22

――次の日の朝。


ティアの屋敷にある大広間で目を覚ましたライズは、周りに誰もいないことに驚き、慌てて部屋を出た。


もしかして寝ている自分をおいて、皆で義賊を名乗る組織の隠れ家に行ってしまったのか?


そんなの酷すぎる。


一体何のために自分がティアの傍にいるんだ。


あの女はまるっきりそれをわかっちゃいないと、ライズは大広間から出ると、ティアに与えられた自分の部屋へ武器を取りに向かった。


そして、大剣を手にしたらすぐにでもティアたちを追いかけるのだと、寝起きながら凄まじい足の速さで屋敷内を駆けていく。


「あ、起きたのね、ライズ。もう皆、朝食を取りに出かけてしまったわよ」


ライズが階段を駆け上がっていると、二階の廊下にティアが立っていた。


彼女はいつもの男のような服装でおり、義賊団たち全員が城下町内にある酒場へ向かったことを教えてきた。


「いるんなら起こせよ! 人の気も知らないでよぉッ!」


話を聞き、思わず転びそうになったライズ。


そんな状態から声を張り上げた彼女を見て、ティアは小首を傾げている。


置いていかれたのがそんなに悔しかったのか?


相変わらず子供っぽいところがあるなと、ティアは年の離れた妹でも相手するかのように、ライズを宥めたが、彼女の機嫌は直らなかった。


困ったティアはとりあえず食事にしようと考え、ふてくされていたライズの手を取って屋敷を出ようとする。


「コラ、ティア! いきなり引っ張るなよ!」


「いいからいいから。きっと何か食べれば怒ってることも忘れちゃうわ」


「子どもか! アタシはそんな単純じゃねぇっての!」


そんな調子で二人は屋敷を出て、バンディーやスヴェインたち義賊団が向かったという酒場へ歩を進めた。


まだ朝ということもあって、いつもなら賑わっている城下町も静かなものだった。


石畳の道を敷き詰めるように並ぶ屋台も一つも出ていない。


思えばライズは、こんな朝から町を歩いたことはなかった。


人通りがない道をティアと歩いていると、まるでこの国に二人だけになってしまったかのようだと、ライズは不思議な感覚に襲われていた。


「ねえ、ライズ」


「うん? なんだよ、ティア。手ならもうつながねぇぞ」


「違うわよ。なんかこうして誰もいない町を歩いていると、私たち以外の人たちが皆消えてしまって、二人だけになってしまったみたいだなぁ、って思って」


まさか同じことを考えていたとは。


ライズはそう心の中で呟くと、どうしてだか顔が真っ赤になってしまった。


それからしばらく歩き、目的地である酒場へ到着する。


店内は兵士たちで溢れ返っていた。


どこか空いてる場所はないかと、ティアとライズが店の中を見回していると、よく知る女の声が声が聞こえてくる。


「おッ、あんたらも来たんだ! こっちこっち! アタイらの席なら空いてるよ」


店に入ると、ティアとライズに気がついたバンディーが手招きし、二人を空いてる席へと誘導してくれた。


その席はバンディーとゾルゴルドとの相席だった。


なんでもバンディーが言うには、彼女たちがこの酒場に入ったときから、ほぼ満員状態だったそうだ。


席が埋まっていることよりも、朝から酒場がやっていること自体がおかしいのだが。


どうやらこの酒場は夜勤明けの兵士のための店なようで、早朝からでも開いているらしい。


他の客に気を遣ってか。


どうやらスヴェインや他の団員らは、別の店へと向かったようだ。


「でも、この店以外に朝からやっているところなんて、他になかったと思うけど」


「この通りの先に宿屋があるでしょう。そこなら宿泊客じゃなくても食堂が使えるんですよ」


王宮とはいえ、生まれてからずっと王都に住むティアすら知らないことを知っているゾルゴルド。


元は錬金術師をやっていたと聞いたが、もしかしたら彼は自分よりも長く王都に住んでいたのかもしれないと、ティアは思った。


しかし、彼女はゾルゴルドに訊ねることはしない。


それはゾルゴルドが特別というわけではなく、義賊団に入るような人間は、すねに傷を持つ者が多いと考えての結果だ。


当然スヴェインやバンディー、他の団員の過去についても触れないようにしている。


「おい、誰だよこいつ? こんな奴、義賊団にいたか?」


ライズがゾルゴルドを見て、ティアとバンディーに訊ねた。


ゾルゴルドはすぐに彼女に名乗ろうと口を開こうとしたが――。


「あんたには訊いてねぇ。アタシは二人に訊いてんだよ。つーかバンディー。こいつみたいな、アタシが知らない団員って他にもいんのかよ?」


「いるよ。だって義賊団ウチは王国中に仲間がいるんだよ。アタイだって顔を知らない団員も、それこそいっぱいいる。ちゃんと名前と顔を把握しているのって、スヴェインさんくらいじゃないかな?」


「ふーん。さすがスヴェインさんだな。しかし、アタシは顔も知らねぇ奴を仲間だなんて思えねぇけど」


ライズのふてぶてしい態度に、ティアが声を張り上げる。


「ちょっとティア! さっきから失礼でしょ! それからその言い方も! 本当にごめんなさい、二人とも……」


「失礼も何も当たり前だろ。アタシはこいつを知らないんだから」


「知らない人ならなおさらでしょう!」


ライズはティアに怒られている理由がわからないようで、ずっと不可解そうにしていた。


朝から騒がしくなったが、午後にも敵の組織の隠れ家へ乗り込む準備に入る。


そうなると作戦終了までゆっくり食事を取れるのもこれで最後だと、その場にいた四人の誰もが同じことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る