番外編「綴のおすすめ −1冊目−」


 高校生活2日目。

 昼下がりの教室、窓際の席。

 一番前と二番目の席に、二人は座っていた。


「へぇ、綾蓉橋の方なんだ。あっちは割と栄えてる方だよね」


「薄場の方は……あんま行かないかも」


「そりゃ、何もないところに用なんて生まれないでしょ」


 先ほどまでは華恋を誘った謎の人物についての話ばかりであったが、綴の気が済んだのか、二人は正に「初めまして」といったような会話をまったりと繰り広げていた。

 互いの趣味、嗜好、それに住んでいる場所などを中心に、そして時々相手のプライベートゾーンに踏み込んだ話をする。

 実に高校生らしい会話であった。


「そういえばさ」


「ん」


「綴は彼氏とかいないの?」


「…………ん?」


「ん?じゃなくてさ」


 夏希はその反応を見て、こりゃダメだな、と感じ取った。

 クエスチョンマークが頭上に実際に見えてきそうな顔をしている。

 恐らく恋愛というものに慣れていないというか、そういった話すら碌にしたことがないのだろう。

 そう思って話題を変えようとした夏希だったが───


「ちょ、ちょっとさ、夏希はおませさんだねぇ……。いたことないよ、そんなの」


(照れてる……)


 反応が可笑しくて、夏希は少し笑いそうになる。

 この程度の話題、中3辺りでみんな慣れるものだと夏希は認識していた。

 当然そうでない人もいるのだろうとも思っていたが、実際にそういった種類の人間と面と向かって話すのは、夏希にとって初めて、或いは随分と久しぶりのことであった。


「ふーん、そうなんだ」


「何、その顔。そっちはどうなのさ」

 

「いたけどもう別れたよ。元々好きじゃなかったし」


「えー何それ、謎解き?」


 理解不能、といった表情で綴は眉を顰める。

 自身にとっての未知の世界の一端に触れ、それを理解しようとして脳を一時的にフル回転させたものの「わかんないや」と結局答えが出ずに諦めるに終わったのだった。


「私、あんまり恋バナとかしたことないんだよ」


「まぁ、そんな気はする。でもその内誰かから告られるかもよ」


「あはは、ないないそんなの」


 心からあり得ないと思っている綴に対して、夏希は淡々と「嘘じゃないから」と小さい水筒に入っていた温かいお茶を啜る。


「綴は多分、磨けば光るよ」


「ちょ、褒めても別に何も出ないったら」


「本当だって。服、見に行くんでしょ?私、そこら辺は自信あるから任せて」


「まぁ、服はちょっと興味あるけどさ、それは何というか自己満足の範囲であって……」


「ま、それでもいいからさ」


 今まで腹の探り合いなんて面倒なことを多く経験してきたからか、夏希にとって綴は扱いやすい小学生のように思えてしまう。

 まぁそれに越したことはないか、と夏希はもう一口お茶を啜った。

 一方で一方的に言われっぱなしの綴は、このまま終われるものかと懐に手を入れながら宣言する。


「ふふん、私だって恋愛についてはもうベテランと言っても過言じゃないよ。さぁ、ご覧あれ!」


 綴がドヤ顔で懐から取り出したのは、一冊の文庫本だった。


「……なにこれ」


 机の上、二人の丁度真ん中ら辺の位置に置かれたを見て、夏希の口からはシンプルな言葉が漏れ出した。

 対して綴は先ほどと同様「ふふん」と鼻を鳴らして言う。


「ご覧の通り、『リボルビング・ラブ』の初版本だよ!」


「リボ……なに?」


「リボルビング・ラブだよ。ドラマやってたでしょ、確か木13みたいなやつで」


「そんな時間誰も見てないでしょ……」


「ハルキゲニアが主題歌 歌ってたやつだよ。ネットで活動しがちなさんが編曲してるやつ」


 聞き慣れない単語の羅列に夏希は若干顔を顰めつつ、置かれた本の表紙に目を凝らす。

 すると、タイトルの下に小さく副題も添えられていることに気づいた。


「雪だるま式に増える恋慕と負債……って、え?リボルビングってそういう?」


「うん。一人暮らしを始めたお嬢様が主人公なんだけど、あれやこれやリボ払いで好き勝手に買ってたらいつの間にかとんでもない金額になってたところから始まる話なの」


「それは斬新な……」


「そっから悪い業者に捕まりかけるんだけど、そんなピンチの時にイケメン司法書士登場、って流れだよ」


「ちょっと面白そうな始まり方なの、悔しいかも」


 想像とは違った本の内容に、夏希は少し感心したような顔をした。

 そして綴はこれが好機とばかりに、本をスッと夏希の前に差し出す。


「さっきも言ったけどドラマもあるから、サブスクとかで探してみたら?あ、なんならこれも貸してあげる!」


 一方の夏希は真顔で少し考えて、それから小さく呟くように答えた。



「……いや、そこまではいいかな」



「……そっか。こほん」



 綴はわざとらしく咳払いを一つして、本を懐のポケットへと戻した。

 その所作の始まりから終わりまでの所作を夏希はじーっと眺めて、綴はそれに気付き不思議そうな顔をした。

 

「えっと、どうかした?」


「いや、綴もイケメンとか興味あったんだなって」


「うん?」


 綴はより一層不思議そうな顔をして、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


「なんだっけほら、恋愛についてはベテランなんでしょ?」


「あー、そんなこと……言ったっけ?」


 バツの悪そうな顔をする綴に、夏希は疑いの視線を向ける。

 そしてそれを確かめるために、浮かんだ疑問を一つ口にしてみるのだった。


「ちなみにさっきの話、その後の展開ってどうなるの?」


「えっ、言っちゃっていいの?」


「全然いいよ」


 全然かぁ、と思いながら綴は少し残念そうにして、簡単にその後の展開を説明した。

 まず初めに、主人公が救世主とも呼べる司法書士に惚れて、一緒に食事したり債務整理したりする日常パートがあること。


「ここはあんま面白くないかも」


 次の章では主人公が司法書士から家事を教わる話が中心で、より想いが募っていく過程を描いたパートであること。


「一番面白くないかな……。デザートを食べるために嫌いなものを仕方なく食べなきゃいけない感覚に近いかも」


 終章が近づいてくると、主人公の親から「その司法書士は債権者グループと繋がっている」という衝撃的な連絡が来て、イケメン司法書士の身辺調査や腹の探り合いが始まる、なんとも珍妙でアツい展開が繰り広げられていくことを、綴は熱心に夏希に伝えた。


「まさか冒頭でチラッと出てきた短期記憶の才能があそこまで物語に影響を及ぼすとは思いもしなかったね。ラストはほんと、いい意味で酷いっていうか、どんなもの食べたらあんな内容が思いつくんだって感じで───」


「わかった、わかったって」


 そんな綴の様子が可笑しくて、夏希は笑いながらエスカレートしていく綴を諫めた。


「……本当にわかった?」


「うん、綴って人間がよくわかった」


「え〜、そっちじゃないよ」


「結局興味があるのは小説としての面白さ、なんでしょ?」


 分かりやすく図星を突かれたような顔をして、綴は「いやいや」と弁明を始める。


「別にほら、小説と現実の恋愛は別じゃない?確かにこの本の恋愛パートは恐ろしく面白くなかったけど、現実リアルとなれば私だってもう、あれだよ。……あれだよ!」


「まだ付き合ったこともないのに?」


「それはまぁ……。うーん……」


 眉間に皺を寄せて唸る綴を眺めながら、夏希はなんとなしに自分と綴の違いについて考えていた。


 好きなものを楽しそうに語ることができる、そんな単純なことがいまの夏希にとっては少し眩しくて、そんな生き方を体現するような綴もまた眩しく見えてしまう。

 中三の頃は「高校ではもっとマシな恋愛をしよう」とか「カーストの底辺にならないように気を付けないと」なんてつまらないことをいつも考えていたが、そんなものにかまけている暇があるなら自分も何か好きなものを見つけてみようと、静かにそう思うのであった。

 

「ま、私はそっちの方が好きだけどね」


「あ……。ふふっ」


 綴が可愛らしく笑う。

 今までで一番自然な笑顔だった。

 

「夏希の言った通り早速告白されちゃった」


「……ふふ、ノーカンに決まってるでしょ」


 これは罪な女になりそうだな、と夏希は心の中でそう思った。




       ******




【リボルビング・ラブ】

ドラマ主題歌

ハルキゲニア:Eternal Revolving(TV size)

作詞・作曲:春原亮二 編曲:あずきもち


歌詞


ごー! よん! さん! にー!

トイチで Let's go‼︎


いつか夢見たお城のお姫様

だけど現実リアルはいつだって

懐を吹き抜ける冷たい風

懐炉にするにはヤケドしちゃうね 火の車


気付けば首が回らなくなって

待てども来るのは暗い明後日

集ういつかのライビリティーズ

溺れる者はリボをも掴む

嗚呼 残高スライド 遠のく完済


雪だるま式のLOVE&commission


せーのであなたも「補填リボっちゃって!」


お先真っ暗な未来にクラクラ

付き馬の大群 地面グラグラ

はりつけにされた私と金額

真夜中のドアを叩く音 

増えて震えて溢れ出す感情

吐き出す相手も居なくなって

あてもなく夜道を フラフラと彷徨うの


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