29

――料理の仕込みを切りのいいところで終わらせ、ティアとポムグラは台所を後にした。


それから彼女たちは、宿屋にある従業員の部屋へと向かい、ノックをして中へと入る。


部屋の中にはライズとバンディー、そしてこの宿屋の店主――ジャンが立っていた。


身長180cm近くあるライズよりも背の高いジャンは、ボサボサの髪にブラウンヘア、目が糸のように細く、愛嬌のある顔をしている。


彼とライズたちの前では、椅子に座って俯いている人物――細身で小奇麗な容姿の男ゾルゴルドがいた。


「……スヴェインさんたちがどうなったのかは、アタイから話すよ」


すでに話を終えた後だったようだが、後から来たティアとポムグラのために、バンディーがゾルゴルドから聞いた話をもう一度してくれた。


スヴェインとゾルゴルドたちが向かった義賊団を名乗る組織の隠れ家でも、ティアたちと同じく敵が待ち構えていたようだ。


そして、そのときの戦闘でスヴェインや他の団員たちは死亡。


ゾルゴルドはなんとか追っ手を振り切って、商業都市エルムウッドまで逃げてきたと言う。


バンディーがこの宿屋を頼って来たように、ゾルゴルドもまた元義賊団だったジャンのところなら生き残った誰かがいるかもしれないと思ったようだ。


「すまない……。俺だけ逃げてきてしまって……」


「ゾルゴルドは悪くないよ。親父も他のみんなも、君だけでも生き残っていてくれて喜んでいると思う」


表情の暗いゾルゴルドを慰めるように言ったジャン。


だが、そう口にしつつも、彼の表情は曇っていた。


それも当然のことだった。


ジャンは義賊団こそ抜けていたが、バンディーやゾルゴルドよりもスヴェインとの付き合いは長い。


さらに父親と慕っていた人物の死が、彼にとって辛くないはずないだろう。


スヴェインたちの死を信じたくなかったとはいえ、ライズたちも感じ取っていた。


しかし実際に聞かされると、やはり堪える。


特にバンディーは目に涙をためており、今にも泣き出してしまいそうだった。


「なあ、ゾルゴルド。敵のことで何かわかったことはあるか?」


仲間の死を知り、重たい雰囲気の中――。


ライズが訊ねた。


彼女の顔は凄まじく強張っており、発した声も抑えつけているといった感じだ。


ライズは仲間の死を聞いたことで、悲しみよりも怒りの感情が前に出ている。


「どうした? なんかあんだろ? そっちはどんな様子だったんだよ」


返事がないのでライズは言葉を続ける。


「こっちはあのフードの連中の目的が、よくわかんねぇ願いをかなえられる魔導具を作ることだとわかった。お前らのほうはなんかわからなかったのか?」


「願いをかなえる魔導具? あいつらはそんなものを作ろうとしているのか?」


沈んだ声ながら驚きを含んだ声で訊ね返したゾルゴルド。


ライズはそんな彼の態度を見て、なんの情報も得られていないと悟った。


強引に訊こうとしつつも、無理もないと思う。


ライズたちのほうも偶然ティアが羊皮紙ようひしから、敵の目的を知っただけだ。


こちらが前触れもなく襲撃して、まさか逆に囲まれるなど考えもせず、ただ逃げるだけで必死だったのだ。


しかし、このままでは反撃の糸口すら見つからない。


仲間の仇討ち――組織と戦うにしても、今のライズたちには情報がなさすぎた。


「みんな、今はゆっくり休むといい。幸いここはその組織っていうのに見つかってないだろうしね」


「でも、このままってわけにもいかねぇだろ? いつここがバレるかわかんねぇし、なんかやるなら早いほうがいいんじゃねぇか?」


「ボクに考えがある。内容は今は話せないけど……。まあ、しばらくは大人しくしていてよ。必ずなんとかするから」


ジャンはライズにそう答えると、笑みを浮かべて部屋を出ていった。


彼が無理して笑顔を作っていると、部屋の中にいた誰もが思っていた。


その中でもティアは、バンディー、ゾルゴルド、ジャンへの罪悪感が消えず、呼吸するのが苦しいほど胸が締めつけられる。


スヴェインや義賊団のみんなが死んだのは自分のせいだ。


自分が彼らに協力をお願いしなければと、彼女は勝手な正義感から義賊団を作戦に誘ったことを悔やんだ。


そんなティアのことを察したのか。


ポムグラが彼女に寄り添う。


そして、バンディーもティアに向かって口を開く。


「ねえ、ティア。自分のせいだとか思ってんじゃないよね?」


何も答えず、ただ見つめ返すティア。


バンディーはそんな彼女に言う。


「気にしないでなんて言えないけど……。スヴェインさんもみんなも、あんたから話を聞かないでも連中とは戦っていたと思う……。だって、アタイら義賊団の名を語る奴らだよ? そんな放っておけるはずないじゃん」


「バンディー……」


「だからそんな顔しないでって。ゾルゴルドも無事に戻って来たし、こっからだよ、アタイらの反撃は。ねえ、ライズ。あんたもそう思うでしょ?」


バンディーに話を振られ、ライズは口角を上げながら答えた。


今は考えがあるというジャンの言う通りにする。


しばらくはこの宿屋で、掃除でもして大人しくする。


そして、そのときが来たら自分が一番に連中を殺すのだと、ライズは笑いながら言った。


「こっちは誰も悪くねぇ。悪いのはスヴェインさんやみんなの義賊団を名乗ったあいつらなんだ。ケジメはキッチリつけねぇとな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る