28

――覇気のない歩行者たちが集まる道に、二人の女が歩いていた。


一人は布を頭に覆っており、もう一人はベレー帽を被っている。


服装は男物だが、サイズの大きなもので体型を隠しているせいか、すれ違う者らは、誰も二人のことを女だと思ってない。


「相変わらずしみったれた街だよね、ここは。どいつもこいつも今にも死にたいって顔しているよ」


ベレー帽の女――バンディーが愚痴でも言うかのように口を開いた。


隣を歩いていた布を頭に巻いた女――ティアは、そんな彼女をなだめるように言う。


「それは治安の悪さのせいかもしれないわね。あと貧富の差も王国で一番だって聞いているし」


彼女たちが現在いる場所は、商業都市エルムウッド。


王都から馬車で数日はかかるところにあり、バンディーやスヴェインたちがいた港町ハーバータウンとは反対の山に位置する場所にある。


そして、ジニアスクラフト王国で最も人口が多い街でもあり、険しい地域にありながらも、国内外から多くの者が集まる人種のるつぼともいうべきところだ。


それ以外にも、エルムウッドは普通の街にはない特徴がある。


それは街の中央を貫くエルム川に沿って広がっている橋や運河が、街を縦横に走っていること。


川が流れている中心部にはエルム広場があり、そこには街の中心となる大きな木がある。


この木は古くから街のシンボルとされており、エルムウッドの名前の由来だった。


ティアが生まれる以前は、流れる川や大きな木が象徴するような自然豊かな町だったが、今ではそこら中にゴミが放置され、かつての美しい光景は見る影もない。


さらには年々治安も悪化しており、浮浪者や孤児などもそこら中で見られ、まるで街全体がスラムのようになっていた。


こんな街のどこが商業都市だと思われがちだが、貧富の差があるのは、その名前から考えればわかる。


つまりは商業都市――この街で裕福なのは一部の商人だけなのである。


それから、あまりおおやけにはされていないが。


この街を根城にする商人の多くは、麻薬や人間など非合法の品を売買している噂もあって、王国が何年も対処に困っているのが現状だった。


「だけど、まさかこんな街にバンディーの知り合いがいるだなんてね」


「別にアタイのってわけじゃないよ! そもそもあいつは元々義賊団の一員だったんだから!」


王都から逃亡し、その後に身を隠すために彼女たちがエルムウッドへ来た理由は、以前に義賊団にいた男を頼ってのことだった。


その男の名はジャンといい、この街エルムウッドで孤児を集め、小さいながら宿屋をやっている。


ジャンはスヴェインのことを親父と呼んで、団を抜けた後も彼のことを慕っているのもあり、今でも義賊団とは親交があった。


そんな彼の影響もあってか、彼が抜けた後、義賊団ではスヴェインのことを“おやっさん”やら“父さん”と呼ぶ者も増えていた。


あとジャンは団の旗揚げ当時からいたようで、バンディーよりもスヴェインとの付き合いが長い。


ティアとバンディーはエルムウッドのことを話しながら買い出しを終え、ジャンの宿屋へと戻った。


中に入ると、仏頂面をしたライズがほうき片手に掃除をしていた。


いかにもやる気がなさそうだったが、それでもゴミやほこりはまとめているので、一応は真面目にやっているようだ。


そんなライズの傍には子どもたちが群がっていた。


ジャンとこの宿屋をやっている孤児たちだ。


子どもたちはライズの掃除の仕方に口を出しながら、楽しそうに彼女に絡んでいる。


「あーダメだよ、ライズ。そんなんじゃキレイにならないよ」


「ほうきの使い方は教えたのに、なんでそんなにヘタなんだろうね」


「やったことないからでしょ。ライズはヨウヘイらしいから」


ティアは、子どもたちに好き放題言われても、黙ったまま掃除を続けるライズを見て乾いた笑みを浮かべていた。


一方バンディーのほうは、子どもたちに声をかけながらライズとは逆に自分から絡んでいる。


その態度だけで、彼女が子どもを好きなのがわかった。


反対に、ライズが子どもを嫌いなのものだ。


ティアは子どもたちに挨拶し、バンディーと共に買ってきた品を奥の部屋へと運んだ。


奥の部屋には台所があり、そこにはポムグラが夕食の仕込みをしていた。


元娼婦、現馬車の御者ぎょしゃとは思えぬ手慣れた様子で、食材を切って鍋へと放り込んでいた。


ティアたちや子どもらの分まで作らなければいけないので、使用する食材も使う鍋もかなりの量と大きさだ。


「私も手伝いますよ。ポムグラさん」


「それは助かるね。じゃあ、かまに入ったパンの焼き加減を見てよ。その後は肉と野菜を切ってね。ワタシは鍋の味付けをやるから」


宿の台所には大きな石窯があり、ここでは自家製のパンを作っている。


ジニアスクラフト王国のほとんどの村や町では、平民がパンを自宅で作るには税金を払わなければならないが、エルムウッドには貴族がいないため問題ない。


パンの焼き加減を見たティアは、まだ時間がかかりそうだとポムグラに言い、彼女と交代して包丁を手に取り、食材を切り始めた。


ポムグラと違って、明らかに慣れていないのがわかる危なっかしい包丁さばきで、なんとか肉や野菜を一口サイズまで小さくしていく。


「二人とも、ちょっといい?」


「なんだい、バンディー? 手が空いてるならあんたも手伝っておくれよ」


台所に入ってきたバンディーが声をかけてくると、ポムグラは料理を手伝うように頼んだ。


だが、彼女が話そうとしていたことを聞いて、それどころではないと固まってしまう。


「今、ジャンのとこにゾルゴルドが来てるみたい」

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