31

――ティアがジャンの宿屋を出発してから、時間はすでに夜になっていた。


彼女が宿を出たのは昼食時だったので、どう考えても遅すぎる。


心配になったライズはゾルゴルドのいる宿屋に行って彼の部屋へ向かったが、ドアにカギはかかっておらず、部屋はもぬけのからだった。


それからすぐに戻り、ライズはティアとゾルゴルドが消えてしまったことを仲間たちに伝えた。


もしかしたら組織の連中がエルムウッドに来ているのではないか?


そうなると、逃げてきたゾルゴルドが追跡されていたのではないか?


二人をどこへ連れていったのか?


まだエルムウッドにいるのか?


バンディー、ポムグラ二人が様々な憶測を話す中、ジャンは何も言わずに黙っているだけだった。


「クソッ! このままじゃらちが明かねぇな!」


ライズは苛立ちを隠し切れず、今にも宿屋の壁に穴を開けんばかりの勢いだった。


顔を真っ赤にして部屋中をウロウロと歩いたかと思えば、急に止まって足踏みをし出している。


その様子からじっとしていられないのが見てわかり、何か怒りをぶつけるものを探しているようにも見えた。


バンディーとポムグラがそんなライズを宥めたが、ティアが消えたのに落ち着いていられるかと、彼女は声を張り上げ返した。


それからしばらく俯いたままうなっていたライズが振り返り、鬼のような形相で皆に訊ねる。


「いっそ怪しそうなとこをしらみつぶしに探し回るか!? それっぽい奴を見つけたらぶっ飛ばしてよ! ティアたちがどこにいんのか吐かせるんだ!」


「それも一つの手だけど、もっと良い方法がある」


誰よりも早くライズに返事をしたのはジャンだった。


ジャンはボサボサのブラウンヘアを右手でポリポリとくと、ライズに向かって言う。


「安心しなよ。実はティア王女が無事なことはわかってるんだ。もちろん彼女たちがいる場所もね」


「あん? なんでそんなことがわかんだよ? ジャンは昼間はアタシらとここにいたじゃねぇか?」


「それは移動しながら説明するよ。それで申し訳ないんだけど、ポムグラさんには店番を任せていいかな? 人手がいるようだったら子どもたちに頼めば手伝ってくれるから」


「待てよ、ジャン!? 今すぐアタシにわかるように話してくれよ! さっきからモヤモヤが止まねぇんだ! ティアが無事なのが気休めじゃないってことを、アタシにわからせてくれ!」


「そこまで言うなら……。まあ、簡単に言うとね。敵がこっちの罠にかかったってことさ」


――商業都市エルムウッドの中心部。


そこにある巨大な大木は、この街の由来になっているものだ。


その木の周りには広場があり、街中を流れているエルム川が交差するところでもある。


まだエルムウッドが自然豊かだった頃には、多くの家族連れが他の村や町から遊びに来たものだったが。


現在はその面影は残ってない。


家のない浮浪者たちの溜まり場になっている。


だが今夜はどうしてだか、浮浪者たちの姿が見えなかった。


代わりに見えるのは一つの大きな幕屋まくやと、その周囲を固めるフードを被った集団だった。


「うぅ……。うん? ここは、どこ……?」


幕屋の中には、椅子に縛りつけられたティアがいた。


気絶させられたのだろう彼女の前には、フードを深く被った人物が立っている。


ティアは、その人物を見てすぐに気がついた。


自分は敵に捕まってしまったのだと。


「お目覚めだね、ティア王女。部下が手荒な真似をしてすまない。だが、こうでもしないと、あなたを連れてくることができなかった」


「……あなたが黒幕ね。私を捕まえてどうするつもり?」


ティアは恐怖を押し殺して、できる限り冷静に訊ねた。


そして、震えながらもよく相手を観察する。


呟くようなボソボソとした声のせいで聞き取りにくいが、相手が男であること。


それから体型がわかりづらい服を着ているが、細身であることを理解する。


自分の正体を見極めようとしているティアを見て、男は答える。


「我々のすることに協力してほしい」


「協力ですって? こんな縛られた状態で相手に顔も見せない人から頼まれて、はい、わかりましたなんて言うと思ってるの!?」


声を張り上げたティアは、男を睨みつけた。


何か協力してほしいだと怒りをたぎらせて、身動きができない状態でも喰ってかかっていきそうだ。


男はそんなティアを宥めるように、静かに話を始めた。


ジニアスクラフト王国は魔法国家。


王族、貴族だけでなく平民にも魔法の教育をしていて、住民の多くが魔法を使える。


そのため他国でも簡単に手を出すことができない。


それがこの国が誇る防衛策でもあるが、他の国にはない問題も生まれている。


「それが魔力による差別さ。あなたならよくわかるだろう。生まれながら魔力を持たないあなたなら」


王族でありながら魔法が使えないティア。


徹底した魔力上位主義の差別を、あなたが受けないはずがない。


見下され、軽んじられ、同情され――たとえ王女とはいえ、これまで辛い思いをしてきたはずだ。


「そんなあなただからこそ変えられる。差別をなくし、平等とはいえないまでも、人が理不尽に虐げられることがない国に」


「あなたが何を言っているかわからない……。この国を変えたいなら政治家にでもなれば――」


「魔力の低い俺には無理だった」


男はティアの正論を遮って言葉を続ける。


「国を変えたくとも、その足掛かりにさえたどり着けない。誰も認めてくれないのさ。ろくに魔法が使えないというだけで、そいつは発言権を剥奪される。これが理不尽でなくてなんだと言うんだ?」


「なら、なおさら私なんかが協力しても変わらないでしょ!? あなたも知っている通り、魔法が使えない私には発言権なんてないのよ!?」


「発言権はもういいんだ。あなたがこいつを使えば、この国は変わる」


男はそう言うと、ある物をティアに見せた。


それは真っ黒な小さな石だった。


なんだかわからなかったティアだったが、その石から禍々しい印象を受けた。


「これはずっと俺が作っていた魔導具の完成系……世のことわりを変えるもの、悪魔の涙メフィストさ」

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