36

――エルムウッドでの事件は王都にも知らされ、王国軍も後処理に動いていた。


城下町にあったゾルゴルドの義賊団を名乗る組織の隠れ家や、他のジニアスクラフト国内にあった拠点もすべて調べられ、これまでにない大規模な調査が行われた。


組織と関わりのあった者たちは全員捕らえられ、義賊団たちの汚名も返上。


今回の事件で亡くなったスヴェイン、ジャンを含めた義賊団たちも国を守った功労者として称えられ、生き残ったバンディーら団員も王都に英雄として招かれることになった。


国中の貴族を集め、王と王妃の前で、彼女たちの活躍を祝うパーティーまで主催されることになり、後日にジニアスクラフト王国は国始まって以来の大きな祝賀会が開かれることに。


そのパーティーには、もちろん義賊団と共に組織と戦った第一王女――ティア·ジニアスクラフトと、傭兵ライズも呼ばれている。


「我が娘ティアよ。今回のこと、誠に大義であった」


パーティーの前日――。


ティアは父であるジニアスクラフト王と王妃に呼び出され、お褒めの言葉を授かった。


その場には、彼女たち以外には、ティアの妹である第二王女――ウィネス·ジニアスクラフトだけだった。


言うならば家族のみの集まり。


これは、これまで軽んじられてきたティアが、父や母、そして妹に認められた――いや、認めざるえない功績を立てたことに他ならなかった。


「あなたの働きを、私も王も誇りに思ってますよ」


いつもなら呆れて口も開かない王妃もティアを称賛し、ウィネスのほうも普段の嘲笑うような笑みが影を潜めていた。


母の言葉は少なく、妹は黙っていたが、二人とも敬意の視線をティアに向け、瞳を潤ませている。


ティアは片膝をついて、家族に応える。


「もったいないお言葉。私はこの国を愛する者として、為すべきことをしただけです」


生まれつき魔力を持たない王女。


王族でありながら魔法を使えない者として軽んじられてきたティアにとって、初めて父と母、そして妹に受け入れられたと、その内心でたかぶりが止まらない。


今回のことですべてが変わるわけではないが、ようやく自分のしてきたことが報われた気がしていた。


これもすべては協力してくれた仲間たちのおかげだと、ティアは目頭が熱くなり、溢れる感情を抑えるのに必死だった。


視察で国内を回っていたとき。


偶然入った酒場でライズと出会い、彼女の魔法をものともしない強さに惚れて剣で口説き落とし――。


その後に港町ハーバータウンでのいざこざから、スヴェイン、バンディーら義賊団と親交を深め――。


王都から逃げた先で商業都市エルムウッドで元団員だったジャンに匿われ、ついに黒幕だったゾルゴルドを倒した。


悔やむべきはスヴェインやジャン、亡くなった義賊団の団員たちのことだが。


それでも彼らの意志を継ぎ、見事にジニアスクラフト王国を守ることができた。


王族として落ちこぼれだった自分には上出来すぎる結果だ。


亡くなった者たちに。


これからも親しく付き合っていく者たちに。


ティアは自分の命が尽きるそのときまで、皆に最大級の感謝を持っていくのだと、このときに誓った。


「おい、遅かったな」


王の間から出てきたティアが自分の部屋に戻ると、その扉の前にライズが立っていた。


どうやらティアが戻ってくるのを待っていたようだ。


特に用事がなくても二人でいることが多いため、ティアはライズが待っていたことを気にも留めていなかった。


だが、ライズはそんなティアの手を取って急に走り出す。


「ちょっとライズ!? 一体何事なの!? もしかして何か問題があったの!?」


「ああ、問題大ありだ! 主役がいねぇと前夜祭ができねぇって、どいつもこいつもうるせぇからよ!」


「主役? 前夜祭? あなた、一体なんの話をしてるのよ?」


「いいから四の五の言わずに来いって。これからアタシらみんなで宴だ!」


ティアはライズに手を引かれて、そのまま城を出た。


城下町を駆け抜け、人混みで賑わっている道を走っていく。


その道の途中でティアに気がついた子どもが、「ティア王女さまだ!」と声をあげたことで、二人は囲まれてしまった。


集まってきた老若男女問わず、ティアを褒め称えて、彼女に向かって歓声を上げている。


国を救った英雄だと。


魔法など使えなくても勇者になれるのだと。


今まではティアの姿を見ても気にもせず、あまつさえ鼻で笑っていた民たちがそろって称賛をしていた。


力無き落ちこぼれが、国の転覆を狙っていた組織を壊滅させた話は、民にとっては格好の英雄譚だ。


すでにティアが知らないところで、彼女をモデルにした戯曲ぎきょくが行われ、詩人たちは詩や曲を作って歌っている。


今や誰もがティアに注目している。


そんな状況で町の中を歩けば、こうなる結果は見えていたが、ライズもティアもまさかそこまで盛り上がっているとは思ってもみなかった。


「こっちは急いでるんだよ! わりぃけど道を開けてくれ!」


ライズはティアを守るように前に立つと、強引に抜けようとした。


すると、集まっていた民たちの視線が彼女に集中し、皆がライズに向かって訊ね始めた。


もしかしてあなたがティア王女さま直属の騎士ライズさまか?


なに、この方が斬魔戦士ライズさまか?


間違いない、魔法を斬り裂く漆黒の女剣士ライズだ!


噂通りに男のたくましさと女のしなやかさを持った素晴らしい容姿だ。


――と、今度はライズのことを称賛し出す。


ライズはティアならまだしも、まさか自分のことまで有名になっているとは思わず、どうしていいかわからずに立ち尽くしてしまう。


「ライズ、こっちよ! 私に続いて!」


ティアはそんなライズの手を引き、側にあった酒樽に飛び乗った。


それから建物の屋根によじ登り、ライズも彼女に続いて人混みから脱出する。


「こんなんじゃもう町を歩けなくなるわね」


「そうだな。で、どんな気分よ、ティア。国に住む奴ら全員を見返してやった気分はよ」


「そうね……。悪くないって感じかしら」


「かーいうね。この不良王女は」


互いに笑みを浮かべながら、ライズとティアは屋根の上を走り、民たちを振り切った。

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