20.Strategy.

 最初に、眉間を押さえて細くも長い溜息を吐いたのは、ハルトだった。

「アメリカの上司はアメコミ好きでしたが――日本の悪党は、SF好きなんですね……」

しみじみと言うと、半身を起こしていたさららが困ったように苦笑した。

「私もそう思うよ……ハルちゃん」

当事者に肯定されては、ハルトに言い返す言葉はない。

「……聞きたいことは色々あるんですが、まず、十条さんにはっきりしてほしい事があります」

「なんだい、ハルちゃん」

「千間さんは、今も味方なんですか?」

「僕は、ずうーっと、優一くんの味方」

そっちじゃねえよ、と思ったが、言いたいことはわかったのでハルトは頷いた。

「随分、大掛かりな演技してたんですね、あの人」

「あはは。ホントはシャイだから、すごく無理してたと思うよ」

「……さららさんはどうなんです?」

訊ねられたさららは十条に視線を送り、彼が頷いたのを見てから俯きがちに答えた。

「ごめんなさい。私は……今はよく、わからないわ……」

そう答える割にさららは恥ずかしそうだ。

……確かに、話を訊く限りでは、千間の印象はこれまでと真逆だ。はっきり言って好青年――リッキーのヒーロー枠に該当し兼ねない。

一人、瞳に危険な色を漂わすのは未春だ。

「お前、言いたいことがあるなら言えば」

肘で小突いてやると、未春は座った目でこちらを見、さららを見、優里を見、十条は睨んだ。

「……千間さんは、俺の“悪役”だったんですか」

「そーだよ」

今頃気付いた?という返答に、何故と未春の眉間にきつめの皺が寄った。

「あの時、お前の戦闘能力に付いて来られる人間は、僕以外、彼しか居なかったんだもん」

「なんでそんなこと――」

「じゃあ、聞くけどさ……未春、優一くんを悪党だと思って、どうだった? さらちゃんを絶対に守ろうと思ったろ? それまでのお前はね、施設の人たちが危ない時は反応したけど、それ以外はからっきしだったんだから。泣いてる子が居ても完全に無視していたし、それを何とも思っていなかったんだ。人が人に与える迷惑なこと、嫌なことがお前にはわからなかった。いじめの場で言えば、お前は傍観者どころか背景の一部だったよ。今はどうだい?」

「……」

眉間の皺は消えなかったが、未春は十条にそれ以上尋ねなかった。恐らく、図星なのだ。千間が与えた悪の形は、未春を人間らしい人間に育てるのに貢献した。

ひょっとすると……思春期の情緒にも影響したかもしれない。

千間せんまさんは、どうしてそこまで十条さんに協力してくれたんです?未春の憎まれ役なんて、下手すりゃ死にますよね?」

「おや、ハルちゃんは野暮だねえ。またニブチン扱いされちゃうぞ?」

ねえ、と十条が交互に見やるのはさららと優里だ。さららは耳を赤くして縮こまったが、優里はくすくす笑った。

「優一は、単にカッコつけなだけよ」

「ひえ、男にはツラい一言。ほれ、若人たちよ、よく聞いておきたまえよ」

「……何となく察しましたが、よく聞きたいことは他にあるんですけど」

腕組みしたハルトに、十条は肩をすくめ、どうぞどうぞと両手を差し出した。

「小牧との因縁は大体わかりましたが、今のひじり家は味方なんですか? 聖さんイコール明香あすかという事実を俺たちは知っています。千間さんもこちら側ということは……」

「それは優里さんのもう一つの区切りと関係があるね」

どれどれ、と十条が書類に囲まれたパソコンを立ち上げると、ニュース動画が流れ出した。


〈学生銃殺事件の最新情報です〉

〈先日亡くなった聖グループ会長・聖景三けいぞう氏の事務所にて発見された使用済み拳銃と、銃殺事件で使用された弾丸の数が一致したことが、警察への取材で明らかになりました。聖氏は急性麻薬中毒による死亡と見られ、同事務所からは同様の死因と思われる社員十名と、大量の覚せい剤も発見されています。警察は拳銃並びに薬物の入手経路、学生銃殺事件との関連も含めて、捜査を進めています――〉


次のニュースに移ったところで、十条は画面を切った。

「と、いうわけ」

「……いや、何が?」

「え、いやいや、ハルちゃんー……これがウチの仕業なのはわかるよね?」

「わかりますが、だったら何なんです。例の銃殺事件を聖景三に押し付けて、BGMに何の得があるんです?」

「BGMに、得は無いと思います」

答えたのは優里だ。それまでに無い厳しい視線で、彼女は続けた。

「聖景三を、社会悪として葬る――トオルさんは、約束を果たしてくれただけです」

「……これが、優里の二つ目の区切り……?」

「そうよ、さらら。薬の開発ができれば、あの男がスプリングをどこに隠していても阻止できる。病気にあの男の命を取られなくて――……良かったわ」

酷薄な言葉のわりに、優里の顔色は冴えない。

一方で、目の奥で仄暗く燃えるのは怒りだ。

「社会悪というと……表側の犯罪者に仕立てる、ということですか?」

「ええ、そうです。あの男がこれまでしてきた事は、こんなものではないけれど……過去の犯罪行為は、立証できるだけの証拠も証言もありませんから」

吐き捨てるような優里の目は、ソフィアの目に似ている。自身に復讐を促す、強い怒りを込めて彼女は続けた。

「あの男は、私たち姉弟にとっては祖父の仇です。トオルさんには、仇討ちを手伝って頂きました。千間家にとって、支持者という名の支配者を、最も屈辱的な方法で」

そう言った優里の目は殺し屋にも近しい凄みがある。

「――本当は、祖父が殺された時、すぐにでも殺してやりたかった。でも……聖景三を殺す前にどうしてもやることがあって、10年以上経ってしまった……」

そう言いながら優里が自身のバッグから取り出したのは、よく見るPTP包装された錠剤だ。その色は見たことも無い、夜闇のような濃紺だった。

「祖父が残した研究から私が開発した、スプリングを無効化する薬です。名前はMGB。お分かりだと思いますが、BGMの逆読みと祖父の店から、ミッドナイト・グランド・ブルーと付けました」

先日、千間――優一が残していった謎の言葉だ。

「聖景三は、祖父から奪ったスプリングとパーフェクト・キラー、自身の学園を用い、今の日本に燻る人々を利用した軍隊を作るつもりでした。パーフェクト・キラーも脅威ですが、祖父が恐れていたのはスプリングの乱用です。一度でも接種すれば、現在の医療で人間ではなくなる効果を消すことはできません。景三は用心深く、執念深い男でもありました。彼は自身の計画を究極の正義と妄信していましたから……計画半ばで、自身が倒れた場合でも、薬の情報を別の誰かに託し、計画を続行するつもりだったようです。十条さん達には、私がこれを開発するまでに、計画が実行に移されないように、且つ、景三には上手くいっているように見せる工作を頼んでいました」

「でも、28年前の薬の効果は消えているんじゃ……?」

以前話した内容に首を捻ったハルトに、優里は頷いたが、解説してくれた。

「確かに、28年前の薬なんて、効果よりも毒性の危険性が高いです。ですが、スプリングを元にしたデザイナー・ドラッグなら話は別です。祖父はスプリングとパーフェクト・キラーのいずれの製法も秘匿しましたが、景三は薬そのものは所持していたので、成分分析による類似品を作らせることはできたんです。……尤も、スプリングのデザイナー・ドラッグは本物よりも不安定で、『疑似スプリング』の仮名のまま、生産はごく僅かなサンプルに留まりました。その分、危険でもありましたが」

「本物自体、理性が飛ぶか死ぬ確率が九割の薬だもんねえ……疑似スプリングも似たようなもので効果がコレだから、危険だけど中毒者が増殖するわけじゃない。だからドラッグ嫌いのアマデウスさんも、スプリングの取り締まりには乗り出さなかった。景三もこれを広めずに、自国の一部の人間に使うつもりだったから」

如何にもアマデウスらしい――BGMらしい対応だ。もし、景三がドラッグを世界に売り込んだり、ばら撒くつもりなら阻止しただろうが、放っておいても世界に難が無いと判断したのだろう。景三が自滅、或いは他の誰かに敗れることも計算済みで。

「このMGBを飲むと、十条さんたちは常人に戻るんですか?」

ハルトの素朴な疑問に、優里はあっさり首を振った。

「……残念ながら、それは難しいと思います。トオルさんたちは接種からかなりの時間が経過していますので、その身体能力をご自身のものにしてしまっています。異常な回復能力は失われる可能性がありますが、その為に飲む意味はないと思います。飲ませる場合は、適合の有無に関わらず、早いに越したことはありません」

なるほど。この薬は十条たちを真人間に戻すわけではなく、あくまで後の危険人物に対処する為のものか。

「……ん?でも、これ……スプリングを得た人間に飲ますのってハードルが高い気がしますが……」

「飲ませるのが難しいとき用に、麻酔用の投げ矢ダートも頼んであるよ」

十条はそう言ったが、ハルトは腕を組んで考えた後、嫌そうに首を振った。

「十条さんたちはそれでいいでしょうけど、俺は嫌ですよ。あなた方みたいなのと投げ矢が届く距離感で対峙したら、先に腕一本は取られそうです」

「ふーむ。それならハルちゃん用にダートを飛ばせる空気銃を頼もうか。天候や環境に左右されない選択肢が増えるのは良いことだから」

ぜひお願いします、と伝えてから、ハルトは再び腕を組んだ。

「スプリングの対処は良いとして……パーフェクト・キラーはどうなったんです?」

「……製法を知っていたのは私だけでしたが――……小牧の手に渡りました」

悔しそうに、優里は首を振った。

「……私のせいなんです。私が……祖父の言いつけを守らなかったから……」

「優里、それは――」

「いいのよ、さらら。……野々さんでしたね。これは貴方にも関係があることなの」

優里の厳しい視線だけで、ハルトはピンと来た。

「もしかして、タチバナの件ですか?彼が服用していたドラッグって……」

「そうです。あれがパーフェクト・キラーのデザイナー・ドラッグ『ギフト・ギビング』です。精神安定剤の顔をした、多幸感をもたらすドラッグとして出回りました。多幸感は本来のパーフェクト・キラーには無い効果なのですが、要海かなみはこれを撒く為に加えさせたようです。当初は禁止薬物ほどの中毒性は無かったギフトですが、ここ最近で急に異様な広まり方を始めたんです。主にメキシコなどの南米から、アメリカ方面に」

アメリカに――自身のテリトリーに渡ってようやく、死神は腰を上げたわけだ。新薬を撲滅するために。

「祖父は遺言で、私にスプリングを無効化する新薬の開発を頼みました。ですが、当時の私は一介の医師に過ぎず、製薬会社の協力無くして薬の開発はできません。それに、景三は優一を縛るために私を監視していましたから……製法が奪われるのを避けるため、私たちは慎重過ぎるほど警戒して進めました。それなのに、10年前……私が焦って、小牧に言われるまま、協力を依頼してしまって……」

微かに、未春が動揺したのがわかった。10年前は言うまでも無く、この店の前身で起きた事件が有った年だ。

「優里のせいじゃない」

幾分、強い口調で言ったのはさららだ。

「焦らせたのは私よ。私が未春のことで泣いたから――未春に、もうひどいことは“したくない”って泣いたから、小牧の誘いに乗ってしまっただけ」

さららの言葉に、ハルトははっとしたが、十条の視線に気付いて口をつぐんだ。

チャックをしておけ、という顔つきに、むしろ確信した。なんてこった……10年前の真相は、想像していたよりもずっと複雑だ。十条が『隠していること』は、確定していること以外にも存在する。

10年前に、さららが未春のことで涙したのは、十中八九、例の事件での負傷時。優里は未春の搬送先に居て、怪我の回復に嬉々としていたと未春は言った。

優里はさららの部屋に有った写真の女子高生で間違いなく、あの写真の場所が彼女の祖父の店。彼女たちの交流が高校時代からなら、優里は未春のことを知っている筈だが――未春がスプリング適合者だと気付いたのは、10年前のこの時だろう。

そして優里は、優一を見舞った際に、未春とは10年前に初めて会った体で接した。

何故、知らぬ顔で接したのか? 未春がおかしいと思わない辺り、10年前の病院以外で直接会ったことはないのかもしれない。……それとも、俺が居たからだろうか?

更に、さららは今、「未春にひどいことをしたくない」と言った。

事件概要からすれば、この発言はおかしい。未春がひどいことをされた側なのは合っているが、これではまるで……さららがあの怪我を負わせた原因のようではないか?

しかし、さららは現場にさえ居なかった筈。どういうことだ?

「さららさんは……10年前の事件当時、その場に居なかったんですよね?」

「私は……うん……居なかったわ……」

やや気後れしたような顔が気になるが、さららは頷いた。

嘘を吐いているようには見えず、ハルトは内心、首を捻った。

現場にさららが居なければ、先ほどの発言は何だ? 亡霊の目的がさららだとしたら、間接的には彼女に関与する「ひどいこと」になるのだろうか?

……嘘か? 記憶違いか?

十条を見やると、彼は肩をすくめて笑った。

話す気がないのは一目瞭然だったので、ハルトは優里に視線を戻した。

「10年前と仰いましたが、小牧はそれ以前に、何か新薬を開発していますよね?」

「はい。詳しくは存じませんが、スプリングと同様の身体機能を向上させる薬を」

「それが上手くいかなかったから、貴方が持つ情報を欲しがった……?」

「ええ。さららのポイズン・テナーを防げなかったことと、小牧要海本人がパーフェクト・キラーを接種してしまったから。ですが、パーフェクト・キラーの効果を消す薬は、小牧の技術でも出来なかったようです。記憶喪失や認知症を薬で直そうとするようなものですからね。『ギフト・ギビング』も、研究課程の副産物でしょう」

優里の見解が正しければ、小牧はスプリングの開発も、パーフェクト・キラーの対抗薬も諦め、ギフト・ギビングによる商売に舵を切ったことになる。……話の上での小牧要海は、そう容易く諦めるタイプでは無さそうなのだが。

「タチバナも、ギフトの売買に関わってたってことですよね」

大あくびを始めた上司に問い掛けると、目元を擦りながら頷いた。

「彼はまあ、売人というより中毒者の方だったけどね。急速に広まったのは、要海と組んだ麻薬カルテルが居たからだよ。こりゃもう単純極まるお金目当て」

「そりゃまた面倒なことで……その迷惑団体も俺らが潰すんですか?」

「ん? それはもうハルちゃんが殺っちゃったじゃん」

「……はい?」

麻薬カルテルを? そんな覚えは無い。先程の話ではタチバナは関係者だが末端のようだから違う。それ以前の仕事で大掛かりな組織というと……ホンジュラスの件? それともオークランドの件?

記憶のアメリカ大陸を右往左往していると、十条が呑気に笑った。

「忘れちゃったのかい? ハルちゃん、歓迎会の前に一人殺ったでしょ?」

真っ先に浮かんだのは潰れたトマト。

……おい、ファイト一発のあれか?

胴当てとヘッドショットの二発で死んだあの男が?

「思い出した? あの男が、アマデウスさんに誘い出された迷惑団体のトップだ。護衛も無く呑気にしてた辺り、日本で射殺されるなんて夢にも思わなかったみたいだね。ま、日本で彼らが怖いのは地震と津波ぐらいだから、無理もないけど」

「……」

ハルトはむっつりと黙した。

このブラック・カンパニーにイラッとするのは不可抗力だ。苛立ちの原因は、麻薬カルテル潰しではない。

「『女性』に手厚いのは、十条さんの方針ですか?」

問い掛けに、皆が訝しげな顔をしたが、十条だけは唇だけ持ち上げて微笑した。

あの仕事の最大の目的は、麻薬カルテルのトップを殺すことではない。

ソフィアに『仇の仕事を見せる為の場』だったのだ。仮に彼女の発砲を当局が怪しんでも、麻薬カルテルなんぞのしょうもない犯罪者トップが死んでいれば、「まあそういう事件があったのだろう」程度で片付けることも、言い訳もできる。

それに、ソフィアにハルトの仕事を見せ、その腕前を見せておくことで、彼女が拳銃という武器を選ぶことに誘導した。いくらソフィアが海外育ちだとしても、普通に考えれば、日本で人殺しに拳銃は持ち出さない。銃は危険な代物だが、日本ではそう安易に訓練することもできず、よほどの天才肌でも命中させるにはそれなりに努力が要る。もし、ソフィアが包丁やナイフ程度ではなく、毒物を持ち出したり、爆発物や自動車事故などを手段にすれば、人違いや巻き添えによる死者を出す可能性も有り、それこそ危険な人間と手を組んで自滅する可能性もある。

無論、ソフィアが訓練に訓練を重ねれば話は変わってくるが―― 一見、最も危険で最も便利でありそうな拳銃をぽろりと与え、衝動的な犯行に導いた。

総じて、仕組まれた計画の一部にさせられたわけだ。

不快感があるのは――不可抗力だ。

「またハルちゃんをプリプリさせちゃったかなあ」

「なんですか……人を海老みたいに……」

「ハルちゃん、今のは怒ってる意味のこと」

専用辞書の発言にニヤニヤする上司は放っておいて、ハルトはついに舌打ちした。

どうりであの仕事の翌日、アマデウスがのこのこやって来るわけだ。あのタイミングに違和感が無かったわけではないが、不自然はやり過ぎれば煙に巻く妙技に変わる。冷静に考えれば、分刻みで忙しい忙しいと喚いている男が、十条が就寝していると知っている時間帯に、店に寄る意味がないのだ。殺し屋は危険に敏感だ。その殺し屋をよく知る男は、自らわかりやすい銃撃事件を嘯き、わかりやすい事実の方を隠した。一般人とのトラブルを解消し、悪党も始末する為に。

さては、死のサンタクロースは、十条か、アマデウスか。……まあ、投函したのはジョンだろうが。

「……一応聞きますが、小牧側は俺が商売仲間を殺ったのを知ってるんですか?」

「気付いてないと思うな。僕はハルちゃんを一番の見せ場までとっておいてるんだから」

これにはハルトもあからさまに嫌な顔をした。

だから、滅多に仕事をさせなかったのか?

この男、一石で二羽、三羽落とす程度では満足できないらしい。

……いや、待て。その後起きたのはベレッタ100丁の件だ。

「ちょっと待って下さい……ベレッタの件の時、既に茉莉花は明香だったんですか?」

「そうだよ」

「はあ!? じゃあ千間さんと殺り合ったのは何なんですか!」

「ハルちゃんの活動制限してるし、運動不足かな~って……」

語尾にあくびが混じった男の頭を、未春が後ろからバシン!と叩いた。あまりに素早く強い一撃に周囲の時が止まり、十条は痛みを訴える間もなく頭を押さえて涙目だ。

「起きましたか」

「未春ゥ……怒らないでよ。気絶するかと思った……」

後頭部をさすりながら、「ジョークです」と白状した上司に、次は顔面殴るぞという目のハルトだ。

「ベレッタを注文したのは景三だったんだよ。孫の名義でね。あの男なりに、茉莉花がきちんと計画を進めていると見込んで、そろそろって思ったんじゃないの。景三に渡すわけにはいかないけど、断れば茉莉花が怪しまれるし、茉莉花サイドで預かって、誰かにちょろまかされるのも困る。この時はまだ優里さんの薬を待っていたから、ああいうパフォーマンスをするしかなかったんだ。僕だって悪いと思ってるよー……やる前から、優一くんが怪我するのはわかってたから……」

「トオルさんを責めないであげて下さい。優一も、あの後、自分が居ない理由がわかっていた方が自然だって言い張ったそうですから」

なるほど……あの時、彼がわざわざ体を張ったのは、こちらを例の島に呼ぶためか。撃った相手にそこまで言われてしまうと立つ瀬がなくなる。スプリングの回復能力が銃撃を恐れないレベルなのは恐れ入るが、あんまり生身を粗末にしないでほしい。

事の顛末を聞いた以上、後で千間に謝らねばなるまい……ハルトは溜息混じりに口を開いた。

「どうもまどろっこしいんですが……俺たちは、最初から全部伺うわけにはいかなかったんですか?」

問い掛けに、何を思ったか十条はきょとんとしているさららの背に上半身を隠してから言った。

「……それはダメ。それじゃ、ハルちゃんと未春が友達になれないから」

未春そっくりのぼそぼそ喋りに、ハルトは今度こそ頬をひくつかせた。

「十条さん、そのジョークは笑えませんよ……!」

十条はさららの背に顔を埋めたまま、やはり彼にしては歯切れ悪くぼそぼそと答えた。

「……ごめんよ、ハルちゃん。でも、僕は本気だ。君にとって、友達という関係がタブーなのも知ってる。それでも、君だった。会う前のデータから予感していたけど、会ってすぐに君だと確信したんだ。結果、君のおかげで、未春は変われた」

「まったく――さららさんに隠れて言うことですか……!」

隠れたままの男を睨もうにも、その前にさららの不安げな目が訴えてくる。何も言わなくてもわかるそれから逃げるようにハルトは目を逸らした。逸らした先に見えた未春と目が合う。初めは、何を考えているかわからなかったアンバーの目。

今は。

息を呑むような間を置いて、ハルトは隠れている男に向き直った。

「……その話は後にします。明香と茉莉花が入れ替わったのは、茉莉花が協力を拒んだからですか?」

のそりと出てきた十条は、まだ歯切れの悪い調子で首を捻った。

「それはまあ、半分てとこかな……」

「どういうことです?」

答えたのは十条ではなく、優里だ。

「――彼女は、自殺しましたから……」

「……自殺?」

ハルトよりも先に問い掛けたのはさららだ。知らなかったのか忘れていたのか、動揺に目の奥が揺れる。

「どうして、自殺なんて……私のせいなの……?」

「……さららのせいじゃないわ。あの人は、嫉妬に殺されたのよ」

うんうん、と軽く同意する十条だが、表情は険しい。

「間接的には景三や千間家にも責任がある。景三は千間家が受け継いでいた暗殺技術を得る為、投資という形で支配していた。結果、優一くんは一族の期待を一身に聖家に従わされ、優里さんは聖の監視を受けながら暮らす羽目になった。優一くんは若い頃から茉莉花のお気に入りでね……随分、横暴な我儘に耐えていたよ」

「……と、いうと、千間さんが原因……?」

「ええ。茉莉花にとって、優一が他の女性を気にするのは我慢ならなかったの。それが恋愛感情ではなくてもね」

答えた優里も後味が悪そうな顔をしている。茉莉花の独占欲は常軌を逸していたらしく、優一が表の顔で仕事仲間の女性と会話をするのも嫌がったそうだ。彼の海外出張には付いていき、自身が立ち入れない仕事場では別の者に金を掴ませて見張った。道で前を歩く女性が落としたハンカチを拾っただけでビンタが飛んだという話には、男女関係に疎いハルトもぞっとした。

「優一が受けた仕打ちを考えたら、姉としては許せない。でも……不器用で、かわいそうな人だった。高飛車で、暴力的で、いつまでも気の毒なくらいお嬢様だったわ。地の性格が関係無いとは言わないけれど……景三以外の家族を早く亡くして、有り余るお金と権力は有るのに、他のものは誰もくれなかったんだと思う……」

茉莉花は、優一が十条と結託していることに気付き、その目的にさららが関わることも知っていた。十条が説得しようにも藪蛇で、結局のところは優一が一手に引き受けた。決して浅い付き合いではない男女の間で、何が交わされたのかは十条も知らないという。

「……まあ、景三にリークされなかった辺り、優一くんは相当厳しい手段を取ったと思うけどね……」

想像の範囲だが、茉莉花は連絡手段を奪われた状態、或いは軟禁状態になったのかもしれない。日頃から自宅よりもホテルの部屋に入り浸っていたというし、優一が連絡係になることも多かった為、少々具合が悪いなどと言えば怪しまれることはなかっただろう。

結局――さして間を置くこともなく、茉莉花は大量の睡眠薬を飲み、ホテルのバスルームで手首を切った。手首が浸されていた浴槽の水は真っ赤に染まり、片手に握っていたのは革に用いるカッターだったらしい。憎い女よりも男に執着した最期。その遺体を最初に目にしたのも男の方だというから、死して尚、深い執念が窺える。

……まあ、殺人の可能性が無いとは言い切れない。この殺害方法なら、女性でも難は無いし、優一本人ならもっと容易い。もはや、確かめる意味も術もないことだが。

顔を覆って、苦しそうな溜息を吐くさららの背を、優里がそっと撫でる。

それを見つめてから、ハルトは十条に向き直った。

「……明香が代役をしていたということは、茉莉花が死んだのは最近のことなんですか?」

「うん。僕たちは交代を狙ってはいたけれど、彼女の自殺は想定外だったから、少し早い投入になった。あっくんは本当、よくやってくれたよ。茉莉花を見せる機会は何度も無かったのに、僕でも本物?って思っちゃうことあったし」

明香の実力はハルトも身を持って知っている。偶然とはいえ、顔見知りの力也りきやでさえ全く気付かず、性別に至っては完全に騙された。

「偽の茉莉花を仕立てたのは、景三へのポーズだけではないですよね?」

「そうとも。ハルちゃんを怒らせちゃった例の施設を乗っ取って、別の事をする為さ……」

その辺りで、例の呑気なあくびが出た。

「叩きますか?」

すかさず言う未春に、慌てて十条がしゃきっとする。下手な薬より効果てきめんだ。

「あの島でやっていた事業は二つあって、島内に施設は二つあるんだ。一つはハルちゃんが見た子達の施設で、あっくんの仲間や後任を育てたところだよ。彼を含めた卒業生は十名、既に日本版ブロードウェイこと、劇場型の清掃員『アポロ』として活動してもらっている。名前はあっくんが付けたんだけど、ハルちゃんならピンと来るかい?」

ディックも話していた計画だ。

アポロ――明香が付けたのなら、宇宙船の方ではなく、アポロ・シアターの方だろう。アメリカでは非常に著名なクラブで、ニューヨーク市マンハッタン区の黒人居住区ハーレムに位置するだけに、アフリカ系アメリカ人のミュージシャン専用と言ってもいいほど彼らとの関与が深い。演劇ではなく歌やダンスのパフォーマンスが主体で、アマチュアが出演する恒例イベントでも有名だ。明香の名付け如何は不明瞭だが、アマチュア出演がある点が響くのかもしれない。彼の古めかしい劇場をうっかりアポロ・シアターと同一視しかけたのは――図に乗りそうなので黙っておくことにした。

「俺に拳銃の実演をやらせたのは、授業の一環ですか」

「一応ね。悪党のワールドクラスに加わるのに、拳銃にビビっちゃあ話にならない。ま、あの時はハルちゃんにネズミ退治もしてほしかったから、確実に拳銃を使える環境を用意してもらったんだ」

「ネズミってのは、一人だけ構えが違った奴ですね」

「そ。小牧の手下だ。小牧と聖は協力関係だけど、それは利害の一致程度の仲だから、聖が怪しい動きをした際に対処できるようにスパイを飼ってたわけ。もともと聖グループに居た人間でも、札束で叩かれると弱いからねえ。しれっと裏切った内通者は探りにくい。万一、あっくんが殺されたら大変だし、僕たちは君が思ってる以上に拳銃には明るくないから助かったよ」

「俺を使うよう指示したのは、ミスター・アマデウスですか」

「半分正解。僕はけっこう前からハルちゃんのファンなんだ」

お見通しってことか。その洞察力や計画性は見事だが、癪だ。普段、私的な感情で発砲など絶対にしない自分が、“撃たされた”のだ。

――恐らく、タチバナ氏の件と同様に。

「もう一方の施設では、何を?」

「いじめっ子の更生」

さらりと出た言葉に驚いたのは、ハルトや未春だけではなかった。さららと優里も知らなかったらしく、目を丸くしている。十条はぱっと両手を挙げて弁明した。

「おっと、皆が驚くほど怖いことはしていないよ? 合宿みたいな感じかな。基礎教育にプラス、朝のランニングと歌の授業があるってだけ」

更生などと言うからだ、とハルトは思ってから、唐突に顔をしかめた。脳裏に甦るのは、ディックが納品したという食用芋虫モパネワームだ。

「……更生を担当したのは、明香ですか」

「うん。聖の件もあるけど、歳が近い方が馴染みやすいかなあって。あっくんは細いけど体力あるし、ピアノも歌も上手だし。ボーナス奮発したら喜んでやってくれたよ」

ハルトは考えを改めた。……さぞや、おぞましい更生施設に違いない。

「お試し感覚で10名やってみたんだ。4名脱落したけど、6名は何とか社会復帰できそうだ」

戻る言い方まで犯罪者扱いか。何やら懐かしい響きに顔をしかめるハルトに対し、不安そうに眉をひそめたのはさららだ。

「脱落って――トオルちゃん……その子達、一体どうやって連れて行ったの?」

ハーメルンの笛吹き男じゃあるまいし、と言うのに、十条はあっけらかんと答えた。

「彼らはホラ、銃撃事件の被害者だよ」

未春を除く三人の顔が引きつった。

思わず上司の胸倉掴みたくなる衝動を抑え、ハルトはどうにか尋ねた。

「じ……じゃあ、あの事件は……フェイク・ニュースだったってことですか……!?」

「そう。……あれ、皆そんなに驚く?」

驚くどころではない。

十条によれば、この件は『アポロ』第一期生の最初の大仕事だったらしい。

まず、都内にて放置状態のいじめを探し、瑠々子るるこなどの被害者10名をピックアップした。

その10名とアポロ10名が、タイミングを見て秘密裏に入れ替わり、いじめの実態調査を行う。この入れ替わりは瞬間的なものが多く、被害者自身も感知していない。

これは如何に周囲が被害者に対して無関心かを証明したことにもなるが、ともかく実態調査にて加害者を絞ったアポロは、今度はその10名の“遺体”を演じた。

無論、担当する警察や発見者はBGMの清掃員だ。大掛かりな殺人ドラマの撮影が行われたようなものである。

実際、撮影を装ってカムフラージュした現場も有りそうだ。

ハルトは力也が言っていた違和感の正体に納得した。力也が最初に会ったいじめの被害者はアポロの一員で、後日会ったのが本人だったのだ。

「脱落した生徒は、どうなるんです?」

「海外留学してもらう」

十条が言うと数十倍は如何わしく聞こえる言葉だが、彼は慌てて付け加えた。

「未春のとは違うってば。ボランティアだよ、ボランティア。困ってる途上国のお手伝いをしてもらって、人間が出来上がるなら帰ってもらう仕組み」

つまり、人間が出来上がらねば帰れない。訂正したところで結局はヤバい片道切符だ。

「では、社会復帰の方は……生き返るようなものですか」

「まあ、犯人のこれ以上の犯行を抑えるためのブラフ――という言い方なら、批判はすり抜けられるからね。僕は警察が批判されても困らないし、用意した犯人が長らく手が出なかった悪党の重鎮・聖景三なんだから、彼らの手柄になる部分もある」

利用するだけしておいて薄情に笑うと、その笑いはそのままあくびに変わった。

「でも……加害者のご家族や……加害者が亡くなったと思っていたいじめの被害者は……ショックなんじゃないかしら……?帰ってこない人のご家族だって……」

さららの言葉に、十条は少々困り顔で頭を掻いた。

「僕が思った通りに更生されていれば、戻ってきた方は大丈夫だと思うよ。当然、しばらくは監視する。まあ、こういうことは家庭事情が原因っていうのが多いからね。再発するなら……それなりに処置もするさ」

アフターケアまでするのか。

犯罪者というより、麻薬中毒者を相手にするようだとハルトは思った。いじめ一件に掛ける情熱には感心するが、社会に知れたら震撼させること間違いなし――アメリカならともかく、日本では批判どころの騒ぎではないだろう。

「――正直、その副反応みたいなものも見てみたいんだ」

ともすれば非難されそうな一言を、十条はぽつりと言った。

「一度居なくなった加害者が帰って来て、被害者がどうするのか。加害者は、被害者にどう接するのか。互いに接触を避けるのか、和解できるのか、それとも、再発してしまうのか。僕はすごく気になる。……もしかしたら、加害者は被害者よりも周囲から攻撃されるのかもしれない……」

十条の呟きは、加害者と被害者を思い遣る「気になる」ではなかった。それはまるで、研究者が実験結果を待つような響きだ。力也は、十条を「神様みたい」と言い、千間は「只の平和主義者と思うな」と言った。

どちらも真実なのだろう。目下の世界を展望し、自身が信じる良い方へと運ぼうとする、圧倒的な個人。

間違いなく、この男はBGMのTOPの座に相応しい――悪の一面を持つ。

「加害者たちが、明香を訴えるようなことになりませんか?」

「あっくんなら、本名は名乗っていないし、最低限の変装をした上で、彼の代理は景三の事務所で死んでもらったから大丈夫。被害を訴え出るにしても、彼らは後ろ暗い立場だから難しいんじゃないかな」

いい加減、心配無用の実態に慣れるべきかもしれない。

……と、いうことは、銃殺事件も、聖が企てていた殺し屋の輸出も、フィクションとして解決したということなのか……?

あとは小牧要海を抑え、ドラッグの流出を止めれば、一件落着なのか?

――……いや、待て? 肝心なことがまだ――……

ハルトが気付いた瞬間、軽快なノックが叩いた。

「トオルさーん! 終わりましたー?」

ドアの向こうからハリのある声を上げたのは、明香だ。

「ちょっと困ったこと起きたんで! 千間さんと室ちゃんも来てますよー」

「……困ったこと?」

オウム返しにしたハルトに、十条は大あくびをしてから頭を掻いた。

「なんとなく想像つくな……ハルちゃんと未春、一緒に来て」



 まだ本調子ではないさららに優里を残して、男三人でぞろぞろ降りていくと、既に一般客がはけた店内で倉子に力也、明香が片付けをしていた。

その傍ら、千間――いや、もう優一と呼ぶべきだろうか?――が、カウンターに腰掛けて文庫本を開いている。それを見張る――というよりは、眺めるように寛いだ様子のスズがテーブルに寝そべっていた。

一瞬、この猫もグルなのでは、と思ったハルトだが、優一の隣に居たスーツの男にハッとした。男はこちらに気付くと、すぐに立ち上がって直角のお辞儀をした。

十条はそれに片手を上げてにこにこ笑い掛けてから、先に若者たちの方へ歩いて行った。

「ごめんねー皆、ほったらかしちゃって」

「いいよお、十条さん。もう殆どお客さん居なかったから」

言いながら、抱えていたビビを降ろす倉子は不安げに眉を寄せている。同じような顔つきの力也が、長身の肩を引っ込めるようにしながら尋ねた。

「さら姉……大丈夫スか?」

心配そうな二人に対し、あっさり「大丈夫だよ」と答えた十条は、余った菓子を分けるよう促し、優一らの方へ歩いて行った。

それを見送るや否や、倉子は、すすす、とハルトに近付いた。

「ハルちゃん、さららさん……ホントに大丈夫なの?」

十条の笑顔の「大丈夫」を疑ってかかる辺り、実に見込みのある女子高生だが、ハルトは頷いた。倉子の視線が未春に移り、こちらも無言で頷いたところで、ようやくほっとしたようだった。

「良かった。この間もあんまり調子良くなさそうだったから……」

「ラッコちゃんほど頑丈じゃないもんねー」

余計なことを言う明香の向う脛を倉子の鋭いキックがどつく。悲鳴を上げる明香を、どさくさに紛れて蹴飛ばしてやろうかと思ったが、先に未春が口を開いた。

「リッキーもラッコちゃんも上がっていいって。菓子は二人で分けて」

「要らないの?」

「俺はいいや~……最近、絞ってるしー」

「あっくんには聞いてなーい」

倉子のつれない一言に明香が口を尖らせる。力也はまだ心配そうな顔をして、優一の隣の男を見ていた。脳筋に定評のある力也だが、さすがに最近見た顔は忘れていないようだ。

「センパイ、あの人……こないだの――」

「ああ、俺がサインした人だな」

気軽に請け負うと、力也は困り顔で頷いた。

「あっくんが知り合いのヒットマンだって言うんスけど……大丈夫なんですよね?」

「ヒットマン?……いや、多分、マジもんの007なんじゃないか?」

まだ倉子をからかっている奴のどたまを突いてやると、大げさに痛がりながら振り向いた。

「お前、リッキーを怖がらせるなよ。奴は殺し屋じゃないんだろ?」

「ハルトさん、急に俺の扱いが雑になってない?」

ぶうぶう言いながら、明香は頷いた。

むろちゃんはバッリバリの補佐型の清掃員クリーナーです。本人は器用貧乏とか言ってるけど、仕事はもちろん、スポーツも料理も何でも出来ちゃうスーパーマンですよ。ねー、ミー君?」

同意を求められた未春が頷いたので、ハルトがぎょっとした。

「え、何? お前、知り合い……?」

未春は何でも無さそうに頷いた。

室月むろつきさんは、うちのスタッフだから」

「…………」

いつか話した三人の清掃員の一人……?もう一人は明香だから、更に一人――まさか近所のおばさんとかじゃなかろうなと思っていると、倉子も小首を傾げている。

「あたしも見たことあるよ。時々、みーちゃんにファイル渡しに来る人でしょ?」

「…………」

ラッコちゃんまで、と思わず天を仰ぐが、これは間違いなくこっちの油断だった。

未春が何処からともなく郵送ではないBGMのファイルを持って来ていたのは……あの男が届けていたのか!

「センパイ、大丈夫スか?」

「大丈夫……久しぶりのアップダウンで気持ち悪くなっただけ……」

情報管理が徹底しているかと思えば、これだ。

頭の固さを指摘されているのか? それともこいつらがおかしいのか?

「困ったことって何だよ。あいつらに関係あんのか?」

苛立ち紛れに明香を睨むと、唇を尖らせて首を捻った。

「関係なくはないですけど、って感じです」

「さっぱりだな」

話にならん、とハルトが上司を探すと、ちょうどこちらを向いていた。

「ハルちゃーん、未春とあっくんもこっち来て」

自ら他のテーブルの椅子を運びながら、十条が呼ぶ。こういう時、妙に聞き分けの良い倉子と力也に別れを告げ、唐突に裏取引現場にでも行くような気分で席に着いた。

「ハイハイ、それじゃあ作戦会議を始めまーす」

わー、と明香がパチパチと手を叩くが、未春はいつもの無表情、優一は手元の本から顔を上げず、室月はきちんと座った姿勢で目礼のみ返した。十条は立ったまま、コンプリートしたコレクションでも眺める様に五人を眺め、にこにこ笑った。

「あ、千間くん――いや、お姉さんも来てるし、優一くんがいいよね」

どうやら十条のことは本当に嫌っているらしい千間こと優一はじろりと睨んだが、すぐに文面に戻って忌々しそうに言った。

「……お好きにどうぞ」

「そのまま読んでていいからね。今日だけでも、だいぶ仕事してるから」

「言われなくてもそうします」

憮然とした顔をページから離さず優一は答えた。殺人鬼ではないと判明した今、その行動がキリング・ショック解消中なのはひと目でわかる。読書なのだろうか。以前、ビブリオ・マニア並に本を読む奴に会ったことがあるが、見るのは初めてだ。

ハルトが興味深そうに見ていると、優一はこちらを見ずに顔をしかめた。

「……野々君、見ていても面白いことは起きない」

言いながら、かなり速いスピードでページを捲る。

「すみません、前にも似たような解消法の人間に会ったので、つい」

「そうか。言っておくが、僕の解消法は読書ではない。読字だ」

「読字?」

耳慣れない言葉に首を捻ると、隣でこの上無いほど規律正しく座っていた室月が答えた。

「文字通り、字を読むことです。優一さんが読める文字なら、外国語でも数字でも良いのですが、基本はコンパクトで使い勝手が良い文庫本を多く用います」

解説の間も、優一の目と指は物静かに紙面を滑った。“読めれば何でも”という辺りは便利そうだが、必要量は多く、一度読んだものはある程度の間を置かねば効果が薄れ、同じ箇所を繰り返し読んでも効果は無いという。看板や広告、飲食店のメニュー、テレビの字幕や歌詞、メール、レシート、商品の成分表云々などでも効果を得られるが字数は少ない為、やはり新聞や本が有効らしい。

「面白いですね。初めて見ました」

「君の氷食い程じゃない」

苦笑した横顔は、驚くほど普通に見えた。あんなに気になっていた袖口も、味方だと思うと気にならなくなるものだ。

「結構、時間が掛かるものなんですか?」

何気なく尋ねたつもりだが、すっと答えを差し挟んだのは室月だ。

「今回は特別なんです。この数日、想定以上に優一さんにご負担を掛けてしまったので」

「特別って……センター・コア支部の殺し屋って、千間さんだけじゃないでしょう?」

「いーや、もう優一くんだけ。此処に来る前に、ぜーんぶ殺ってもらっちゃったから」

「ぜ、全部……?」

幾らか唖然として、一向に文庫から目を上げない優一を振り返り、室月へと戻ってくると、彼は自動機能でもあるように即座に答えた。

「殺し屋が6名、茉莉花に与えられていた聖家の構成員が40名ほど。……それと先日、聖景三、本人を含め、その部下20名を処理して頂きました」

「60以上……!?」

変態の領域ならば驚かないが、まともな精神の持ち主だと知った以上、この負担は過剰労働も甚だしい。思わず同業者魂で呑気な上司に抗議したくなるが、ハルトが罵詈雑言を吐く前に、静かな声が遮った。

「野々君、僕は全員に対峙しているわけじゃない。室月は少々過保護なんだ」

「優一さん――そう仰いますが、今日の活動時間だけでも既に許容範囲を超えています。読字を終えたら、すぐに休まないと……いつ倒れてもおかしくありません」

「……この調子だ。こいつは仕事ができる代わりに頑固でな。すまないが、急ぎの用はそちらで処理してくれ」

ご丁寧に恐れ入るが、散々、胸の内でド変態と罵った手前、「何でもやります」と言うしかないほど肩身が狭い。

「さてと、まずは問題の件を室ちゃんから……っと、そういえば室ちゃんとハルちゃんは一応、面識あるんだっけ。紹介要るかい?」

十条の取りなしに、室月の方が立ち上がって頭を下げた。聖の部下だと思っていた時からそうだが、彼のお辞儀は一流ホテルで通用しそうなほど完璧だった。

「改めまして、その節はご挨拶もせず、失礼致しました。室月修司と申します。野々さんの御高名はかねがね承っております」

来日以来、最も丁寧な挨拶にむしろ狼狽えて、ハルトも腰を上げて頭も下げた。相変わらず顔つきは隙が無く硬質だが、ほんの少し緩められた微笑は真人間を思わせる。「日本版・ジョン」などと思いながら、こちらも愛想笑いを返す。

「室ちゃんは、主にあっくんのサポートとして聖家に入ってもらっていた、うちのナンバーワン・清掃員だよ。さらちゃんとは十代まで一緒に過ごした姉と弟って仲だね。優一くんとは同じ高校出身で先輩と後輩。とっても器用で何でも出来ちゃうから、僕も色々お世話になってる。射撃も良い腕してるんだよ」

「野々さんのおかげで命中率が上がった気がします」

「ハルトでいいですよ……恥ずかしいなあ……それ……」

正直、会った時のことは全部忘れてほしい。そう思いながら、ハルトはひとつ気付いた。

さららが男所帯に踏み込むのを何とも思わないのは、この男の影響だろうか。更に、スーパーマンとまで称される男が、こうも規律正しく従う裏にはさららの存在も大きいのかもしれない。……と、すれば、明香とハルト以外は、全員がさららと関係が深いということか。その背景には、目の前でにっこり笑っている男が居る。

「じゃ、室ちゃんよろしく」

「はい」

十条に促され、室月は着席後、改めて姿勢を正して話し始めた。

「聖景三が撒いた疑似スプリングに紛れ、ギフト・ギビングが流出しました」

申し訳ありません、と頭を垂れた室月に、優一が呆れたように細い溜息を吐いた。

「お前の手落ちではないと何度も言っているのに、聞きません。何とか言ってやって下さい」

「俺もそう思うなあ」

すかさず同意したのは、細い前髪を弄いながらの明香だ。

「室ちゃんは、ちゃんとジジイのは確保したじゃん。ギフトはイレギュラーだったんだから仕方ないよ」

フォローと賛辞に対し、室月は困り顔だ。十条がにこにこ笑っているので、やや沈痛な面持ちで経緯を語り始めた。

聖景三は自身の死に合わせ、疑似スプリングを不特定多数の一般人に撒く計画をしていた。これは景三の長年に渡る後ろ盾でもあったが、同時に最後の手段をばらしているも同然だった為、十条たちはどこの誰に撒かれるか、幾つかの予測を立てて準備していた。ダミーが数ヶ所あったものの、すべて予測通りの場所に到着、或いはそうなる前に確保できた。

ところが、これに乗じて小牧が大きく動いた。言うまでもないが、こちらが疑似スプリングの回収に手いっぱいになると見込んでのアクションだ。

「疑似スプリングの多くは暴力団の下部組織や関係者個人をターゲットにした郵送でしたが、ギフト・ギビングはネット上で拡散しました。主に動画配信サイトやSNS上の広告を窓口に、分かっているだけでも百件以上の申し込みが有ったようです。既に広告は押さえ、購入者もほぼ特定してあります」

「広告って……――薬物の?」

危険薬物丸出しの広告を想像したハルトに、ニヤニヤ笑ったのは明香だ。

「ハルトさん、サプリメントって便利な言い方があるじゃん。海外でもあるでしょ?」

健康食品とは無縁らしいハルトに、後を引き取った室月が丁寧に説明した。

「茶話が言う通り、ギフトはサプリメントを装って販売されていました。日本のサプリメントも、ビタミンやミネラルなどを錠剤やカプセル状にしてある健康食品です。医薬品ではないですし、海外に比べて成分が抑えられていますので、効果に対して懐疑的な部分も有るようですが、その分、気軽に摂取する人も多いようです。日本では、食生活では取り切れない栄養と、美容やダイエット向け商品の需要が中心ですね」

「狙われたのは、後者の方ですか」

「その通りです。謳い文句や成分は虚偽の内容ですが、惹かれるのは女性が多いでしょう」

「嘘なら、すぐに訴えられるんじゃ……?」

「確かに、悪質な商品や販売に関して消費者が相談できる窓口は存在しますが……」

言葉を濁した室月に対し、あっさり結論を喋ったのは十条だ。

「今回の場合は、それがわかる頃に摂取した人間が無事かどうかが問題だね。当然、会社はダミーで連絡先もナシ。販売元も工場も不明。それにねハルちゃん、自分でネット注文した健康食品の場合、購入額がでかくなろうと、偽物だろうと、契約解除は対象外なんだよ。おまけに正体は違法薬物。お手軽な落とし穴ってことさ」

「……なるほど。罠を見抜けないなら、気軽に買うなってことですね。それで?俺たちは気の毒な消費者の為にギフト回収をするんですか?」

正直、話の途中から殺し屋には無関係だと感じていた。苦労せずに近道をしようとして落とし穴に引っかかった人間を引っ張り上げるなど、殺し屋以外がやればいい。

「まあまあ、ハルちゃん。考えてもみてよ。ギフト・ギビングが持つ作用は大きく三つ。一つはポイズン・テナーが作用するほどの超精神安定、二つ目は、ドラッグにありがちな多幸感。三つ目が、前の二つが切れた時に生ずる大きな不安感や妄想。――もし、小牧グループがこれをフル活用したら、株式市場は大混乱になる」

ハルトが苦虫を嚙み潰した顔になる代わりに、十条はにこやかだ。無論、言われなくても想像はできる。ネット上で迂闊に怪しい品を購入するタイプの人間は、少なくとも日頃からネット上を徘徊している為、動画なり広告なりでポイズン・テナーを聴かせるのは難しくない。それこそ、ポイズン・テナーはほぼ無音だし、ギフトを摂取していない人間には効果がないのだから、音楽の合間に聴かせることも可能だ。

「操作の段階に入ったら、相場操縦ができるわけですか……」

「そういうこと。君の元上司はドラッグも嫌いだけど、不正取引も同じくらい嫌いでしょ?アマデウスさんは嫌いなものは雑に扱うからさあ……薬品工場まるごと爆破なんてこと平気でやりかねないから危ないじゃない」

「まあ……否定はしません」

事実、この二件に関しては、アマデウスはプロセスこそ踏むが横暴な手段をとる。

優一が受けたラスベガスの件も然り、大麻の栽培地を札束で殴るように買収してから焼き払ったり、取引に応じなかった偽札工場は有無を言わさずダイナマイトでぶっ飛ばしている。

「でも、それなら警察内部の清掃員が取り締まればいいじゃないですか。現段階では操作されていないんですから購入者の証言も普通でしょうし、ギフト・ギビングを一つ渡すだけで小牧を摘発できると思いますが」

「僕はハルちゃんのそういう冷静で論理的なとこ、すごく好き」

要らぬ好評にハルトは顔をしかめたが、十条の二の句を引き継いだのは室月の方だった。

「野々さんが仰る通り、殆どの購入者は清掃員で対処致しますが、一般警察の手はなるべく借りずに進めます」

「……どうしてですか?」

「ポイズン・テナーとギフト・ギビングを公安や政府に知られたくないからさ」

己のぼさぼさの髪を摘まんで、十条は彼にしてはつまらなさそうに言った。

「このセットは、使い方次第でとんでもない凶器になるからね。小牧グループが政府高官を操るなんてかわいいもんだけど――外交で不利な条件を全部イエスで通してもらおうなんて考え始めたら大変でしょ。公安、警察、法廷でも不正が横行しかねない。景三の戦争屋計画が歪んだ愛国主義に対して、小牧は自己の繁栄が何よりだから、何処と繋がろうとお構いなし。ギフト・ギビングが売れ続けるだけでオーライだし、使用者は思想なき同調集団にできる」

「十条さんには絶対に与えたくない薬物ですね」

呆れたような声は、文庫に向かい続ける優一だ。

人望がない上司は頭を掻いたが、ハルトも内心、同感だ。十条の思想は正しいかもしれないが、彼の正義は力の行使も、多大な犠牲も躊躇わない。

「俺たちは何をすればいいんすか」

頃合いを見ていたのか、シンプルに問いかけたのは空気のようにおとなしかった未春だ。

「清掃員には難しい場所から、ギフトを回収して頂きたいと思います」

申し訳なさそうに答えた室月は、数件の住所が書かれた用紙を差し出した。

「何れの注文も、送付先が注文者の住所と異なり、周辺の清掃員に調査させたところ、詐欺グループや暴力団の溜まり場でした。事前に小牧から知らされていた上で購入した可能性が高いと思われますが、彼らが効果を知らずに使用するのか、どこかに転売する気なのかは不明です」

「……結構、点在してますね。俺と未春で手分けしますか?」

十条は首を捻り、捻り、己が口元をぎゅうと押さえた。

「うーん、できるだけ二人で行った方がいいかなあ……だってこれ、罠っぽくない?」

「罠って……俺はともかく、コイツは数人で囲んだところでハンデにもならないですよ」

「只のケンカならね。罠ほど危険じゃなくても、どこかにイレギュラーがある気がする。一緒に行ってやってよ、ハルちゃん」

単独の方が気楽だが、断る理由もない。東京の地理は未春の方が明るいし、こっちは喧嘩屋ではない。殺し屋だ。

「今回は依頼に乗っ取った仕事じゃないから、よほどの理由がなければ殺さずに頼むよ。ギフトを回収したら室ちゃんに連絡。清掃員と交代して、次に行く。おっけー?」

うんざり顔でハルトは頷いた。

この上司は、殺し屋が何だか知っているんだろうか……?

「優一くんはキリング・ショックを解消するまで待機。要海くんが呼び出すようなら、室ちゃんとあっくんこと茉莉花ちゃんで対応宜しく。小牧と話を付けるのは、ギフトの件が片付いてから。オッケー?」

優一は無言のまま頷き、明香は陽気に敬礼、室月は直角に頭を下げた。

「あ、トオルさん、一個だけいい?」

「何だい、あっくん」

「ハルトさんが仕留めてくれたネズミなんですけど、聖のネットワークを利用して、聖彩学園の学生や、他校の生徒を調べた形跡があったんですよ。ねえ、室ちゃん?」

「はい。個人成績よりも、学内での様子が主体だったので、根気の要る作業だったと思われます」

二人の報告に、ハルトも首を傾げた。

アマデウスが察知していた学校関係者への接触も、茉莉花本人よりはこちらの口だろうか。素行調査など、てっきり、例のいじめの調査と同義かと思っていたが。

「それ……危険思想がある生徒を探してたわけじゃあないですよね?」

ハルトの問いに、十条は小首を捻って微笑んだ。

「平たく言えば、そうかも」

「外部から見てわかるもんなんですか? それに、普通は学校にとってまずい情報なんですから秘匿するでしょう? いじめだって隠す傾向みたいじゃないですか」

「おお、さすがハルちゃん。隠したいぐらい悪い情報……ってことはさ、学校にとっては、いじめっ子も、いじめられっ子も、『わかった時には取り返しがつかないが、どうにかしたい案件』ってことだよね」

「……?」

「ピンと来ないかい? もしもだよ、ハルちゃん――いじめられる側といじめる側の双方を、学校も、警察も、裁判さえ関わりないように『何も無かったことにできる』としたら、魔法みたいなことだと思わない?」

「さららさんに使ったみたいにすか」

静かにしていた未春のぼそりと出た言葉に、十条はいつもの肩をすくめての苦笑いだ。

「手痛い切り返しをするじゃないか、未春。……そうだよ。お手軽カンタン、ドラッグ代も手に入って、摂取中の学生をポイズン・テナーで操作可能のオマケつき。これを問題児、或いはいじめられる側に使えるとしたらどうだろう? 喉から手が出る学校関係者って、何人ぐらい居るのかな?」

学生に目を付けた要海と同等の悪どい発想力だ。

「十条さんがやった『更生』が、もっと安易にできるってことですよね?」

「そうなるね。それを使わなかった僕を皆もう少し見直してほしいなあ」

胸を張る上司に賛辞は贈られなかったが、室月と明香が小さく苦笑した程度で済んだことを感謝してほしい。

「俺的には、学生側が使いたがりそうで怖いんだよねー」

軽やかな口調だったが、明香の声は少しばかり真摯に聞こえた。

彼がいじめの裏を取ったのは、国見正幸くにみまさゆきという力也と同じ大学の生徒で、非常に簡単な演技だったという。

「友達らしい友達が居ないんで、周囲の細かい人物像を覚える必要が無かったんです。正直、俺にはよくわかんない奴でした。出席率も成績も普通で、コミュ障ってほどでもない。例えば、ゼミで一緒の学生と、授業についてとか、流行ってる映画やコミックの話とか、まあ世間話程度に喋れるし、特徴的な話し方や、変なクセもありません。見た目や性格もまるきり尖ってないから、一匹狼で居たいような奴とも違う……なのに、友達とか彼女は居なくて、先輩や後輩、教員と親しくする様子もない。で、目立ってないのにいじめられてる。こういう奴って、色々溜めてそうじゃない?」

「そうだねえ……ストレスから薬物乱用に走るケースはあるよね。ギフト・ギビングは逆のパターンもありそうだ」

十条は語尾を大あくびで締めると、ハルトと未春を交互に見た。

「……それじゃ、二人とも頼むよ。僕もちょっと休むから――」

言い掛けた十条に、ハルトは返事の代わりに殆ど胸倉掴む距離で睨んだ。

「『ちょっと』休んでもいいですけど、十条さんも働きますよね?調べんのも殺すのもお得意ですよね?」

「ひっ……ハルちゃんのプロフェッショナル圧が強い……! 学校関係者の件は僕が手を打つけど……命に対して即席感覚は良くないよう……!」

「おい、どの口が言ってんだ? あんたの仕事はヒーロー気取りの悪党相手だろーが! お前も何とか言ってやれ!」

声を掛けられた未春は無表情にかぶりを振った。

「俺はいいよ。明日から十条さんの目覚ましをケツバットにするだけで」

「未春ぅ……お前の『いいよ』は拷問なの?」

騒がしいハッピータウン勢を前に恐縮し続ける室月をよそに、明香がへらへら笑った。

「ホントこの人たち、おもろい殺し屋だよねー」

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