006-Y_出立(2)
宿の裏手にある
剣や槍を携えているのを見るに、彼らがベアード商団に雇われた冒険者達なのであろう。そのひしひしと感じられる初々しさが、彼らはまだ駆け出しであると物語っている。
「ねえねえ。このお馬さん、とってもきれい!」
デニスが灰色の馬を指さして目を輝かせた。確かに
すると、オリヴィアはその二頭の方へ歩き寄り、黒い方の馬の背を撫でて言う。
「この黒い子が私の愛馬のアビーで、そっちの灰色の子がハーヴェイの愛馬のイヴよ」
素人目にも高価そうな馬を、十代の若僧が乗り回しているとは。悠はその羽振りが良さに呆気に取られた。
オリヴィアがアビーに
「まあ、綺麗な馬ね」
とクレア。
クレアも悠と同じ思いを抱いたらしく、イヴとアビーに目を奪われている。何となくクレアの足元に目を移すと、デニスがイヴを触れてみたそうにしていた。なので、悠はひょいと片手でデニスを抱え上げてイヴを近くで見えるようにした。
「わあっ!お馬さん。ありがとう、ハーヴェイ」
「いえいえ。怪我をしないよう、注意してくださいね」
デニスの屈託のない笑顔に、悠は思わず顔を綻ばせる。イヴは大人しい質をした馬のようで、デニスが鼻面を叩いても少しも怒らなかった。
「……あんた、本当に別人みたいに変わったわね」
デニスと戯れている悠を見て、オリヴィアが忍び声で言った。わかりやすく困惑した、怪訝な面持ちである。悠は横目でオリヴィアを見ながら、デニスに聞こえぬよう、小声で問うてみる。
「そういえば、ずっと気になったんですけど」
「なによ?」
「ハーヴェイってどんな人だったんですか?」
すると、愛馬のアビーの手入れをしていた手を止め、オリヴィアは沈黙した。
オリヴィアがあまりにも悩みに悩んでいるので、悠は次第に落ち着かない気分になる。そんなにもお茶を濁した言い方をしなければならないような人物なのであろうか。
ようやくオリヴィアが口を開いたか思うと、
「……そうねえ。一言で言えば、クズ、かしら」
かなり長考したわりに、随分と酷い形容のしようである。自分のことではないと解かってはいるものの、彼女が自分をハーヴェイだと考えていることを思うと気落ちせずにはいられない。クズ、ですか。
「無愛想で、不躾で、敵には容赦のない奴だったわねえ。頭に血が上ると手が付けられない程、残忍にもなる奴だったわ」
「へええ……。それは、大変そうですね……?」
オリヴィアの辛辣な物言いに、悠はつい顔を引き攣らせる。
「私と年齢は変わらなさそうだったけど、経験が長いのと、元々の戦闘センスの良さで、いないとそれはそれで困るのよねえ」
オリヴィアはハーヴェイを含めた七名程度のパーティーを組んでいると言う。ハーヴェイはそのパーティーに、十にも満たない頃から所属していたらしい。
「そういえば、なんで他の方々と別行動なんですか?」
「ああ、それね。私のところ、結構有名なパーティーなのよ。私は十五の時に入ってからまだ一年しか経っていないから、階級低いけど」
日本でいえば、十五歳以下は保護者の庇護下で義務教育を受けている年齢である。その年齢の頃から血生臭い世界に彼女たちが身を投じているのだと考えると、悠はぞっと背筋が寒くなるのを感じた。ちょっと、というかなり倫理的について行けそうにない。
「で、まあ、私のパーティーがかなりレベルが高いのと、顔の広いメンバーがいるのもあって、名指しで依頼の来ることがあるのよ」
「……ああ、それでもしかして、依頼が被った、とかですか」
「ええ。いずれも難易度はさほど高くなかったから、三手くらいに分かれても平気だったしね」
オリヴィアの言葉を聞き、悠は少しばかり申し訳なく感じた。この護衛の仕事は、たとえ経験の浅いオリヴィアがいたとしても、ハーヴェイがいるからこそ二人だけで請け負えたものなのかもしれない。
不意に、傍らからデニスの不安そうな声がした。
「どうしたの、ハーヴェイ?」
その声で荷馬車の中に意識を戻すと、無意識に悠は左の親指の爪を噛んでいた。しかも、その爪から血が出ている。その指が気になっている、ということを隠しきれていないデニスの挙動不審な目の動き。慌てて背の後ろに手を隠し、悠は取り繕うように口角を上げた。
「お、驚かせてすみません」
「ううん。だいじょうぶ?」
デニスは依然として不安げな声音をしている。これ以上に小さな子を怖がらせてはならない、と思いが脳裏を過った。ゆえに悠は頻りに、大丈夫ですよ、心配いらないですよ、と伝えた。
すると今度はオリヴィアが、声を鳴らす。
「そうだ。あんたの剣、一応渡しておくわね」
言い終えると同時に携えていた革袋を下ろし、一振りの大剣と、二刀の小刀を取り出す。
――あの中、他にも入れていたのか。
「はい。これ」
オリヴィアが取り出した大剣と小刀を悠に差し出してきた。渋々と受け取ってみると、オリヴィアの
その大剣の両刃の切先は鋭く、剣身は真っ直ぐで重みがあり頑丈そうだ。柄の色は黒く、余分な飾りが全て取り払われたような質素で無骨なデザインをしていた。
「……ありがとうございます」
「有事の際にはそれを振り回してでもクレアとデニスを守りなさいよ」
「……は、はい」
この剣を使わねばならないような非常事態にならぬことを、悠はひたすらに願う。それでも一応、ひとまずそれらを身に着けることとした。といえども装備の仕方が分からなかったので、オリヴィアの助力のもと、大剣は背中に、小刀を左腿に装着した。お陰さまで背も足も重たくて仕方がない。
「おーい、そろそろ出発するぞ」
商団の職員の一人が、厩舎に向かって大声で呼びかけた。荷物の詰め込み作業が終わったようである。
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