06

――王都へと戻り、昼の城下町を歩くライズとティア。


幸いなことにこれまで野党に襲われることもなく、無事に視察を終えることができた。


活気のある街並みや楽しそうに歩いている住民たちを見ていると、まるで二人の帰還を祝福してくれているように感じる。


「アタシの仕事もここまでか……」


ふと呟くように言ったライズ。


その声には、寂しさが含まれていた。


これまでの彼女の仕事といえば、戦場で敵を斬り殺すような血に塗れたものばかりだった。


雇い主も信用できない人間ばかりで、心が休まることなど一度もなかった。


だが、今回のティアとの数ヶ月にも及ぶ旅は、ライズの傭兵人生にとって、もっとも穏やかでもっとも楽しいものになっていた。


名残惜しくないといえば嘘になる。


しかし、所詮ライズはよそ者で王女であるティアとは生きる世界が違う。


彼女は自分の立場を十分に理解している。


辛くなる前にここで別れるのがいいだろうと、ライズはティアにそう声をかけた。


「何を言い出すかと思ったら……。ライズ、あなたも一緒に城へ来てくれなきゃ」


「はっ? いや、なに言ってんだよ? 視察はもう終わったんだろ? だったら傭兵はもういらねぇ――」


「あなたが欲しいと、私は言ったはずよ。それは、これからずっとって意味なんだから」


白い歯を見せて笑うティア。


そんな彼女を見たライズは言葉を失い、思わず涙ぐんでいた。


慌てて顔を背けて目を擦るライズの手を引き、ティアはいきなり走り出し始める。


「ほら、早く行きましょう。これからあなたがいる場所へ」


「しょうがねぇな……。お前が飽きるまで付き合ってやるよ」


「もうっ、ライズはそんなことばかり言うんだから」


「へっ、どうせアタシは皮肉屋だよ」


手を繋ぎながら、人の目など気にせずに、ライズとティアは騒がしい城下町を駆けていった。


それから門を抜けて城へと入り、ティアの部屋へと入った。


部屋には侍女たちが集まってきたが。


ティアは彼女たちを追い返して、用意してくれた服だけ受け取る。


「さあ、これからお父さまと会うから、あなたも着替えてね」


「はぁ? なんでアタシまで着替えなきゃ……いや、王さまに会わなきゃなんねぇんだよ!?」


声を張り上げたライズの背後に回り、ティアは「フフフ」と不敵な笑みを浮かべる。


そして、急に彼女の服を脱がせ始めた。


ライズは慌てて逃れようとするが、ティアが関節技をかけながら器用に脱がしていくので反抗ができない。


「観念なさい。これも仕事のうちよ」


「おいティア、ふっざけんな!? どこにドレスを着て王さまに会う傭兵の仕事があんだよ!?」


「ここにあるわ。誰が何を言おうと、私はあなたに傍にいてもらうんだからね」


王女の部屋から悲鳴が聞こえてから数分後。


扉からは、王女と呼ぶに相応しい気品を持った女性と、王宮にいる誰よりも背の高い女性が着飾って出てきた。


ティアは銀色の髪に合わせた白いドレスと、碧眼と重なるような青い装飾をつけ、一方でライズのほうは、短い髪に女性らしさを足すためのティアラをつけ、彼女の溢れる情熱を表すような赤と黒の入り混じったドレス姿だ。


それから二人が城の廊下を進んでいくと、城内にいた貴族や兵などが驚いた顔で彼女たちに視線を向けた。


ティアはそんな奇異の目で見られても動じることなく、堂々と歩いていく。


その後ろでは、大きな体を縮こませながら、顔を真っ赤にしたライズが続いていた。


「よく似合ってるわよ、ライズ。ほら、もっと胸を張って背筋を伸ばして。あなたは綺麗なんだから」


「うぅ……。恨むぞ、ティア。こんなの公開処刑だろ……」


からかうように言うティアに、ライズはいつものように言い返すことができず、ただ不満をいうことしかできなかった。


周りからひそひそと声が聞こえる中を進み、二人は王の間へとたどり着いた。


これまで一国の王と対面するどころか、城へと足を踏み入れたことのないライズだったが、今の彼女にはじっくりと城内を見る余裕はなく、できる限り身を隠そうとティアの後ろで俯いている。


「お父さま。ティアです。国内の視察から今戻りました」


扉の前で声を出し、入って来るようにと返事がくる。


王の間へとティアを先頭に入っていくと、そこには並んだ玉座に座る男と女、そしてその傍らにはまだ少女と言っていい女性が立っていた。


さらには玉座から離れた位置には、ローブ姿の男たちが整列するように並んでいる。


その光景を見て、呆けた顔をしているライズにティアは耳打ちをした。


とりあえず自分の動きに合わせて片膝をつき、何か訊ねられたらすべて王女の意思によるものだと答えるようにと。


ティアはそう言うと、王と王妃の前で片膝をつき、ライズも彼女の真似をしてこうべを垂れた。


「お久しぶりだな、我が娘よ。付き添っていた者らが戻ってきたときは冷や汗を掻いたが、問題なく戻ったことを嬉しく思う」


王が玉座から声をかけると、ティアは顔を上げることなく礼を言葉にしていた。


ライズは、自分にも両親がいなかったのでよくは知らなかったが、家族とはもっと気さくに話すものだと思っていた。


しかし、これが王族としては当たり前なのかもしれないと、言葉ではティアを労っていても、少々冷たい感じがする王が普通なのだと思うようにした。


「では、視察で調べた国内で動いている義賊団についてのお話ですが――」

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