08

早足で自室へと戻り、ぼやき続けているライズをベットに座らせたティアは、突然、着ていたドレスを脱ぎ始めた。


生まれたままの姿で青い装飾品を投げ捨て、部屋が散らかっていく。


ここでようやくライズが我に返り、ティアに声をかける。


「おい、ティア!? なんでいきなり脱ぎだしてんだよ!?」


ライズはあられもない姿になったティアを見て、激しく慌てていた。


ティアはそんな彼女の態度が面白いのか。


裸同然の格好でライズに詰め寄った。


息を吐けばかかるほどの距離で、思わず仰け反ってしまっている彼女に向って口を開く。


「いいから、あなたも脱ぎなさぁぁぁいッ!」


「やめろバカッ! 服ぐらい自分で脱げるってのッ! あぁッ! いちいち変なとこ触るなよ!」


ドタバタとじゃれ合うように着替えた(着替えさせられた?)ライズは、いつもの動きやすい服を身に付けた。


一応、軍人用というか。


女性が穿くパンツスタイルの服装もあるが、ジニアスクラフト王国ではあまり一般的ではない。


ライズは最初から男のような格好だったのもあって、彼女の服装を気に入ったティアもまた、自身のクローゼットから以前に面白半分で買った男装用の服を引っ張り出した。


これで髪を短くすれば、遠目では男に見えてしまうだろう。


ライズは短髪だが、その膨らんだ大きな胸と尻のせいで男に間違われることはない。


ティアのほうは彼女ほど体のオウトツが少ないので、妬みと無いものねだりからか、ライズの服を脱がすのを意地悪く楽しんでいた。


「さて、じゃあ早速、旅支度をしましょう。明日にはもう王都を出ないといけないからね」


「……なあ、ティア。お前の家族さ」


「うん? なにティア? なにか気になった?」


き返され、ライズは言葉に詰まった。


本当は彼女の両親である王や王妃が酷い人間だと文句の一つでも言おうとしていたのだが、ティアに見つめられた瞬間に、何も言えなくなっていた。


出会ってまだ数ヶ月だが、ティアの人となりは理解しているつもりだ。


彼女は本質的に人が傷つくのが好きではない。


それは肉体的なものではなく、精神的なものに限る(荒っぽいことは意外と好きだ。王女のくせに)。


ましてや家族のことを悪く言われたら、いい気分はしないだろう。


(アタシが、気を遣ってる……? こいつが傷つくと思って言葉を選んでいる……? ウソ……だろ……?)


ライズは、自分が他人のことを気遣っていることに戸惑っていた。


これまで人がどう思うかなど気にしたことがなかった彼女は、相手が何を感じようが自分の感情をすぐに口にしてきた。


しかし、今はそれができない。


王の間で感じたことを、思ったことを口にすれば、ティアが傷ついてしまう。


自分にもこんな風に考えられたのか?


こんなことを言われれば傷つくと、他人をいたわる気持ちなんてあったのか?


ライズは、ティアを傷つけないような言葉を考えようとしたことと、自分の中で生まれた新しい感情のせいで、しばらく経っても上手く喋れなかった。


ただティアに見つめられたまま、しまいにはしどろもどろになってしまうくらいだった。


「なんにもないんなら準備に入ろう。今回はさすがに歩いていくわけにもいかないから馬車から見ましょうか」


ティアはライズにそう言うと、部屋から出ていこうとした。


結局ライズは何も言うことができず、彼女の後に続いて部屋を出ることにする。


「武器に興味ある? あなたが使っているような大きな剣はないけれど、この城にも面白いものはあるわよ」


「そ、そうか。でもアタシ、大剣以外使ったことがないからな」


「じゃあ、いろいろ試してみましょう。あなたが自分でも思ってもみなかったしっくりくる武器があるかもしれないしね」


まずは馬車、そして武器庫を回ろうと、ティアは廊下を進んでいった。


廊下では、先ほどもいた貴族や兵たちとすれ違う。


今度は男装をして歩いている二人を目にした彼ら彼女らは、またも奇異な目を向けていたが、やはりティアは気にしない。


ライズもドレス姿ではなく普段着だったので、特に気にならなかった。


だが、それでもまるで腫れ物でも見るかのような、貴族や兵たちの視線は気分の良いものではなかった。


城にいる者らから見れば、王女がおかしな奴を拾ってきた程度のことなのだろうが、それにしても一国の王女に、いや、それ以前に人に向けるような目ではない。


ライズはティアの素晴らしさを知っている。


月日こそ短いが、彼女はこの城にいる誰よりもティアの凄いところを理解していると、向けられる視線に対して睨み返していた。


すぐに目をそらす城の人間たちを、目で黙らせていくライズ。


これ以上そんな目でティアを見ることは許さないと、彼女は戦場で敵に向ける殺意を放っていた。


魔法を使えるのがそんなに偉いのか?


お前たちにティアと同じことができるのか?


彼女は視察で国内を回り、話を聞きながらもその町や村の問題に助言してきたんだ。


適切な言葉を投げかけ、物資が足りないなら王都から送るように言い、税が厳しいなら王へ進言してみるとな。


それをお前たちのような他人を差別する人間にできるのか?


できないことがあると見下すようなお前たちに。


できないだろう。


できるはずがない。


なら、そんな目でティアを見るな。


あまりしつこいと、その首が身体から離れるぞ。


ライズの目には凄まじい怒りと、そんな言葉の数々が含まれていた。


「わかったぜ、ティア」


「いきなりどうしたの? そんな怖い顔して?」


振り返ったティアにライズは言う。


「ようはいくさなんだな、こういうのもよ」

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