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――ライズが兵舎でダラダラと準備をしていると、そこへティアが現れた。


彼女もいつもなら訓練に参加しているが、今日は城に呼ばれているようで、挨拶がてら顔を出しに来たようだった。


「バンディーたちならもういないぞ。入れ違いで出ていった」


「そう。ちょっと遅かったみたいね。そういえば新しい剣はどう?」


壁に立てかけられている剣を見て、ティアが訊ねた。


以前にライズが使っていた大剣にはヒビが入ってしまったため、壁にあるのは王都の鍛冶屋でティアが特注で作らせたものだ。


訊ねられたライズは、大剣を右手で取ると一振り。


周囲に風が巻き起こる。


以前よりもより大きく重く製造された剣。


それを片手で振ってみせたライズに、ティアはさすがだと思いながらも呆れている。


「久しぶりに見たけどやっぱり凄いわね、あなたって。その剣を打った鍛冶師は、こんな大きなものを振れる人間がいるのかって言っていたんだけど」


「こんなの鍛えてりゃ誰でもできる。それよりもこのところバンディーがうるさくてよぉ。お前からもなんとか言ってくれ。アタシが兵の指揮をするなんてガラじゃねぇってよ。それに他にももう傭兵じゃねぇんだからとか作法がどうとか、やかましくてしょうがねぇんだ」


唇を尖らせて言ったライズを見て、ティアは微笑んでいた。


私兵とはいっても一国の王女直属の兵団だ。


バンディーなりに自分に恥をかかせないようにしてくれているのだろうと、ティアは不機嫌そうなライズを宥めた。


そう言われたライズは不満そうなままだったが、何も言い返すことができず、大剣を壁に立てかける。


それから手持ちぶさただったのか。


小さなナイフを手に取り、少し離れた位置にあった訓練用のカカシに向かって投げ始めた。


「城では上手くいってんのか?」


「城? 一体なんのこと?」


「王さまとか王妃さまとか、妹とかだよ」


ライズはカカシにナイフを投げながら訊ねた。


ティアは彼女の背後に回り、その様子を見ながら答える。


「以前よりはね。これもあなたたちのおかげよ」


「そいつは何よりだ」


「それにしても上達しないわね。投擲とうてきならバンディーにコツを習ったらどう?」


「うるせぇよ。こいつも勉強中だ」


五回投げて当たったのは一回だけ。


ライズの投げナイフは飛距離と威力はあるのだが、覚えたばかりというのもあって狙いが正確ではない。


これは実戦では使えないなと呟くと、彼女は壁に立てかけた大剣を背に収める。


「そろそろ行くわ。遅れすぎるとバンディーの奴がまたうるせぇからよ」


「じゃあ、私も城へ行くとしましょうか。早く終わるようだったら訓練に参加するつもりだから、バンディーたちも伝えておいて」


「やっぱメシでも食ってからにしねぇか? 久しぶりに二人っきりだし」


「言い出しておいてなに言ってるの? ほらほら、早く行かないと副団長さんに怒られるわよ」


軽口を叩き合い、ティアはライズの前から去っていった。


それから彼女は城へと向かい、王のいる玉座の間へと歩を進める。


途中で貴族や騎士、侍女などとすれ違って軽く挨拶を交わしたが、以前のような哀れみの目で見られることはなくなっていた。


今やティアはこのジニアスクラフト王国で英雄扱いされているのもあって、誰もが彼女に敬意を持つようになっている。


昔からは考えられないと思い、ティアの表情がつい緩む。


だが、首にあるネックレスを握ると強張った。


ティアの首にはあるアクセサリーは、ゾルゴルドが錬金術により作り出した魔石――その名も悪魔の涙メフィスト


使用することで、たとえ魔力を持たない者でも人を超えた力を手に入れられるものだ。


ゾルゴルドを倒した後、偶然ティアが拾ったのだが、処分に困ったため持ち歩いている。


それは、もしこれが悪意ある者の手に渡ったら、再びゾルゴルドの起こした事件が起きると思ったからだった。


部屋に置いておくのも不安。


自分が身に付けていれば、確実に誰の手にも渡らない。


「いずれ、これの処分方法も考えなきゃ……」


ティアは首に下げていた真っ黒な石を握りながら歩き、玉座の間にたどり着いた。


扉の前で声をかけ、声が返ってきたので中へと入る。


玉座の間には、数人の魔導士と玉座に父であるジニアスクラフト王がいた。


「よく来たな、ティアよ。今日はお前に内密な話があってな」


顔を合わせた途端に話を始めようとした王に、ティアは違和感を覚えた。


内密な話と言っているが、人払いをしないのはどうしてなのかと。


王はそんなティアのことなど気にせずに、その口を開く。


「話はお前直属の兵団のことだ。このところ外で熱心に訓練をしているようではないか」


「はい。ジニアスクラフト王国のため、皆いつでも動けるように日々鍛錬しております」


「そうか。それは実に酷なことになるな」


「えッ?」


ティアは父の言っていることがわからなかった。


酷なことになるとは、一体どういう意図で言っているのか。


彼女が訊ねる前に、王は玉座から立ち上がって言う。


「今日でお前の兵団は壊滅する。我らがジニアスクラフト王国軍の手によってな」

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