第22話 凍りつく世界

 それからしばらく歩き、なんとか坂を登り切った。湖は山の麓にあるので今度は下らなければならない。帰りは……また登るハメになるのだが、げんなりするから考えないでおく。


「みんな、そろそろ休憩しよ。俺も疲れたよ」


 ルディが声をかけるとピアとニータは「さんせ〜い」と言いながら地面に座る。頑張って登っていたのか、ピンク色の鼻がヒクヒク小刻みに動いていて、見てると和んでしまった。


 しかしもう一人、ディアはムスッとした表情を浮かべていた。無言で一人離れた位置に座り、気怠そうに身体が斜めに傾いている。その様子に具合が悪いのかと気になったが、率直に聞いたらやはり無視されるんだろう。


(どうしたらいいかなぁ……あっ)


 ふと背中に背負った道具袋にピア達が大好きなものがあるのを思い出した。 


「なぁ、みんな、よかったらサリが作ってくれたおやつのパンがあるけど食べるか? 絶対にうまいよ」


 ピアとニータは「食べるー!」とすぐに答えた。みんなサリの作るパンには夢中のようだ、長いヒゲが嬉しそうに上下している……のだが。


「……」


 ディアは答えず、下を向いたままでいた。さすがに声をかけずにはいられない。


「……ディア、ディアも食べる? サリの作ったパン、気に入っていただろ?」


 ルディは袋から出したパンをディアに手渡そうと腕を伸ばす。

 それでもディアは手を伸ばしてくるでも返事をするでもなく、ただうつむいている。

 やはり様子がおかしい。


「ディア、具合悪いのか」


 ディアは答えない。そんなに自分は避けられていただろうか。不安な気持ちがわきながらもディアの様子を見ていた、その時だった。


「な、なんだ!」


 ディアの全身が青く光り出す。光は放射線状に伸びると地面、岩肌、ルディ達の周辺を照らす。

 すると辺りに変化が起きた。ピキピキと硬い何かが割れるような音が響いたかと思えば地面や岩肌が白くなっていった。


「こ、凍ってる⁉」


 ルディは立ち上がった。今さっきまで何も起きていなかった、なんの変哲もない土の大地が瞬時に凍り、足元が滑って転びかけた。


「ルディッ! ディアの力が、暴走してるっ!」


 ピアがニータと手を取り合い、滑らないように耐えている。


「寒いよぉっ」


 ニータは肩を小さくする。確かに周辺が凍り始め、冷たい空気が充満し始めた。吐く息は白くなり、寒くて全身が強張ってくる。

 これはニータの時と同じなのか。ディアのエレメントは水や氷。

 だがディアは恐怖を感じているわけでもないのに。


「ディア、ディアッ!」


 ディアはうつむいたまま、反応はない。ルディは足元を滑らせながら近づき、様子を見る。

 ディアは目を閉じ、眠っているようだ。小さな身体が呼吸に合わせて上下している。


「ん、これ、なんだ……?」


 ルディはディアの首――ベージュ色の毛の下に何かがあるのに気づいた。そっと毛を避けて確認すると爪ぐらいの大きさしかないが、黒いほくろのようなものがあった。

 いや小さいがよく見れば円陣で、中に妙な細かい模様がある……黒い刻印とも言えるかもしれない。ピアにそれを伝えると「それは魔法使いの呪いだ!」という恐ろしいことが判明した。


「魔法の中でも使ってはいけない禁魔法というものだよ! 力のない者が使おうとすれば力の反発を必ず受けて命に関わる。けど力のある者なら反発を受けずに相手を意のままに操ることも、命を奪うこともできるのっ!」


 その言葉を聞き、ルディは握りつぶされるぐらいの胸の痛みを感じた。

 力のある魔法使い、自分が知るのは二人だけ。光の魔法使いと闇の魔法使い。

 そしてこんなことをするのは闇の力を操り、笑顔で狂気的なことをする人物だ。


 そうこうしている間にも辺りの様子は変化していく。全てが氷の世界と化していく。


「く、こんなの……! ディア……! ピア、どうしたらいいか、わかるか!」


「ル、ルディッ……」


「――ピアッ⁉ ニータッ‼」


 今度はピア達の様子が変だった。見れば二人は手を繋いだまま、足元から氷に覆われかけていた。ディアの力によって周辺だけじゃなく、そこにいる者も凍らされているのだ。


 小さな身体がそうなるのは、あっという間だった。ピアは自身の火の力で多少抗っていたのかもしれないが、ニータはすでに全身を氷に覆われ、二本の耳をピンと立てたまま動かなくなった。


「ニ、ニータ……う、ルディ……呪い、は……消すしかないの……消す、力、闇の力――」


「ピアッ!」


「――それ、か、竜なら……魔法、効かないって……」


 ピアの声が消えた。ピアも両耳を立てたまま凍りつき、最後に白い息を吐き、動かなくなった。

 周囲からは乾いたような音、小さなきしむ音だけが聞こえる。ディアだけがかろうじて呼吸の動きをしているが他の全ては凍り、時を止めてしまった。


「こんな、こんなことに……」


 今さっきまでハイキング気分でいたのに。帰ったらサリのおいしいパンを食べようって話していたのに。

 リカルドは見ていないのだろうか。彼ならディアの呪いを消して元に戻せるんじゃないか。


 だが違う、とすぐに気づいた。多分リカルドでは力の使い方が違う。光の魔法は“消す”ことができないのだ。

 ピアが言っていたじゃないか。呪いを消すのは闇の力だと。それはすなわち、闇の魔法使いにしかできない。

 闇の魔法使いがかけた呪いなのに、その当人がどうやって消してくれる? あのイカれたヤツが自分達を助けてくれる? そんな希望は持てない。


「くそっ、くそっ! どうしたらいい、何か方法が……」


 この呪いを解く方法、他にないのだろうか。

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