02

――町へとたどり着いたライズは、酒場を探していた。


彼女は手持ちの硬貨を数えながら、襲ってきた三人の盗賊から金目のものを奪っておけばよかったと後悔している。


しかし、そんなこともすぐに忘れて、町の中を呆けて眺める。


道を歩く民たちは皆が笑顔でいて、町の治安は良さそうだ。


そして、舗装されていない道やレンガや石ではなく木造の建物が並んでいることからして、ここは国から離れた町になるのか。


もしここが首都近辺ならば、当然身分の高い者や稼いでいる商人もいるので、木造の建屋はあまりないはずだ。


こんな田舎町では傭兵として仕事にありつけそうになかったが、ライズはとりあえず食事をしてから考えようと硬貨の入った袋を荷物にしまった。


しばらく歩き続け、ようやくそれらしい店を見つける。


樽が看板の店が酒場なのはどこの国でも同じだなと、ライズは店の扉を開けて中へと入った。


まだ陽が高いというのもあってか。


店に客の姿はなかった。


ライズはむしろ貸し切りだと気分をよくして、店のカウンター席に腰を下ろす。


「誰かいる? とりあえず肉と酒を出してよ」


誰もいない中で声をかけると、奥から店主の男が出てきた。


男はライズの姿を見ると、無愛想に口を開く。


「お前さん、よそもんだな。金はちゃんと持っているんだろうな?」


ライズのことを警戒しながら、店主は苦い顔をして訊ねた。


それも当然だと言える。


いきなり客のいない真昼間から、大剣を背に収めたガラの悪そうな女が店に来たのだ。


しかも身長が180cm近くあってここらで見ない顔とくれば、たとえどんなに人の良い店主でも疑ってかかるだろう。


「金ならあるよ、ほら。だから肉と酒を出して」


ライズは硬貨の入った袋をテーブルに出すと、その中身をぶちまけた。


銀貨と銅貨がテーブルの上を転がり、店主が手に取ってそれを数え始めている。


それから確認を終えると、ちょっと待ってなと言って店主はまず赤ワインの入った樽型のコップを出した。


その後、店主は店の奥へと消え、ライズは店内に一人残される。


奥の部屋から肉を焼く音が聞こえ、外はなにやら人々の声が騒がしかった。


からっぽの胃にワインを流し込みながら、ライズは何かあったのかとテーブルに突っ伏していると、店内に人が入ってくる。


「ティア王女さま、いけません! ここは平民が食事やアルコールを楽しむところで、あなたのような方が足を踏み入れるような場所ではないのです!」


「いいじゃないですか。幸い、他のお客さんはほとんどいないようですし。ここで食事を取ることにしましょう」


ライズは酒場の出入り口のほうへ視線を動かすと、そこには銀色の髪と青い瞳を持った女性が二人の男を連れて立っていた。


彼女の切れ長の顔立ちは、冷たさを感じさせつつも同時に高貴な雰囲気を放っている。


王女さまと言ったか?


ライズはワインの影響で思考がぼやけていながらも、彼女たちの会話からその単語だけは聞き取っていた。


魔法国家ジニアスクラフト王国の王女さまが、こんな田舎町でなにをしているのか?


少し気になったライズだったが、今は何も行動する気にならず、とりあえず食事を終えてから王女の一行に声をかけようと考えていた。


お付きの二人がため息をつきながら、王女に続いて店に入ってくる。


ティアと呼ばれた王女は細身の剣を腰に帯びているが、お付きの二人の男は武器を持っていなかった。


ローブ姿からして魔導士か何かなのだろうが、護衛というには頼りなく見える。


お付きの二人は店主に話があったようで、ティア王女を奥のテーブル席に座らせると、カウンターへと近づいてきた。


「誰かいるか? 仕事中にすまないが、少し話がしたい」


店主は奥の部屋から、丁寧な口調で声をかけるお付きの男に向かって返事をした。


今は手が離せない。


もうすぐそちらへ行くから少し待っていてくれと。


お付きの二人は、苦い顔をしながらしょうがないと口にすると、カウンター席で突っ伏してワインを飲むライズに気がつく。


「失礼、剣士殿。唐突だが、あなたはこの町の人間か?」


声をかけてきたお付きの男に、ライズはだらしない姿勢のまま答えた。


この町どころかジニアスクラフト王国へ来たのも最近で、今はやっと見つけた店で食事を取るところだと。


ライズの返事を聞いたお付きの二人は、ひそひそと耳打ちし合うと、彼女に向かって言う。


「そうか、別の国から来たのか。旅の休息中に大変申し訳ないが、とある事情があり、我々は今からこの酒場を貸し切ろうと考えている。もちろん先に店にいたあなたに悪いので、それ相応のお返しはさせてもらうつもりだ」


「あん? アタシを店から追い出すつもり?」


「結果的にはそうなってしまうが、今言ったようにそれ相応のお返しを……」


「つまり金はやるから出てけってことか?」


ライズはカウンター席から立ち上がった。


背の高い彼女が、お付きの男二人を見下ろす形になる。


驚いて思わず後ずさりする男二人に、ライズは声を張り上げた。


「ふざけんなよ、バァーカ! アタシはメシの時間を邪魔されるのが一番嫌いなんだ!」

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