05
――ティアの護衛として雇われたライズは、宿で彼女と一泊してからジニアスクラフト王国内を回った。
それは、馬車もなしで二人とも徒歩での旅だった。
当然、次の町や村にたどり着けなければ、野宿をするような移動だ。
しかし、そんな当たり前のような過酷な旅路を、銀髪の王女は楽しんでいるようだった。
夜には火を焚き、食事を用意して、何かあったときのために交代で眠る。
これまで国から国へと渡り歩てきたライズにとっては、代わり映えのない単なる日常だが、ティアがそこにいるだけでなんだか新鮮に感じられた。
ティアは王女というだけあって、火の起こしかたはもちろん、料理もろくにできなかった。
だが、彼女はライズが教える野営での過ごしかたに興味津々で、まるで子どもようだった。
そこには、明らかに体格で勝るライズを倒した、剣士としてのティアはいなかった。
彼女の年齢はライズと同じく二十歳だが、旅をしている最中の王女さまは、実際の歳よりもずっと幼く思えた。
それでも、さすがというべきか。
視察での町や村にいた貴族や村長など、権力者との面会時では実に堂々としたもので、確かな風格を見せていた。
剣士としての彼女。
無邪気で幼く笑う彼女。
そして、威圧感すら放っている王族としての彼女。
ライズは数日間、数週間ティアと過ごしていても、未だにどれが本当の彼女なのかわからないでいた。
多くの人間が一本調子――いや、表と裏があることを、ライズは知っている。
打算を抜かした違った面があるとしても、せいぜい仕事で見せるときの顔と、心を許している相手への態度くらいのもの。
それは、本来は多面体であるはずの人間が、成長するにつれて見せたい自分と楽でいられる自分を行き来するからだ。
実際、ライズもそれは同じだった。
傭兵として、十代の頃から血生臭い戦場で生きてきた彼女は、ろくな教育を受けていない。
文字の読み書きすらできない。
だがどうしてだか、ふと人間や世界についてなど、答えが出ないことを考えてしまうことが多かった。
「なあ、あんたって……」
「うん? どうしたのライズ?」
「いや、なんでもない……」
何度もティアに訊ねようとしたが、どう訊ねればいいかわからないまま彼女との時間は過ぎていった。
そんなことを考えながら国内を回っているうちに、ライズはあることに気がついた。
それはティアを見る他の者たちの目だった。
対面したときこそ多くの者が彼女の放つ威圧感に圧倒されてはいるものの、どこか彼女のことを見下しているような、軽んじているような様子が、ライズには感じられた。
数十回は過ごした夜の中で、ライズはふとその違和感についてティア本人に訊いてみた。
すると彼女は、少し自嘲を含んだ笑みを見せながら言う。
「ああ、それは当然よ。だって、私には魔法が使えないから……」
彼女が生まれた国――ジニアスクラフト王国では、基礎的なリテラシーが身につけられる村落学校があるほか、貴族の子弟向けの学校も存在する。
そういった制度があるため、誰もがまともな教育を受けられる。
ジニアスクラフト王国に他国と違いがあるとすれば、それは先にあげた教育制度以外に、魔法教育にも力を入れているということだ。
この国に住む者は、大なり小なり魔法が使える。
それこそ大人から子どもまで誰もがそうだ。
ジニアスクラフト王国の社会制度には、貴族階級と平民階級が存在し、魔力が高い能力者が貴族階級に多いため、魔力が低い平民階級への差別が存在する。
それはそのまま能力主義となり、貧富の差に繋がっている。
そんな文化の中、生まれつき魔力がなかったティアには、どんなに魔法を学んでも小さな火、風の一つも吹かせられなかった。
王族なのに。
将来は国を背負って立つべき立場だというにだ。
さすがに国の主の娘であるティアが身分を落とされることなどなかったが、彼女が魔法を使えないということを知る者の多くは、能無しだと王女を見下している。
話を聞いたライズは、妙な納得感を覚えた。
どうして王女であるティアが、あそこまで剣の腕が立つのか。
どうして若いながらも、権力者を相手に一歩も引かない威圧感を放ってるのかを。
それは、すべて魔法を使えない自分を守るため、ティアは強くなるしかなかったのだと。
ライズは、どうして他人を信用しない自分が彼女に惹かれていたのかを理解した。
ティアも同じなのだ。
相手に舐められないように精一杯強がり、弱いままではいられなかった。
王族のティアと、両親の顔すら知らないノラ犬のライズだったが、その一点だけが共通していた。
そう――。
ライズがティアに惹かれていたのは、周りの評価に押し潰されないように、必死で生きている彼女に自分の姿を見ていたからだった。
きっと物心ついてから心が休まる日などなかっただろうと、ライズはティアの半生を考え、まるで自分のことのように胸が痛んだ。
「あなたって勘がいいのね」
「あん? なにがだよ?」
「なんか魔法が使えないって言っただけで、私のこと、すべて見られちゃった気がする……。頭は悪そうなのに」
「悪かったな、バカで」
視察での最後の町で宿を取り、二人は互いに笑みを交わしながら、その夜は朝までワインを飲み明かした。
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