第五話「嘘吐きは忍従の始まり」



 4月26日(金)


 今日も今日とてそんなに書くことがないので、この間考えたことについてでも記すとしよう。

 そういったものでもこうして文章として残しておけば、私という人間がどんななのか読み解く鍵の一つにはなる気がする……ので、取り敢えずものは試しに書いてみようと思う。



「この間考えていたこと」というのは、昨今の創作物の内容について、である。

 単刀直入に言ってしまえば、最近は「死」に関するものが多い、ということだ。

 ハッピーエンドだろうとバッドエンドだろうとトゥルーエンドだろうとメリーバッドエンドだろうと、兎に角「死」が絡む。


 幸せな死、悲劇的な死。

 望まれた死、望まれぬ死。

 生前、死後、遺した人、残された人。


 ミステリ辺りの、物語の構成要素に「被害者」が必要な話であればまだ分かるが、それにしたって昨今の創作物では矢鱈と「死」が絡んでくるような気がしてならない。

 かつての殺伐とした時代に比べて、現代では「死」を身近に感じる機会は少なくなったとは思うが、それでもテレビなどを見れば現在進行形で世界は死に溢れていることを実感できる、と私は思う。

 毎日人知れず多くの人間が死んでいるわけだし、戦争のニュースなんかを見ればそれが事実として確認できるわけで、ある意味刀を振るい合っていた時代よりも死を身近に感じることができる時代なのかも知れない。

 仮にそうだとして、何故「創作」の世界でもそんな方向に話が進んでしまうのだろうか。 

 ……なんてことを考えていた。

 そこで、私が思い至った一つの仮説がある。


 それは死というものが「気軽に手に入る高尚」だから、という説だ。

 

 ここで言う「気軽さ」はあくまで創作の中の話であるので、あくまでもそれを念頭に置いて続きを読んでいただきたい。


 人々というのはいくら取り繕ったって死ぬのは怖いし、大切な人が死ぬのは悲しいことだ。

 サイコパスや薬物中毒者はさておき、これは多くの人間に当てはまる普遍的な事項である。

 詰まるところ、死に関する話は他のテーマに比べて容易に読み手の感情を動かしやすいと言えよう。


 現実主義者にファンタジーものは読んでもらいにくいだろうし、ファンタジー好きに矢鱈と現実に即した話をおすすめしてもあまり興味を持ってはもらいにくいことだろう。

 しかしそこに「死」というエッセンスを加えた途端、どうだろうか。

 少なくとも元の話よりは読み応えのあるものになる──と私は思ってしまう。


 無論、それが悪いこととは思わない。

 現に需要があるから供給が増えるのだろうし、現実で体感し辛い体験だからこそ創作物から摂取するのは至極当たり前のことで。

 ただまぁ、そのせいで創作物における「死」という概念が、若干俗的なものになりつつあるように思えてしまう、というだけの話。

 高尚なのに俗っぽい、なんて正に矛盾に他ならないが、そんな二律背反が共存している節が今の創作物にはあるように感じる。


 ……なんて、そんなことを考えていた。

 正直別に不快にも思わないし推奨したいとも思わないが、何故そうなったのかを考えた時、もしかしたらそんな理由があるのではないかな、と思った。

 

 ここで私の身体を心配してくれた君。

 ひとまずお礼を……といきたいところだが、幸い私は「死」に直面しているような存在ではない。

 中学の時はお世辞にも元気な状態とは言えなかったが、今は身体も成長してある程度安定もしている。

 突然ひっくり返ってお陀仏……なんてことはない、と願いたい。


 何が言いたいのかというと、決して先ほどの文章をセンチメンタルな気持ちで書いたというわけではない、ということである。

 加えて先述したように、人知れず死んでいく人間なんて毎日山ほどいるのだから、私という人間の死を多くの人に認識してもらうことなんて到底難しい話だし、されたところで死後の話なんてものはそれこそ私が認識できやしない。

 つまり気にしたって無駄だから、これはただの昨今の創作物に対する所感に過ぎないのだと理解してほしいのです。


 さて、ひとしきり語って、いや書き記して満足したところで、今日あったことでも書くとしよう。

 大して面白みのない話と、嬉しい話が一つずつ。

 以下、日記パートになります。




 まず、つまんない話の方から。


 高校生活も3週間目となると、流石に話す人も増えてきた。


 まず、夏希の後ろの席の加藤かとう星羅せいらさん。

 現代チックな名前に違わず明るい性格で、結構はっきりモノを言うタイプ。

 陽キャグループとはまた別の一派の長を務めており、3人の手下を従えて日中は過ごしている模様。

 ……いや、普通に仲良し4人グループでいつも行動しているようである。

 ちょっとそう見えただけで、至って普通の優しい女子、多分。

 夏希とは席が近いのもあって、たまに二人で談笑している姿を見かける。

 授業で一人寂しくしてないか心配であっただけに、これで一安心。


「私、意外と本読むの好きだよ。ミステリとか!」とは、本人談である。

 なるほどこれは気が合いそうだと一人頷いていたら、華恋から寂しそうな目で見られてしまった。

 大丈夫、一番の座は余程のことがない限りは変わらないから安心して欲しい。



 二人目は、斉藤。

 名前は不明。


 こいつは私の左隣のもう一つ隣の席にいる男子で、もう一人の苗字すらわからない男子とゲームの話をしているところに私から話しかけた。

 話しかけたというか、つい参加してしまったと言うべきか。

 私が好きなゲームの話だったので、我慢できずに突撃してしまったのだ。

 お察しの通り私は生粋のインドア派であり、となれば当然の如くゲーム好きであって、最早衣食住の新たな仲間として迎え入れたところで何の違和感も生じないほどに私の生活に浸透していると言っても過言ではない存在といえよう。


 しかし事実として、あまりゲームが好きな女子はそう多くはない。

 いたとしても「可愛いパズルゲームや無人島でのんびり過ごす系のゲームが好きです」なんて温室育ちのお嬢様が多いのだ。

 モンスターをハントするようなゲームが好きな血生臭い女子は、一昔前よりは増えたかとは思うが、実際数えてみればそれほどに違いない。

 そんな話ができる友人を無意識のうちに求めていたのだろうか、身体が勝手に話に混ざろうと動いてしまったのだ。

 確かにオンライン上で繋がっていた友人も沢山いたが、今となっては数人残った程度であって、大半はリアルが忙しくなったせいか碌に浮上しなくなってしまっている。


 と、斉藤の話であったか。

 言うて特徴のない平々凡々な人間で、ゲーム好きな点以外に特に記憶には残らない系男子といった印象である。

 それでも私にとっては貴重な存在には違いなく、今日は合計でも15分くらい話したような気がする。

 今度新作が出たら一緒にやろうと約束もしたし、斉藤と話していたもう一人もゲーム好きのようなので、当分はゲーム仲間には困らなそうである。



 そして、後ろの席のオセロ。

 白い上半身、黒い下半身、映える濃い緑のバッグ。

 まるでオセロの精のような彼の苗字は萇崎へごさきというらしい。

 例によって下の名前は微塵もわからないし、仮にどこかで目にしていたとして、苗字の微妙な珍しさによって掻き消されている可能性が高い。

 私が初めて会話した本校の生徒でもある。


 オセロはいつも無気力そうな顔をしており、ガヤガヤしたグループの中心にいるかと思いきや、1人で廊下をブラブラしていたりとなんだか特徴の掴めないヤツである。

 話すようになった経緯は……なんだったかな、よく覚えていない。

 記憶にない=大した話ではないということだろう。


 そんな感じでつまらない話の方はおしまい。

 嬉しい話とくればそう、華恋と夏希との話である。

 やはり持つべきものは気兼ねなく付き合える友人だと、ここ1週間で改めて思い知らされた気がする。

 ではその内の一端を、いつもの小説風にお届けしよう。




 それは、一つ後ろの席での話だった。


「なぁ、ゴールデンウィークどっか行こうぜ」


「んー……別にいいけど」


 萇崎がモブクラスメイトに話しかけられていた。

 GW、どっか行こうぜ、と。


「女子達も誘ってさ、な!」


「おー」


 友達とのお出かけ。

 中学時代の後半を虚無に過ごした私にとって、憧れのワードの一つ。

 当の萇崎は全く持って興味がなさそうだけど。


「どこいく?」


「どこでもいんじゃね」


 呆れた。

 なんという無気力さ。

 思考を放棄した人間の末路を見ているようだ。

 私であれば候補など湯水の如く湧き出て仕方がないというのに。


「ま、考えとけよ」


「おう」


 結局なんも進展していないのと同じ。

 男子という生き物は大抵こんなものなのだろうか。


「綴ちゃん?」


 と、聞き慣れた声が掛かる。


「あっ、ごめん。ぼーっとしてた」


「その、体調悪かったらいつでも言ってね」


 優しい。

 さりげない優しさが染みる。


「ありがとね。最近は安定してるから大丈夫」


 それにしても。


「それでね、それらしい服屋さんに行ってみたんだけど」


 お出かけか。


「わたし、あんまり背が高くないでしょ?だから似合うものも似合わないっていうか」


 お出かけ……


「だからね、よければ今度一緒に──」


「ちょっと、2人とも」


 と、聞きなれた声がもう一つ。


「夏希だ」

「夏希ちゃんだ」


 夏希が机の上に手をドン、と置いて言った。



「ゴールデンウィーク、どっか行くよ」



 こやつ、エスパーか?



「あ、そうだね。みんなでどっか行きたいね」


「華恋は決定ね。綴は?」


「あっ、お供させて下さい」


「変な言い方しなくていいから。決定ね」



 随分とあっさり決まった。

 女子特有のスピード感、ありがたい。



「で、どこ行く?」

「わたし、あんまりお出かけの場所とか詳しくないよ」

「2人が一緒なら墓地とかでもいいよ」

『…………』

「じょ、冗談だって」

「とりあえず横浜とか行ってみる?」

「横浜かぁ。わたし、小さい頃に変な人に話しかけられたきりかな……」

「私が2年間入院してた病院があるよ」

「どう反応していいかわかんないって……」

「横浜って何があるの?」

「服とか、映画館とか、逆にないものの方が少ないくらい」

「じゃ夏希のオススメスポット巡りは?」

「あ、わたしもそれ気になる」

「それじゃ面白くないでしょ」

「詳しい人の案内があれば効率的に回れるし」

「夏希ちゃんが普段どんなところに行くのかも気になるな」

「えぇー、後で文句言わないでよ?」

「絶対言わないよ」

「夏希おすすめの墓地でも文句言わないよ」

「……墓地、好きなの?」

「華恋、もうスルーしていいから。それと、全部私のオススメじゃちょっとアレだから、1人ひとつ行きたい場所決めてくること」

「了解です隊長」

「あ、うん。わかった」

「何日にする?」

「29が休みだから……日曜日とか?」

「でも中日だから混んでそうだね」

「まぁ月曜日でもいいかな。次の日から3日行けばまた休みだし」

「了解です隊長」

「うん、早めに帰れば安心だね」

「よし、じゃあ──」


 と、そこで始業のチャイムが鳴った。


「そういうことで。1個考えといてね」

「うん、ありがとう」

「またあとでねー」


 有能すぎる議長のおかげで、残りの事項も一瞬で決定してしまった。

 今時の女子高生はみんなこんな感じなのだろうか?

 やたらと会議を開きたがる上司、いつまで経っても決議を取らない話し合い。

 形骸化した会議を在るべき姿に戻す鍵を握るのは、ひょっとするとJKという存在なのかもしれないな、なんて思った朝だった。


 というわけで、4月29日月曜日。

 横浜に行って参ります!





 因みにその日の放課後は、私の家で3人で計画を詰めるなどした。

 無論話し合ったことはそれだけではないが、詳しい内容に関しては秘密である。

 一つ言えることがあるとすれば、その話し合いは大変に有意義であった。

 得てして重要な会議や会談なんてものは、参加者以外には結果しか伝わらないのものなのだ。

 当日の巡る場所が決まったことだけ読者諸君は知っておいてくれれば良い。


 さて、次回は恐らくお出かけの内容になるだろうが……。

 兎に角、無事に楽しんで帰って来れることを、私自身心から願っている。



 ただそれだけだ。




        ******




 29日の大まかな計画を立てた、その日の放課後。

 いつものように綴の席に3人で集まっていた。


「今日はどこ行く?」


「残ってるのは運動部と……あと文化部だと写真部とか?」


「あとは文芸部とか、生徒会は後少し先みたいだけど」


 この時間になると、綴の様子が少し変になる。

 

「今日で部活動見学も終わりだし、そろそろどこにするか決めた方がいいのかもね」


 綴ちゃんは?と華恋が声を掛けた。


「ん?あ、ごめん。なんの話だっけ」


「部活の話。何ぼーっとしてんの」


 今週から部活見学週間ということで、放課後になると3人で各部活動を見て回っていた。

 初めは綴も楽しそうな様子が大半だったけれど、後半になるにつれ露骨にテンションが下がっているのが見て取れる。

 今日なんか特に、といった様子。


「ねぇ、なんかあった?」


 思い切って聞いてみた。

 以前の自分だったら、多分このまま放って終わりにしていたと思う。

 そう考えれば、他人に興味がなかった中学時代から、私も少しは変われたのだろうか。

 なんて思っていると、綴が力無く笑いながら言った。


「私、部活入んないことにするよ」


 やっぱり。

 まぁ、そんな雰囲気はしてたけど。


「えっ。あ、そっか。うん、そういう選択もなくはないよね」


 と、華恋は「仕方がない」といった様子。


 でも、私からすればどこか違和感があった。

 これだけ散々見て回っておいて、この反応。

 勿論、


「どれも気に入らなかった?」


 という可能性もある。

 けれど、


「いやそんな、凄かったよどこも」


 と綴は言う。

 そしてこれは多分、本音の一部なのだろう。

 週の前半の反応から見て、何一つ気に入らなかったなんてことはないとは思いたい。

 じゃあ、


「どうして入らないの?」


 とも、思った。

 口に出してしまったので、思っただけで終わらなかったけど。


「いや、別に……」


 綴が困っているのが分かる。

 でも、何か悩みがあって入部を諦めているようにしか見えて仕方がない。

 だから、流石にしつこいとは思ったけど、最後に一言付け加えた。


「まぁ、後悔しないならいいんじゃない?」


 綴は少し驚いたような反応をした。


「……あはは」


 それから、力なく笑うのだった。

 我ながら意地悪だな、と思う。

 でもこれで多少素直になってくれたらいいなって、そうとも思ったから。


 でも多分、そうはならなかった。



「後悔かぁ」



 そしてそれは、思ったよりも深い場所に触れてしまったみたいで。


「うん、やっぱ入んない。帰宅部が性に合ってそうだよ、私には」


「そうかな……?わたしは綴ちゃんに合う部活なんて沢山ありそうだと思うけど……」


「いいの。しっかりと天秤にかけて選んだってだけだから」


「そっかぁ」


 綴は勢いよく立ち上がって、快活に笑った。


「ほら、行った行った!折角の最終日、後悔のないように見て回ってきなよ」


 今は多分、もうこれ以上は意味がない。

 それを悟らせるには十分な笑顔だった。


「……そ。華恋、行こっか」


「あっ、うん。じゃあ、またね……?」


 身体を反転させ、教室の扉へと向かう。


「どこ入るか決まったら教えてねー」


 綴は手をひらひらと振りながら、教室から出ていく私たちを見送ってくれた。

 私は少し意地になって、スタスタとその場を後にする。

 その時の綴の表情が気になったけれど、結局は一度も振り返ることもなく廊下に出た。



        ─・・・・─



 教室から出て5分くらい経った時のこと。


「ねぇ華恋」


「なぁに?」


「もうどこ入るか、決まってる?」


 聞かれて、華恋はうーんと腕を組んだ。

 どんな動作も、華恋がやれば可愛らしく見える。

 綴が休んでいた期間、私を孤立から救ってくれたのは華恋だった。

 綴が倒れた次の日、お昼に誘ってくれたことは今でも感謝している。

 綴曰く、この子は何か庇護欲を掻き立てられるような何かを持っているのだそう。

 以前はただ優しい子だとしか思わなかったが、よく話すようになってから綴の言っている意味が少しわかってきたような気がした。


「えっとね、家庭科部とかいいかなって。女の子らしいことが出来るようになれば、わたしの将来性もちょっとは……って。なんて」


「じゃあ私もそこ入る」


「えへへ……って、え!?」


 家庭科部は、正直なくはない。

 自分の中でも候補に挙がっていたし、華恋と一緒なら少なくともつまらないなんてこともないだろう。

 おまけに私の勝手なイメージだけど、料理好きや裁縫好きには優しそうな人が多そうな気がする。

 そこならきっと、私の修行環境にぴったりに違いない。


「えっと、別に私に合わせなくても……」


「いいの。私もそこがいいと思ってたから」


「えぇ、ほんと……?」


「じゃあ、もう見学とか行かなくていい?」


「えっ、まぁ……。見たいところは昨日までに全部行っちゃった感はあるけど」


「そ、じゃあ帰ろ」


「えっ、帰るの!?」


「きっと、今なら追いつく」


「え……。──あっ!」


「行くよ」


「えっと、うん!」


 180度方向転換し、階段へと向かう。

 人の少ない放課後の廊下を、小気味良い二人分の足音が鳴る。

 窓からオレンジの斜光が差し込み、私たちの行先を照らしているようにも思えた。


 なんだか心地いい。

 友達のためにこうやって行動できる自分が誇らしい。

 私はこんなことだって出来るんだぞ、と過去の私に言ってやりたい気分。



 周りにこれだけ関心を持つことができていれば、きっとあの時だって──



「夏希ちゃん、綴ちゃんの靴もうないよ!」


「わかった、急ごう」



 まぁ、今が楽しいからいっか。

 所詮、過去は過去。

 過ぎ去ったものばかりに目がいってしまっては、大事な今を見落としてしまいかねないから。



「ははっ」



 小さな笑いを漏らしながら、勢いそのままに校門を抜け、なだらかな下り坂を二人で駆けていった。

 



        ******




 帰り道は、この坂のことも少しは好きになれた。

 友達と一緒に帰れて、人通りもそこまで多くなく、おまけに緩やかな下り坂なので息も安定する。

 時間的にも涼しい風が通り抜け、3人で今日あった出来事を振り返るのが毎日の楽しみだった。

 


 だけど、今日は一人。

 逃げるように校舎を後にして、気付けば駅まで残り半分の場所まで来ていた。


「はぁ」


 いつもの癖に従って、今日の出来事をメモにまとめる。



        ─・・・・─



 ⭐︎超楽しみ⭐︎

 GW、3人でおでかけ

 横浜 確か電車で一本?

 行きたいとこ1個決めとく←今夜やる

 夏希先導、はい隊長!とか言った気がする

         墓地の話はスルーされた


先生からテストの話 割と近いらしい

いつだったっけ 要確認


            斉藤と新作の話

    斉藤?斎藤? ←どっちでもいいや

 

  萇崎と授業でペアに

 色々と無関心なヤツ、でもイジるとキレそう

 金持ってるからクラスの奴らにたかられてる

 疑惑があるので、今後はそこに注目!

 そういえば最初にGWの話してたのコイツらだ

 「たかる」の漢字調べたら「集る」らしい




     一応、部活には入ら




       ─・・・・─




「…………」


 

 書きかけて、途中でやめた。

 

 入らないのなら態々書き残す必要もない。



「はぁーあ」



 今日もなんだか惨めだった。

 情けなくて、自分が嫌いになりそう。

 あの二人には正直になってもいいような気もするが、では二人が気にしなかったとして一番気にするのは結局自分だ。

 面倒ごとや悩みの花を開花させないためには、そもそも種を蒔かないに尽きる。



「……帰ろう」



 これから二人は部活の日が増えて、一緒に帰れる日が減るのかな。


 二人はなんの部活に入るんだろう。


 一緒の部活かな。


 二人でペアになって、新しい友達もできて。


 部活であったことを二人で話しながら帰って。


 朝は、放課後の話になりがちになったりして。




 私、会話の邪魔にならない?




「あー……」

 

 こういう自分が、キモいなって思う。

 だったら部活に入れば良いのに。

 入らないならそれはそれで、素直に話せば良いのに。

 そんなこともできないなら、最初から期待しなきゃいいのに。


 

「はっ、はっ……」



 気付けば、息が切れていた。

 無意識のうちに早足になっていたようである。

 後ろから二人が追いかけてきてくれたらどんなに嬉しいだろうと思いながら、結局逃げるように坂道を歩いた。


 内心と行動、両者に矛盾を抱えて、転がるように残りの坂を下り、勢いそのままに改札へと突っ込む。

 息を整え、視線を前に向けたとき。


『薄場行き、間も無く発車いたします』


 丁度、目の前にはお迎えが来ていた。


 まるで図ったかのようにドアが開いている。

 大きく口を開けて、今にも私を呑み込もうとしているようで。

 あと10歩ほど歩けば、あとは勝手に最寄り駅まで運んでくれる。

 いくつかのチャンスを置き去りにして。



 ここで乗らなかったら、もしかしたら。



『ドアが閉まります、ご注意下さい──』



「…………」



 私は、




        ******




「あっ、つーちゃん!」


 教室のドアを開けると、様々な種類の視線がぶつかってきた。


「大丈夫!?」


「あっ、うん。ほら、大丈夫」


 腕を広げて、健康アピール。


「良かったぁー。私、すごい心配しちゃった」


「ほたるが『死んだらどうしよー』っずっと煩かったよ」


「ギリ生還した」


「ま、生きててよかったよ」


 二人は優しかった。

 それぞれちょっと違った優しさだったけれど、その日もいつもと変わらず接してくれた。


「お、なんだよ、元気そうじゃん」

「まぁ私、しぶといからさ」


「おはよ。体調大丈夫?」

「まぁ、ぼちぼち?」


「おぉ、来れたか。みんな心配してたぞ」

「はい、ご迷惑をおかけしました」

「お前のせいじゃないんだから、そう凹むな」


 クラスの大半の子達も、先生も同様に優しかった。

 一部、多分私のことを恨んでそうなヤツもいそうだけど。




 昼休み。

 少し早めに図書委員の仕事から戻り教室に入る。


 教室の後ろのロッカーから5時間目の教材を取り出そうとして、すぐ近くの会話が耳に入ってきた。



「私さ、今回の班 新庄くんと一緒だったんだよねぇ」


「んー……。まぁアレはしょうがないんじゃない?中止になったわけじゃなかったし」


「だからって高速で倒れなくてもよくない?2時間ロスってさぁ。そのせいで最後の景色いいとこ行けなかったんだから」


「そんなこと言ったら私だってタワー行けなかったし」


「でしょ?そんで登校して新庄くんにまで心配されちゃってさ、なんかウザーって感じ」


「あんたほんと新庄好きだね」


「てかアレ嘘だった説あるかもね。日向って超インドアらしいし、校外学習とか嫌いそうじゃん?

息苦しいフリすればいけると思ったんじゃね」


「マジ?あれ演技?やばぁ〜」


「てか私がもしあんな感じだったらそもそも校外学習も休むし、部活とか委員会とかもやらないんだけど。図書委員だって結構人に任せがちでしょ、アイツ」


「まぁね…………ぁ」


 横目でそれを見ていたら、片方と目が合った。

 すぐ顔を逸らされたが、一瞬とても嫌そうな表情をされた。

 私はどんな目をしていたのだろうか。


「なに?どした──」

 

 遅れて、もう片方が私の存在に気付いたらしい。

 その時には私は既にロッカーの中身に視線を戻して、必死で涙が溢れるのを我慢していた。

 気にしていないフリをして、次の授業に必要のない教科書を意味もなく取り出そうとして。

 そんな自分が情けなくて、心許ないダムはすぐにでも決壊しそうだった。



「あー、ごめんって」


「…………」


「あー……。はぁ、だる」

「……ちょっと」



 コイツらによく思われていないことは以前から知っていた。

 実際変な噂も流されたことだってあるし、陰口だって日頃から垂れ流していると友人からのタレコミもあった。

 何を食べて成長すればこんな無神経な生き物が出来上がるのか、不思議で仕方ない。

 思っただけで、口から出ることはなかったけれど。



「ほらぁ、私たち羨ましかっただけなんだって。校外学習とか結局だるかったし、休めて羨ましいって話」

「そうそう、日向さんも結局元気そうだし良かったじゃん」

「私も次の持久走ふらっとしてみたりしてさ」

「アンタはバレるって……」



「…………」



「え、なに?……こわ」

「もう、アンタが余計なこと言うからでしょ」



 気付けば立ち上がっていた。

 それから何をしてやろうとか一切考えていなかったので、10秒くらいそのまま棒立ちだったと思う。

 それから、「はぁ……」とあからさまな溜め息が聞こえた。

 


「あのさぁ」


 女が口を開く。


「先に迷惑かけたのはそっちじゃん?」


「ちょっとやめなって」


 女が一歩前に出る。



「逆ギレはダサくね?」



 瞬間、私の中で何かが音を立てて千切れた。




        ─・・・・─



「ほたるちゃん!梨花りかちゃん!」


 とてとてと一人の女子生徒が廊下を走って2人の女子生徒の元へと駆け寄った。


「なに、どしたの!」

「そんなに慌てて」


 走ってきた女子生徒は胸に手を当てて、軽く息を整えてから言った。


「綴ちゃんが暴れてんの!!」


 二人は顔を見合わせて、片方は大声を上げ、片方はため息と共に呟いた。


「それほんと!?」

「ダメだったか……」


「とにかくちょっと来て!!」


 くるりと後ろを向いて再び走り出した女子生徒の後を二人は追った。

 


        ─・・・・─



「じゃあお前の心臓 寄越せよ!!なぁ!!」


「離せよ、このっ……!!」


「ちょっと、もうやめなって!私も悪かったから!」



 二人が教室に着くと、直ぐに教室の端の惨劇が目に入った。

 友人が女子生徒Aの胸ぐらを掴み、女子生徒Bが仲裁に入る形で二人を引き剥がそうとしている。

 

「ほたる、止めるよ」

「わ、わかった!!」


 騒ぎをぐるりと囲むようにできた野次馬の壁を押しのけ、友人の元に向かう二人。

 

「どいてー!!」

「チッ、ホント邪魔……」


 人だかりに難儀している間にも、騒ぎが大きくなっていくのがわかった。

 そして視界が開けた先で、先ほど胸ぐらを掴んでいた友人の手は今度は首元に添えられていた。


「ほら、そんなに羨ましいんだったら体験させてやるよ」


「い、ぐ……ぇ……」


「このままトんで!大好きな新庄にでも心配してもらえよ!!ほら!!!」


 火事場の馬鹿力によって首を絞められた女子生徒。

 窓際に押し付けられ、その意識が一瞬くらりとした時。


「おりゃあっ!!」


 首を絞めていた両手は、勢いよくやってきた少女によっていとも簡単に解かれたのだった。


「かはっ」


 解放された女子生徒はそのまま床にへたり再び呼吸を始め、引き剥がされた少女は息を切らしながら首を締めた相手を見ていた。


「ぅえっ、はぁっ、はぁっ、はぁ──」


「ちょい、しっかりして!」


「コイツ、まじざけんなよっ、はぁ、はぁ」


 呼吸もままならないまま立ち上がった女子生徒は、勢いそのままに自分の首を絞めた相手へと向かい、思い切り手を上げようとして──


「ダメ!」


 その手を、強い力で止められた。


「なんだよ、離せよ!!」


「これ以上はダメったら!」


「いた、いたたたたたいたいいたい!!」


「あっ、ごめん!」


 首の次に手首を締められた少女は、痛めた箇所をもう片方の手で押さえながら、結局再度窓際の壁にもたれ込んだ。


「ふぅ。つーちゃん、大丈夫?」


 振り返り、友人の様子を確認する。


「……ぃ」


 突如静かになった教室の端で、ふと小さな呟きが漏れた。

 

「綴、なんて言った?」


「……もう、いいの」


 どす黒く染まった瞳から透明な涙を流し、少女は友人に背を向ける。

 そしてそのままふらふらと教室を出て行こうとして。


「つーちゃん」

「どこ行く気?」


 友人の背中に、二人はそれぞれ声をかける。



「……ほっといて」


 

 二人の呼びかけにその歩は止まることはなく、返ってきた声はカラカラに乾いていて、ひどく冷たかった。




        ******




「はぁ、はぁ……」


「夏希ちゃん、はや、いよ……、はぁ」


 駅に着いても、綴の姿は見当たらなかった。

 彼女の歩くペースから考えて、たった今出発した電車に乗っている可能性は低い。

 下駄箱で上履きの存在も確認した。

 となると、途中で見逃した可能性が──


「いや、ちゃんと注意して見てたし……」


「ふぅ。夏希ちゃん、どうしよっか」


「んー……」


 教室での綴の様子は明らかにおかしかった。

 何かを抱え込んでいるような、でもそれを解決せずに諦めているような。

 過去の自分を見ているようで、少しイラっとした。


「あー、もう!」


「わっ、ど、どうしたの!?」


「決めた」


 綴と華恋はこの先付き合いの長くなる友人だ。

 確証はないけれど、なんとなくそう思う。

 だからこそ、ここで蔑ろにしてはいけない。

 人間関係に興味を持たず、適当に過ごした結果を自分は痛いほど知っている……というか、実際に痛みとして今もその証がこの手に残っている。

 まぁ、形だけ見れば残っていないとも言えるけど。

 なんにせよそれを思えば、今ここで動くことくらいなんてことない。

 あの日の恐怖から、思い出すだけで吐き気のするような惨劇からいつまでも逃げ続ける人生なんて、きっと後悔まみれになってしまう。


 自ら踏み出す未来への一歩を、大切にしようと思ったんだ。



「綴の家、行くよ」




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日々を綴るモノローグ やまぴかりゃー @Latias380

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