07

ティアが顔を上げて話し出そうとしたとき。


王は手をそっと出し、彼女が話すのを止めた。


「ティアよ。そのことに関しては、お前が送ってくれた書簡ですでに把握している。改めて話すこともないだろう」


「ですが、お父さま。義賊団を名乗る組織がいる可能性について、もう少し詳しく話しておきたく」


「もうよい。それよりも、そこにいる者がお前が雇ったという傭兵か?」


王はティアの話を強引に終わらせると、ライズのことを訊ねた。


国境近くの町の酒場で、ティアについていた魔導士二人を打ち倒し、ティア自身が剣を交えてその強さを買った者なのかと。


王の質問に後に、王の間にいたローブ姿の男たちから失笑が漏れた。


それは王の隣に座っている王妃も、傍に立っている幼く見える女性からもだった。


ライズは俯いて絨毯じゅうたんを見つめながらも、どうして彼ら彼女らが笑ったのか理解できなかった。


自分がジニアスクラフト王国の魔導士二人を倒したのが、そんなに面白いのか?


それともその後のティアの行動が笑えるのか?


確かに、ティアがライズにした行動――酒場で揉めた相手を雇うというのはおかしなことではあるが、冷ややかな笑いを向けるようなものではないはずだ。


「はい。今回の視察で一番の収穫があったとすれば、それは彼女です。私はこのライズを得たことを、心から喜んでおります」


その場にいる誰もがあざけるような笑い声を漏らす中、ティアは気にすることなく答えた。


彼女の返事がさらに笑いを誘ったのか、堪えきれず噴き出してしまう者もいた。


ライズは皆の失笑の意味こそ理解していなかったが、内心で苛立ちが止まらなかった。


なんだこの雰囲気は?


ティアはこの国の王女さまだぞと、思わず握った拳に力が入る。


自分の雇い主は、こんな小馬鹿にされる毎日を送っているのか?


そう思うと、ライズはこの場にいる者全員の首を斬り飛ばしたくなった。


礼儀作法など知りはしないが、ここにいる連中には明らかな悪意があり、ティアのことを侮辱する空気がある。


視察とは王族の仕事だろう?


数ヶ月も国内を移動して話を聞いて回り、ティアは王族であるのに野宿までしたんだぞ?


それを、仕事を完了させて帰ってきた彼女にこんな態度を取るなんて、おかしいのはお前らのほうだと、ライズは、まるで自分が馬鹿にされているように感じていた。


「そこの、ライズといったな。顔を上げよ」


身を震わせていたライズに王が声をかけた。


ライズは言われるがまま顔を上げ、その怒りに満ちた目で王を見る。


彼女の顔を見た王はフンッと鼻を鳴らし、その口元を歪めながら言う。


「これからもティアの力になってやってくれ。何しろ娘は魔法が使えんのでな。お主のように自分と同じで、魔力のない者を傍に置いておくと気が休まるのだ」


王はライズと視線を合わせることなく、ティアを気にかけていることを口にした。


その言葉は、先ほどと同じく娘を心配するような内容だったが、ライズにはそう感じられなかった。


まるでティアが自分を慰めるために、犬か猫でも拾ってきたかのような言い草だ。


ライズは堪えるのに必死だった。


ここで暴れたらティアに迷惑がかかると、自分の中で沸き立つ怒りを抑え込んでいた。


「お、王女の意思のままにぃ……」


堪えて出た言葉は、ティアに言われていたものだった。


もし事前に彼女から何も言われていなかったら、無言で引きつった顔をしていただけだっただろう。


「そうか。では、娘をよろしく頼む。まあ、剣の相手でもしてやってくれ」


王はそんなライズの顔など見ることなくそう言うと、ティアに向って言葉を続ける。


「それでティアよ。実は先ほど使者から聞いた話によるとな。国境付近に他国の者が来ているそうで、儂の代理として会ってやってほしいのだ」


「私などでお父さまの代理が務まるのでしょうか……」


「ああ、礼儀正しく賢いお前なら問題なく対応できるだろう。長旅から戻ったばかりで悪いが、明日にでも向かってもらえるか?」


「お父さまにそう申されては……。この不詳の娘ティア、喜んで行かせてもらいます」


ティアが頭を下げながら応じると、王は嬉しそうに笑う。


それは王妃も他の者たちも同じで、彼女が王の代理を引き受けたことを喜んでいるようだった。


「不詳なものか。お前もウィネスも、儂らにとっては自慢の子たちだ。なあ、お前」


「ええ、あなたの言うとおりです。ウィネスとティア二人とも、私たちの何よりも大事な宝なのですから」


王に声をかけられて王妃が答えた。


王妃は言葉を終えると、傍に立つ幼い容姿の女と目を合わせて微笑んでいる。


ずっと王と王妃の傍にいる彼女はティアの妹であり、次女のウィネス·ジニアスクラフトだった。


「ティアよ。お前の母もそう言っておる。もっと自分に自信を持つといい」


「はい。お父さまとお母さまのありがたいお言葉に、身に余る思いです。では、旅支度をしたいので失礼させていただきます」


「うむ。何か問題が起きたら国境にいる責任者に言うといい。すぐにでも早馬を飛ばし、王都へと知らせてくれるだろうからな」


ティアは王から返事をされると、立ち上がって頭を下げた。


それから彼女に続いてライズも立ち上がり、同じように礼をして共に王の間を出ていく。


「……なんなんだよ。なんなんだよぉ、これ……? これが家族ってもんなのか……? それとも王族ならこれが普通なのか……? わけわかんねぇ……わけわかんねぇぞ……」


ライズは王の間を出ると、独り言をブツブツとぼやき続けていた。


そんな彼女を見たティアは、大きくため息をつくと彼女の手を引いて自分の部屋へと戻るのだった。

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