10
――ポムグラの馬車に乗ってから数週間後。
ライズとティアは国境の側にある町ハーバータウンへとたどり着いていた。
ハーバータウンはジニアスクラフト王国でも貿易が盛んな港町で知られており、国から出る、または入るには船を使わないといけない険しい地形をしている。
まさに天然の要害。
魔法大国といえるジニアスクラフト王国でも、魔力に頼らない自慢の要所でもあるところだ。
さすがに自慢というだけあって町の道も王都と同じく石畳で造られており、中心都市に負けないくらい、いや、それ以上の活気に満ちている。
それは町の中に並ぶ屋台から飛ぶ声と、そんな店員と言葉を交わす住民から伝わってくる。
さらには、海の近くならではの潮の香りと潮騒が心地良く、照りつける太陽の下で食事をしたら気分爽快だろうと、ライズに思わせた。
「やっと到着したね。じゃあ、まずは宿を探そうか」
「なんだい? 王女さまがわざわざ来ているのに、宿の予約もしてもらってないのかい?」
ポムグラが不可解そうに訊ねると、ティアは答えた。
父である王は、ティアたち到着後にハーバータウンで何から何まで用意しようとしていたらしいが、すべて断ったのだと。
その理由は、自分のことは自分でするというティアのわがままからだと、説明した。
彼女の話を聞き、ライズは苦い顔をし、ポムグラのほうは呆れた笑みを浮かべている。
「もう、二人ともそんな顔しないで。私の話なんかよりも、早く今夜泊まる宿を探しましょうよ。久しぶりにベッドで寝たいでしょう」
「はいはい。わかりましたよ。じゃあ、せっかくだし。海の側にある宿を探そうか」
ポムグラは微笑みながら答えると、屋台のある通りから大通りへと馬車を向かわせた。
ティアがこの町へ来た理由は、他国の使者が挨拶に来ているということで、王の代理として相手をするためだったが。
これではまるで観光だと、ライズは肩の力が抜けかけていた。
田舎町の酒場での些細な揉め事から始まり、その後ティアに雇われてから、これまで一度も危険な目に遭ってはいない。
それは喜ぶべきことだったが、けして油断はできない。
なぜならばライズは、ジニアスクラフト王国へ来たばかりのときに、三人の盗賊に襲われたからだ。
その盗賊の生かしておいた男(最後には殺した)が言っていたことを、ライズは半分も覚えていなかったが。
一見して治安が良く思える王国でも、ああいう連中がいることを、彼女は知っている。
「あの野郎……なんて言ってたっけ? なんか大事なことだった気がするんだけどなぁ……」
「なにをぼやいてるの、ライズ?」
「うん? なんでもねぇよ。独り言だ、独り言」
「お城のときでもそうだったけど。あなたって独り言が好きよね」
「別に好きじゃねぇよ!」
馬車は大通りから海に面した道へと入り、そこで宿屋らしき看板のついた建物を見つけた。
羊がベットで寝ていて、スヤスヤと寝息をたてている可愛らしい看板だ。
ポムグラはライズとティアを降ろすと、馬車を止めるところを探すと言い、二人に宿屋か空いているか確認してほしいと、その場を後にした。
その後、ライズとティアは宿屋へ入り、満室かどうかを訊ねる。
町の賑わいからして心配はあったが、宿屋の受付にいた娘が言うに、ちょうど部屋が三つ空いていることを確認する。
そこでティアは皆で同じ部屋に泊まろうとしたが、残念なことに三人も眠れるような大部屋はこの宿にはないと聞き、ガクッと肩を落としていた。
「私は狭くていいけど、ポムグラさんに悪いわよね……」
「おい、ティア。アタシは?」
ライズは自分には気を遣わないティアに呆れて声をかけたが、彼女の耳に入っていなかった。
それから二人は部屋へと案内され、一緒に下ろした荷物を部屋に置いていく。
そして、いないポムグラの部屋の鍵も預かり、彼女が馬車の置き場から戻ってくるのを待つことにする。
「うん。なかなかいい部屋ね」
宿屋の部屋は、ベットと戸棚に机が一つずつと、どこにでもある平凡なものだったが、どうやらティアは窓から見える海が広がっている光景が気に入ったようだった。
城にあった彼女の自室はこの部屋とは比べものにならない豪華な内装で、しかも窓からの景色も素晴らしいが。
本人はあまり好きではないと、ライズはティアから聞いていた。
おそらくは部屋がどうというよりも、彼女の国での立場が問題だろう。
ライズは、恵まれた生まれであるはずのティアが苦しんでいることに、心を痛めていた。
王族なんて権威を笠に着て、我がもの顔で偉そうにしているイメージしかなかった。
しかし、いくら生まれたときから裕福であっても、幸せではない人間もいるのだと、ライズはティアのことを知って考えかたが変わったのだった。
「それで宿が決まったのはいいけど、その他国の使者ってのとはいつ会うんだよ?」
「たしか到着したらハーバータウンの役所の行けば、あとは段取りしてくれるみたいよ」
「そんなんでいいのか……。その使者もこの国もよ……」
ライズはティアの話を聞くと、随分と行き当たりばったりだなと呆れた。
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