚鉾でその男の後頚部をなげうち、馬から引きずり降ろした。


 オリヴィアはアビーから降りると、生き残ったその男をひとまず縛り上げ、木に固定しておいた。その男自身は、オリヴィアに恐れ慄いたのか、泡を吹いて気絶していた。

 

「おい、オリヴィア大丈夫か?」 

 ヒューゴが走り寄った。どうやら魔獣のほうが片付いたようだ。肩を怪我したらしく、数カ所に渡る噛み傷から血を流している。一人で魔獣を一手に引き受けてこの程度の傷とは、大したものである。

 

「こっちも終わったわ」 

 オリヴィアは鎚鉾メイスをふるい、血を落とす。ヒューゴがひゅうっと口笛を吹いた。 

「すごいなあんた。女一人であの数の男を殺るだなんて」 

「失礼ね。一人生け捕っているわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る