傭兵女と無能な王女 ～持たざる二人の闘争～

35

まとわりついた炎を風で吹き飛ばし、ゾルゴルドは咆哮（ほうこう）した。

おぞましい叫びがエルムウッド広場に響き渡ったが、次の瞬間にはその黒い体が歪んだ。

ライズの一撃が肩から腹辺りまでを引き裂いた。

いや、引き裂いたというよりは、むしろ鉄の塊で潰したに近い。

力任せにぶつけられた物体に、体が無理やり引き離されたといったほうが正しい。

「さすが化け物! こんなもんじゃ死なねぇよな! だったら死ぬまで続けるだけだ!」

ライズの連撃が始まった。

並みの剣士では振るだけで精一杯の大剣を、何度も振り落としていく。

まるで教会にある大きな鐘を打ち鳴らしたような音が、ゾルゴルドの叫び声を打ち消すように聞こえている。

すでに血塗れになっていた広場に、ゾルゴルドの血が飛散していく。

ライズも返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。

バンディーとティアは援護をしようとしたが、ライズのあまりの凄まじさに近づけずにいた。

ここで入ったら逆に彼女の邪魔になってしまうと、いつでも飛び出せるような姿勢のまま様子をうかがっている。

「こないだも思ったけど、ライズの奴……なんかドンドン強くなってない?」

「ええ、私と戦ったときよりも打ち込みの速度が上がってる……。段違いに……」

元々剣士としての実力が高かったライズだったが。

今ではあの人外の化け物となったゾルゴルドと、まともにやり合えるほどになっていた。

ティアがライズと戦ったとき、彼女の良さを殺して、自分の得意なスタイルに引き込むやり方だった。

一方でバンディーは最後までライズの戦闘スタイルに付き合った。

奇しくも対極といえるやり方でライズと戦った彼女たちから見ても、今のライズは人の力を超えている。

何がそこまで彼女を強くしたのか?

それはわからないが、ライズの戦いを見ていたティアとバンディーは、言葉を交わすことなくそれぞれ動き出していた。

「おい! 動ける奴はアタイに続け! 魔法でも矢でもなんでもいい! 化け物の背後から遠距離攻撃を喰らわしてやるんだ!」

バンディーは生き残っていた義賊団の団員たちに声をかけ、ライズの邪魔にならない戦い方を始めた。

義賊団たちは彼女に続き、それぞれ得意な攻撃魔法を唱え、魔力が尽きた者は弓矢やボウガンを手に取ってゾルゴルドへ放っていく。

ティアは彼女たちとは反対に、ライズの横に並んでいた。

激しく剣を振り続けるライズに合わせながら、鋭い刺突をゾルゴルドに浴びせていく。

人外の化け物は防戦一方。

このまま退治できるかと思われた。

だが、そう甘くはなかった。

ゾルゴルドは竜巻を起こし、バンディーたち義賊団を吹き飛ばす。

近くにいたライズとティアは、上空へと巻き上げられてしまう。

「こいつはさすがにヤバいなッ! 今はまだいいが、落ちたらトマトみてぇに潰れちまう!」

ライズとティアは、下から突き上げる風でなんとか浮いていたが、それも時間の問題。

ゾルゴルドの放った竜巻が止まれば、そのまま地面に叩きつけられてしまう。

そうなったらまず助からない。

それぐらいの高さ――雲を手で触れられるぐらい地上から離れている。

二人のうちどちらかが魔法を使えれば、空中で移動する手段はあったかもしれない。

しかし、彼女たちには魔力がない。

どんな小さな威力の魔法も唱えることはできない。

状況は絶望的だ。

「ライズ! このままゾルゴルドの頭に!」

「んなこといったってどうやんだよ!? まさか泳いでってわけにはいかねぇだろ!?」

ライズが大声で訊ね返すと、ティアは空中で態勢を入れ替えた。

両足をライズのほうへ向けて、彼女の体を押すように蹴り飛ばす。

その勢いでライズの体は宙を移動した。

彼女の下には人外の化け物――ゾルゴルドの姿があった。

「私にできるのはここまで! あとはお願いするわ、ライズ!」

「ティアはどうすんだ!? このまま落ちたら確実に死んじまうぞ!?」

「きっと大丈夫……。私は仲間を信じてるから!」

答えになっていない。

ライズはティアの返事を聞いてそう思った。

それでも今は彼女のことよりも、彼女が作ってくれたチャンスを活かすのだと、下に見える敵――ゾルゴルドに集中する。

「ぜってぇ死ぬなよ、ティア! アタシはまだなんの報酬ももらってねぇんだからな! いくら王女さまでも未払いは犯罪だぜ!」

ライズは叫びながら大剣の刃を真下へ向けた。

ゾルゴルドとの距離が縮むにつれ、突き上げる風が鋭い刃物のように体を切り裂いてくる。

だが、怯まない。

痛みなどでライズは止められない。

構えた剣は固定されたままだ。

「うおぉぉぉッ!」

ついに刃がゾルゴルドに突き刺さる。

ライズは落下の衝撃で跳ね飛ばされたが、大剣はゾルゴルドの頭にめり込み、ピクピクを身を震わせた化け物はそのまま動かなくなった。

やった、倒したと、周囲にいた義賊団から歓喜の声が湧き上がっていた。

地面に叩きつけられたライズは、ゾルゴルドをクッションにしていても、なかなか立ち上がれずにいた。

それでも生まれたての小鹿のようになんとか立ち上がり、ティアがどうなったのか、彼女のことを探す。

「ティア! ティア! 生きてんだろ!? 返事をしろよ!」

「いや、あんたのほうが重傷だから。あまりデカい声出すなっての」

そこへやってきたバンディーがライズに肩を貸し、彼女を支えた。

ライズはバンディーに喰ってかからんばかりにティアのことを訊ねると、彼女は人差し指を突き出して指し示す。

その先には、義賊団の団員たちに支えられたティアの姿があった。

笑みを浮かべているところを見るに、どうやら彼ら彼女らによって救われたようだ。

「ハハハ……。なんだよぉ……。生きてんじゃねぇかぁ……」

ティアの無事を見たライズは、バンディーに支えられたまま意識を失った。