18.Out of control.
「この子が、さららか」
男は静かに言った。
その鋭い両目に見つめられ、さららは慌てて隣の青年の陰に隠れた。
都心のオアシスのような公園の中、眼前に広がる芝生では多くの人々が遊んだり、レジャーシートを広げてくつろいでいた。その一角で向かい合っていた一組は、四十前後の厳めしい表情の男と、若い青年、小さな女の子という妙な組み合わせだった。
「
やんわり注意した青年は、まだ少年の域を出たばかりという顔立ちだ。ひょろりと背が高く、無造作な黒髪をした青年は、ぎゅっとジーンズを掴んだ少女を振り返り、そっと髪を撫でた。
「さららちゃん、大丈夫だよ。顔は怖いけど、このおじさんは良い人だ」
「……」
少女は答えない。いっぱいに見開かれた目だけが男を見上げた。男は居心地悪そうに、正反対のニコニコ顔をしている青年に向き直った。
「十条、本当に私に預けていいのか」
「はい。宜しくお願いします」
「私は――……お前にとって仇に当たるが――」
「僕に責任を感じるなら、尚の事お引き受けください」
穏やかな笑顔で堂々と言った青年を、男は渋面で見ていたが、静かに頷いた。
「わかった。いつまで預かればいい?」
「うーん、最低……高校に上がるくらいまでですかね。必要な費用は僕が出しますが、室月さんも
「お前が学費を出すつもりか?」
驚愕を満面に描いた男に、18歳の青年は当たり前のように頷いた。
「多分、僕は彼女一人くらい、大卒まで世話するのは余裕です。ただ……構ってあげられないんです。僕は今、とても忙しい。これから更にやることは増えるし、もう一人、見ていなくてはいけない子がいるし……他の子を預けた児童養護施設だって、楽な経営じゃありません。だからお願いするんです。悪い大人から守って、優しい子に育ててほしい」
男は黙していたが、青年の黒い瞳を見つめ、頷いた。
「必ず、優しい子に育てよう」
「ありがとうございます」
「修司、こっちに来なさい」
やや離れた草地で何か眺めていた少年が、父親の呼び掛けに応じて走って来た。賢そうな顔立ちの少年は、不安そうにジーンズを掴む少女に、少し恥ずかしそうに笑い掛けた。
男はその頭を撫でてから、少女に向かって大きな手を差し出した。
「私は室月
少女はその手をじっと見つめたまま動かなかったが、青年がにっこり笑って言った。
「さららちゃん、大丈夫だよ。修司くんはとっても良い子だから、仲の良い家族になるよ。僕は必ず君を迎えに行くから、それまで元気で待っていて」
――トオルさん。わかった。私、寂しいけど、良い子にしてる。
だからきっと、“あの子”と一緒に迎えに来てね――
テレビが消えるようにぶつりと途切れた視界は、再び電源が入るように切り替わる。
あの父子と暮らした日々が、チャンネルを切り替える様に映っては消えた。
怖がる手を握ってくれた小さな手。頭を撫でてくれた大きな手。一緒に食べた朝ごはんに晩ごはん、日曜に出かけたレストラン、焼肉にお好み焼き。
公園、動物園、水族館、色んな所で一緒に過ごした二人。
誕生日にケーキとプレゼントを用意してお祝いしてくれた二人。
家族。私の、もうひとつの家族。
次に切り替わった景色は、雨が降っていた。煙るような雨だった。
家に帰ると、玄関の扉が開いていて、奥で哲司さんが誰かに怒鳴っていた。
いつも怖い顔をしているけれど、決して怒らない優しい人が、大声で怒鳴っている。
不意に弾丸みたいに飛び出して来た修司が、帰って来たばかりの私の手を引いた。
子供の頃よりも、ずっと強く引っ張った。
どうして? 何処に行くの? 哲司さんが何か言っているわ。
一緒に居なくていいの?
――逃げろッ!!
哲司さんの大声を背に、雨に濡れるのも構わず、修司が走り出す。
強く、強く、私の手を引いて走る。耳元で、肩口で、足元で、雨が爆ぜて飛び散る。何処かでサイレンが鳴った気がした。
修司は濡れそぼつ片手で電話を掛けていた。
誰かと何か言い交わして、すぐに切った。
その間も走り続け、さららの息が切れてきた頃にようやく止まった。
すごい高層ビルの前だ。近所にあるのは知っていたが、何の施設かもよく知らない、素通りするだけのビル。雨が叩くタイルの広場が、遠い入口まで広がっていた。
一体ここに何の用があるのだろう?子供二人がびしょ濡れのまま入ったら止められるのでは――さららが些末なことを考えたとき、背後で誰かが声を上げた。
「居たぞ!」
「さらら! 走って!」
握っていた手でさららを放り投げる様に修司が離れた。
さららが見た後方から、スーツを着た男が数名、走って来る。
あの人たちは何? 哲司さんは? 修司も何をするつもりなの?
さららが問い掛ける前に、最前の男と修司が掴み合う。
「走れ……! 早く中へ……!」
こちらを見ることなく怒鳴った修司に、男の拳が容赦なく襲い掛かった。屈強な男たちに高校生一人が叶う筈がない。途端にさららは立ちすくんだ。
――誰か――誰か助けて!
蒼くなって辺りを見回すが、立ち止まる人々はさざめいたり、写真を撮ろうとする者は居るのに、手を貸そうとする者は誰も居ない。震える足で身動きできずにいると、スーツ姿の一人がこちらに向かってきた。その足に取りすがる修司の手を蹴飛ばし、喉元で悲鳴を上げたさららへとずんずん歩んでくる。
――やめて。やめて。やめて。“あの子”にひどいことしないで――!
刹那、ぎゅうと自身の片腕を握り締め、さららは声を発していた。
前のめりに大声で発せられたように見えたが、音は殆ど聴こえなかった。それに対し、断末魔のような叫び声を上げたのは、修司を押さえつけていた男の一人だ。どこかが千切れたかのように自らの体を抱えて絶叫する。さららの前に居た男も驚いて振り返り、周囲の仲間も呆気に取られた。苦悶する男は意味のわからない声を喚き散らし、手を伸ばした仲間を払いのけ、濡れそぼつタイルの上で涎を垂らしてのたうち回り――白目を剥いた。
皆、呆然と立ち尽くした。
さららにも何が起きたかわからない。恐怖に慄いていると、いち早く目的を思い出した男がさららを振り返り、今度は違う影に阻まれた。
あまりに静かに隣に居た為、さららも驚いた。
差した傘の合間に見えたその闖入者は、同年代かそこらと思しき若い少年だった。
しかし、少年と呼ぶには大人びた印象で、淡いグレーのスーツを着こなし、心なしか蒼白に見えたその表情は厳しい。
何故か、口端には赤い色が滲んでいた。
「お前は――」
言い掛けた男の顔に浮かんだ焦燥をさららが感じ取るよりも早く、闖入者の片手がすっと男に伸び、その肩を叩いた――ような気がした。知り合いに声を掛けるような、軽いタッチに見えたその直後、男は驚いた表情のまま、膝をついて倒れた。闖入者は傘をさららに差し出し、放心状態のさららが受け取ると、振り向くことなく修司と残りの男らの方へ歩いて行った。修司を捕まえていた男が、慌てて修司を盾にしようとしたようだが、突如きょとんとした顔のまま横に倒れた。怯んだ様子の残りが踵を返すが、後ろから見えない何かに撃ち抜かれたように順につんのめり、全員が濡れたタイルの上に倒れた。
「修司……!」
糸が切れたように倒れた少年に、さららは傘を取り落として駆け寄った。元の顔がわからないほど腫れ上がった様に背筋が凍る。思わず揺さぶりそうになった瞬間、誰かの声が頭の上で響いた。静かな声は少し咳込み、苦しそうだった。
「動かさない方がいい」
はっとして振り向くと、先程の闖入者がこちらに傘を差していた。彼は電話を片手に、自身は雨に濡れながら喋った。
「……確保しました。今、連れて行きます。……はい、室月が怪我を。そちらもお願いします」
ふと、闖入者の声に咳が混じったとき、殆ど目を開けぬまま修司が呟いた。
「……すみません、優一さん……」
涙ぐむように呻いた声に、咳込んだ筈の声は穏やかに言った。
「……気にするな。お前はよくやった」
サイレンの音が二重、三重に重なって聴こえてくる。その時になって初めて、さららは最初に倒れた男が気になって振り向いたが、まるで隠すように優一と呼ばれた男が立っていて、その姿は見えなかった。
救急車を見送った後、濡れ鼠に等しい格好でさららが伴われたのは、修司が目指していた高層ビルの中だった。入ってみて初めて、それが豪華なホテルだとわかった。ロビーには巨大シャンデリアが輝き、ぴかぴかに磨き上げられた床に反射して、何もかもきらきらして見える。
優一は慣れた様子でスタッフを呼びつけ、さららを預けると、すぐに何処かへ行ってしまった。何となく心細く思いながら、スタッフに伴われるまま、びっくりするほど高級そうな部屋に案内されると、さららは気を失うかと思った。
スイートルームというものだろうか。
シンプルだが、さぞや高いであろう家具が並ぶ中、頭から爪先まで綺麗に整えた女性がタオルや着替えやらを手配し、さららは気圧されるようにシャワーを浴び、濡れた制服からゆったりしたワンピースに着替えさせられた。
女性が制服を持ってしずしずと退室すると、さららは急に不安になってきた。
やけに大きなソファーは落ち着かず、揃えてくれたティーセットは華やか過ぎて触れるのも躊躇われる。黙って座っていると、救急車で運ばれた修司の事が不安で堪らなくなった。哲司もどうなったかわからない。
それに……先程、絶叫していた男はどうなったのだろう?
背筋を冷やす胸騒ぎに一人で膝を抱えていると、ゆるいノックの後にドアが開かれた。
「お、さらちゃん。ごめんねーお待たせして」
呑気な声と共にドアを開けた男に、さららは唯一の肉親に会ったように跳び上がった。
「トオルさん……!」
たたらを踏んで走り寄ったさららに、十条
「いやあ、無事で良かった。怪我はない?」
「わ、私より、修司と哲司さんが……!」
「大丈夫、修司くんも哲司さんも無事……ん?そうでもないか。とりあえず、命に別状はないから安心して」
怪しい表現だったが、命に別状はない、と聞いてさららは少しだけ安堵した。十条は小さな子にするように、さららの頭を撫でると、言い聞かせるように言った。
「急で悪いんだけど、さらちゃんは今日からうちにおいで。二人はしばらく家に戻れないからね。今、
「は、はい……」
一体何が起きているのか尋ねたかったが、ひとます、さららは素直に頷いた。十条宅は、十が結婚後、何度も出入りしている。ありがたいが、そもそも自分に選択肢はない。お人形のように頷いた娘に笑いかけ、十条は背後を振り返った。
「優一くん、入っておいでよ。まだ時間あるんでしょ?」
呼び掛けからやや間を置いて、その人物は入って来た。ひょろりと背が高い十条と並んでも見劣りしない、シュッとした印象の人物は先ほど助けてくれた闖入者だ。
「僕の同業者だけど、悪い男じゃないよ」
同業者。十条が殺し屋なのを知っているさららは、どこか不安げな眼差しで、少年――否、青年を見、相手は居心地悪そうにさららを見た。
「さっきは……ありがとうございました」
青年は黙って首を振った。傘を差してくれた仕草や、修司にかけた言葉からして悪い印象は受けないが、歳のわりに寡黙な青年だ。
「さらちゃん、こちらは千間優一くん。ほれほれ、優一くん、そっぽ向いてないで挨拶して」
千間?つい数時間前に聞いたばかりの珍しい名に、さららは首を捻った。
「あの、もしかして……ご親戚に、『
青年は少しだけ片眉を動かしたが、答えの代わりに十条をちらと見た。彼が頷くのを確認し、さららに向かって頷いた。
「偏屈な爺さんが居る。会ったのか?」
「あ、いえ……おじいさんではなく、高校生の……」
「優里か。姉だ」
「お姉さん……そうですか」
さららが納得したように頷くと、十条が面白そうに微笑んでいる。
「さらちゃんが
「トオルさんもお知り合いなんですか? 今日、たまたま……初めて入ったんです。その時、優里さんが話し掛けてくれて――」
「うるさい奴だったろう」
本当にそう思っているらしい発言に、さららは慌てて首を振った。
「明るくて、とても良い人でした。お茶も頂いてしまって……」
言いながら、優一が口端から血らしきものを流していたのを思い出す。今は何ともないのだろうか。わずかな赤も滲んでいない唇をじっと見ていると、気になったのか、優一は脇を向いてしまった。
「さてと、少し座って話そう。やれやれ、こんな緊急会議をする羽目になるとはね」
十条はにこにこしているが、声は困った調子だ。さららと優一が着席するや、自ら電気ポットを持ってきてお茶など入れ始める。
「まず、さらちゃん……怖い思いをさせてごめんね」
温かいカップを受け取って、さららは首を振った。
「いえ……どうしてトオルさんが謝るんですか?」
「うう、全くその通り……と言いたいところだけど、僕が悪いんだろうなあ……まさか、あの要海くんがこんな強硬派だったと思わなくってさあ……」
十条はぶつくさ文句を言うように答えると、茶をひと口飲んでふっと息を吐いた。
「さらちゃん、哲司さんから、君の家のことは聞いたかい?」
「……はい。小牧グループのことなら、少し……」
日本で指折りの大企業が自分の親戚とは、そう打ち明けられて尚、にわかに信じ難い。一族の人間に会ったことはないし、何やら雲の上の人物で、会いたいという気持ちも希薄だ。そもそも、父である
「その小牧グループの代表は君のお父さん、小牧天彦さんがずっと務めていたんだけど――実はほんの数時間前、脳溢血で入院したんだ。高齢というのもあるけれど、容体はあまり芳しくないらしい」
実の父親の重体を聞いても、さららは曖昧に頷いた。それよりも室月父子の方がずっと心配だったが、十条は難しい顔で続けた。
「一度も会わずに別れるのは良くないと思って……僕は君を会わせてもらえないか、跡取りの
「それが裏目に出た。十条さんのお節介で、室月は要らん怪我をした」
遠慮なく責める調子の優一に、十条は茶を啜りながら縮こまった。
「ハイ……全くそのとーりです。優一くんもごめんよ。僕が要海くんのとこから戻るまでに大急ぎで来てもらっちゃって。
「……僕のことはいいです。それより、どう処理するつもりですか。要海が過激派だとわかった以上、これで彼女のことを諦めるとは思えません」
「そうだろうね。交渉もナシにいきなり武闘派のヤクザを送ってくるって、最近の子はどーなってんの?恐ろしい時代になったもんだよ~……」
「要海は特別です。奴を普通の十代だと思わない方がいい」
「まあ、君も普通じゃないもんねえ……」
「僕の話は良いと言っているでしょう」
「あの……」
申し訳なさそうに片手を上げたさららに、二人の視線が寄せられた。
「お……お話し中にごめんなさい。小牧グループにとって、私は何か問題があるのでしょうか……?」
不安げな質問に、十条はぼさぼさの髪を掻いて、何やら申し訳なさそうに頷いた。
「さらちゃん、君はね……小牧グループの跡取りの一人ってポジション以外に、あのグループが喉から手が出るほど欲しい『ポイズン・テナー』っていう才能を持ってるんだ」
「ポイズン・テナー……?」
「……思い詰めると思ったから言わなかったんだけど、君は恐慌状態になった時だけ、特定の人間に指示を強要できる特殊な声を出せるんだ。彼らはその音声をビジネスに使おうとしているんだよ」
ポイズン・テナーの概要を聞いたさららは、みるみる内に蒼白になった。自身の片腕を片手できつく掴み、目元が揺れた。
「それじゃ……さっき、叫んだ人は……!」
「――あれは只のヤク中だ」
十条が何か言う前に、優一が静かに、しかし断言した。
「優一くんの言う通りだ。今日の事は君のせいじゃないんだから気にしないで」
すかさず付け加えた十条と、目を逸らして黙っている優一を、さららは交互に見つめ、途方に暮れた様な顔をしつつも頷いた。
一方、ニヤニヤと十条は優一を見、優一はその視線に薄気味悪そうな顔をして脇を向いた。
「トオルさん……それなら、私は小牧グループに戻らないといけないんですよね……?」
凍えるような問い掛けに、十条はひょいとさららの目を覗き込んだ。
「血筋では君の生家ということになるけれど、帰りたいかい?」
「……」
イエスと言わねば周囲に迷惑をかけると思ったが、さららはなかなか首を縦に振れない。
その様子を見て、十条はゆっくり瞬きしてから身を引いた。
「さらちゃん、僕が昔のBGM・東京支部を壊したとき、小牧も関わった研究施設から君を保護したのは話したよね。僕は天彦さんと、小牧グループをどうこうしない代わりに、才能や利用目的で君に手出ししないようにって約束をしたんだ。実際、天彦さんは僕との約束を守った。それがねえ……息子があっさり破るとはねえ……」
わしわしと髪を掻いて、十条は口を尖らせた。
「小牧に帰れば、君に生活苦は無いと思う。ただ、こういう引っ張り方をする連中が、君をどう扱うかは……なんとなーく想像がつくかい?」
きゅ、と唇を噛んでさららは頷いたが、第三者が苛立った声を上げた。
「奴らの手段が“こうなった”のは、十条さんが原因でしょう」
「あぁー……また優一くんが正論で僕をいじめるー……」
「実の娘をあんな所に預けた男に正論を求めたのは貴方ですよ。もっと早く、亡くなった体にして、縁を切らせるべきだったんだ」
「……家族と縁を切るなんて、寂しいじゃないか」
十条はぽつりと言うと、本当に寂しそうにさららの方に笑い掛けた。
「優一くんはね、名前に『優しい』の字が入ってる通り、優しい男なんだ。君や修司くんのことを考えて言ってくれてるんだよ」
「十条さん、僕は別に――……」
否定しかけた優一だが、さららが「わかります」と頷いたので押し黙った。
「わかります……トオルさんも――お二人が私のことを考えて下さっているのは。私も……我儘かもしれませんが、帰りたいとは思いません……行くなら、哲司さんや修司にひどいケガをさせた文句を言いに行きたいぐらい……」
「良かった。文句は後で伝えるとして、要海くんとは交渉しないとなあ」
その言葉の途中で、電話が鳴った。どこか緊張した面持ちになるさららと優一が見つめる中、十条は自身の電話をとった。
「ああ――要海くん。数時間前ぶりー。ん? うん……フフフ、ふーん? あ、それはダメ」
含み笑いを含む妙な応答をした後、語尾の「ダメ」だけ十条はきっぱり言った。
「お断り。あんまり我儘言わないでよ――僕だって、怒るときは怒るんだよ。ほえ?ええーそんなこと言ってイイのかなー知らないよー?『死神』に沈められても……あの人、気のいいビジネスマン顔してるけど、怒らせたら手足もがれちゃうよ」
ゆらりゆらりと動きながら喋っていた十条だが、ぴたりと止まった。
「切れちゃった」
舌を出す十条に、呆れた様な溜息を吐いたのは優一だ。
「要海はなんと?」
「例の薬をばら撒くって騒いでる」
「やりますか」
「……いや、どうせ小牧は一族経営だ。頭がすげ替わるだけなら、怒りっぽい彼の方がわかりやすいし、潰すときも楽だよ。優一くんには苦労掛けて悪いけど、アマデウスさんにチクって、しばらく好き勝手にさせよう」
「彼女はどうするんです。閉じ込めておくわけにもいかない。あなたが四六時中、面倒見切れるんですか」
「んーと、トイレとお風呂以外は一緒に居ようか?」
さららが赤くなって声を失うのを愉快そうに眺めて、十条は批判的な目をしている優一を振り返った。
「大丈夫だよ。学校は清掃員を手配するし、家の方は僕が素っ裸で出て来ない程度にすればいいんでしょ。優一くんは念のため、聖の爺さんの動きに注意してくれるかい?」
「……わかりました」
それで話は済んだらしい。立ち上がってすぐにドアへと向かう優一に、さららは思わず立ち上がった。
「あの、千間さん――」
肩越しに振り向いた優一に、さららは臆しつつ尋ねた。
「あなたは……修司をご存知なんですか?」
さららの問い掛けに、青年は頷いた。
「室月は、高校の後輩だ」
何でも無さそうに告げると、出て行ってしまった。ちょっと送ってくるよ、と十条も出て行くと、部屋は急にしんみりと静まり返った。廊下はおろか、眼下に広がる夜景の喧騒さえ聴こえない。さららはソファーに戻ると、音もなく溜息を吐いた。
世界が、知らぬ間に景色を変えると思った。行き先の見えないベルトコンベアに乗せられている気分だった。
「こんにちは……」
二日後。室月父子の見舞い帰り、さららは紺夜のドアを開けていた。漢方屋ではなくジャズ・バーに入ったように、中は軽快なピアノの音が響いていた。
「さらら。来てくれたのね」
カウンターの一角を分厚い本で占拠していた優里は嬉しそうにしてから、きょとんとした。さららが一人ではなかったからだ。三十路かそこらのひょろりと背の高い男は、きちんとお辞儀をし、さも人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「どなた?」
父親にしては若過ぎ、兄にしては似ていない、恋人にしては――ハンサムだけれど、ちょっとくたびれすぎ?などと優里が思っていると、さららが恥ずかしそうに紹介した。
「私が小さい頃からお世話になっている人なの。お店の話をしたら、おじいさんと会いたいって」
「おじいちゃんと?」
優里が視線を送るのは、カウンターの反対側で椅子に身を預けて目を閉じていた祖父だ。居眠りをしていた筈の祖父は、既にうっすら目を開けて男を見た。
その鋭い眼光に、男は丁寧に一礼した。
「こんにちは、利一さん。僕を覚えていらっしゃいますか」
老人はにこりともせず、むっつり頷いた。
「久しい客人だ。私に何の用だね」
「彼女がお世話になったお礼と、お願いがあって参りました。少し、出ても宜しいですか」
男の穏やかな申し出に、老人は厳かに頷いた。
入口に居るからね、とさららに告げ、二人は店から出ていった。
優里は不思議そうにドアを見つめていたが、さららはその前に紙袋を差し出した。
「優里さんに、この間のお返しをしたくて……これ、良かったら。お口に合うかわからないけれど……」
「優里でいいわよ。お礼なんていいのに」
そう言いつつ紙袋を受け取り、中を覗き込んだ優里はわあっと嬉しい悲鳴を上げた。個別に包まれたドーナッツとマフィンがいくつも入っている。
「こんなに沢山――ありがとう。手作り?」
「ええ。私はちょっぴり……殆どプロの人に手伝って頂いたの」
「嬉しい! 私、こういうの久しぶり。お茶を淹れてくるわね」
「えっ、また頂いたら悪い――」
「どうして。これはもう私のなんだから、私の好きにさせてもらう」
広げた本を押し退けながら言う優里に、さららはクスと笑った。
最初の印象通り、優里は人に臆する性格ではないようだ。羨ましいな、とさららは思った。またカウンターを挟んでお茶会を始めた二人は、数年来の知己のように他愛ないお喋りを始めた。優里はさららが持ってきたドーナッツを凄まじい連写で写真に納め、自分たちの写真も撮り、さららの端末に送ると、美味しそうに頬張った。
「ねえ、あの人はさららの何なの?」
「えっ……」
さららが分かりやすく戸惑うので、優里は面白そうに笑った。
「ははーん、そういうこと?」
「ち、違うの! トオルさんは私の――お兄さんというか、後見人みたいなものというか……」
まさか、BGMや研究施設のことを話すわけにもいかず、さららは口ごもった。十条によると、千間家は代々、女児には稼業を秘密にする風習がある為、優里は弟の優一がBGM関係者なのも知らないらしい。弟さんにお世話になった、と、うっかり言いそうになるのをさららが堪えていると、優里は首を捻りながらにまにましている。
「そうね……優しそうだし、もうちょっと髪を整えたら――」
「ゆ、優里さん……! ほんとに違うの、トオルさんは奥さんも居るんだから……!」
「優里でいいってば。なあんだ、既婚者なの」
優里はガッカリしたように言ったが、ドーナッツを噛って微笑んだ。
「でも、これから何があるかなんて、わからないじゃない。諦めちゃうのは早いわよ。さららはきっと、もっと美人になるもの」
「もう……からかわないで……」
さららが恥ずかしさに顔を覆っていた頃、店の外では二人の男が車道を前に並んでいた。
傍目には妙な組み合わせだったが、若者と老人が世間話をしている――程度に見えなくもない。老人の鋭い目つきに対し、十条は初めから天気の話をする調子だ。
「彼女が誰か、ご存知ですか」
「孫から名を聞いてすぐにわかった。私に引き合わせたのは君か?」
「いいえ。本当に偶然だと思います。不思議ですね」
十条は微笑してから、真剣な眼差しを利一に向けた。
「彼女の才能を消すか、使用できなくする方法を知りたいんです」
「才能……そうか、天彦はもう持たないか……」
「ええ。この一週間が山でしょう。――彼女の才能ですが、僕が確認した発動はこれまで二度。一度目は研究施設で妹が亡くなった時です。二度目はつい先日、小牧の手勢に襲われた時。数秒で死にました。いずれも本人の意志ではなく、彼女が恐慌状態や、極度の興奮状態になった為に発動したようです」
利一は考え込むように顎を撫でて俯いた。
「……私は、あの娘が来た時には引退の身だが、研究員から気になる報告は有った。あの姉妹……妹に発達障害があった為か、姉妹だけに通じる会話をしていたそうだ」
「会話……」
「赤ん坊をあやすように、直接的には意味のない言葉を姉が発すると、妹が喜んだり、手を叩くという程度のものだ。こうした行動は、あの子らに限った話ではない。幼子故に、説明を求めてもルールまでは聞き出せなかったようだが……その言葉の中に、妹に禁止を命じるものがあったらしい」
「禁止というと……『これはやっちゃダメ』みたいな感じでしょうか?」
「恐らく。姉も幼い故、妹との意志疎通の難しさに気付いていたかはわからんが……妹が癇癪を起こすと、姉は叩く代わりにこの言葉を叫んでいたようだ」
「……なるほど、興味深いですね。発動した時、彼女は『やめて』と叫んだ後、殆ど音のない声を発している。関係があるかもしれません」
「推測に過ぎんが、だとすれば、怯えさせたり興奮させないことが何よりだ。それが無理なら、パーフェクト・キラーが有効かもしれん」
「……」
十条は押し黙り、首を振った。
「できるだけ、薬は使いたくありません。他に方法は?」
「先程言った通りだ。刺激しないことが最も良い。或いはあの子の精神を鍛えるか」
「精神かあ……それは大事ですが、安心させてあげればいいのかな」
ようやくほんわか笑うと、十条はふうと溜息を吐いた。
「もし、彼女に薬を使うとなったら、処方して下さいますか」
「……よかろう。ストックがある。持っていくと良い」
「わ、二つ返事とは思わなかった。ありがとうございます」
「勘違いせんでくれ。私は可愛い孫の友人なら、助けても良いと言っただけだ」
「へえー……そうですかあ……ふふふふふ……」
急に笑い出した男を気味悪そうに仰いだ老人に、十条はにやにや笑った。
「すみません。優一くんはおじいさん似なんだなあと思いまして」
「……優一か。だいぶ会っていない。達者にしているか」
「――そう思われます?」
笑顔で聞き返した男から、利一は目を逸らした。
「……厳しい男だ、お前は」
その表情を見つめてから、十条はドアを開いて「お待たせー」と明るく呼びかけた。
半年が過ぎようとしていた。
季節はすっかり冬となり、街にはクリスマスのイルミネーションが輝いている。さららは十条が運転する車の後部座席から、夕闇に覆われる国道16号の景色を見つめていた。
「トオルさん。そろそろ……護衛なんて無くてもいいんじゃないですか?」
問い掛けに、十条は難しそうに唸った。
「いやー、僕に遠慮することないんだけどー……こう毎日じゃあ、さらちゃんが息詰まるよねー」
「い、いえ……! 私は全然……」
嬉しいです、とは言い兼ねて、さららは言葉を飲み込んだ。
例の襲撃事件以来、室月父子は程なく退院したが、哲司は脚を痛め、修司も休学中の学業に追われた為、さららはそのまま十条宅に厄介になっていた。それはいい。十も穂積も優しいし、室月父子と暮らした時間と同じくらい楽しい。
とはいえ、十条はさららに掛かりきりなのだ。今日のように登下校の送り迎え、紺夜を訪ねるときも、穂積との買物まで同行してくれる。彼は暇さえあれば電話を掛け、電話を受け付け、家では一体いつ寝ているのかと思う程、ひたすらパソコンの前に座っていたりする。これではいくら穂積が良い人でも、結婚間もない夫の空き時間をさららが独占しているようで、どうしても肩身が狭い。今日まで目立った事件に遭遇しないのは、その手厚い警護のおかげなのかもしれないが。
その十条が、寒風荒ぶ真夜中、唐突に出掛けると言い出した。
真っ黒なコートを羽織った十条が出て行くのを、穂積はごく当たり前のように見送ったが、さららは不安でたまらなかった。
――何かある。自室から出掛ける様子を見ていたさららに、穂積が気が付いた。
「あらら、さらちゃん。心配しなくてもトオルは大丈夫よー」
「穂積さん……」
「戸締りしてあるから、安心して休みましょ。不安なら一緒に寝る?」
微笑んだ穂積に、さららは十条が彼女と結婚した理由がわかる気がした。マイペースな感じがするのに、いつだって気持ちがしっかりしていて、ポジティブだ。
いつだったか十条が、「穂積と一緒に居ると地獄でピクニックが出来る気がする」などと言っていたが、あれは冗談ではなさそうだ。
大人しく自分のベッドに潜り込んだが、眠れる気はしなかった。身を縮めて、じっと耳を澄ましていると、風の音や車の音、電化製品などの低いモーター音が混ざり合い、聴こうと思えばもっと遠くの音まで聴こえそうな気がした。
――――「 」――――
一瞬、風に混じった音にさららははっとした。赤ん坊が泣いたときの尾を引く音か、猫の鳴き声のように聞こえたが、周囲は再び耳の痛い静けさに戻った。
……気のせいかもしれない。耳鳴りや、電化製品の音。何とか眠ろうと目を閉じてみるが、それは再び……細く、とても細く延ばしたような音でさららの鼓膜を叩いた。
さららは跳ね起きた。……気のせいかも。気のせいかも。でも、でも、でも……
そわそわと室内をうろつき、迷いながらセーターをかぶり、上着を羽織った。身支度を整えてから、また辺りを意味もなく見渡し、窓の方をじっと見た。気のせい……そう、気のせいならいい……気のせいなら……でも――
さららはそっと家を出た。周囲には誰も居ないが、車だけは通る。吐いた白い息を見て、少しだけ気持ちが落ち着いた。微かな音は、やはり猫の鳴き声でもなければ、赤子の声でもない。国道の車の走行音に途切れるそれは、スピーカーから音が流れ出す手前の響きに似ている。誘われるように走り出すと、国道から逸れた横道の先にあるガレージに行き着いた。普段から何に使われているのかわからないそこには、数台の車が停まり、ガレージの閉じたシャッターの隙間からは明かりが漏れていた。
――――「 」――――
また聴こえた。今度ははっきりと。辺りを見渡し、さららはそっと入口を探した。
建物に近付くと、声のようなものが聞こえ始めた。声?いや――誰かが激しく咳込んでいる。
煙にむせた様な苦しそうな咳に、さららは総毛立った。十条だ。
半ばこじあげるような勢いでさららは扉のノブを引っ張った。
まばゆい光が溢れ、居合わせた全員が一斉にこちらを向いた。どう見てもガレージには関わりの無さそうなスーツの男が十名近く、さららの姿に驚いた顔をした。唯一、背を向けて膝を付いていたのは十条だ。彼は振り向かず、また二、三度咳込んだ。
異様な光景に臆しそうになりつつ、さららは十条の傍に駆け寄った。冷たいコンクリートに屈み込み、覗き込んだ顔の蒼白さに息を呑む。
「……トオルさん……? トオルさん――どうしたんです――」
何か答えようとした十条だが、口元を押さえた指の間から滲んだそれに、さららは驚いた。血。思わず伸ばした手に、温かい赤がぼたぼたと落ちた。
「誰かと思えば役立たずの方か」
冷たい声に振り向くと、数名の男を従えた青年が立っていた。
「誰……」
呟いたが、さららは直感していた。小牧要海だ。
……この人が、私の実のお兄さん?
十条が咳込み、さららは我に返った。彼は脇に向かって唾棄するように血を吐くと、口元を拭って顔を上げた。思わずさららも戦慄する。
――これが、トオルさんが怒った顔?――……
「……言葉に気を付けなよ、要海くん……誰が役立たずだって?」
口調だけはいつもの通りだが、掠れた声で十条は言った。一方、要海と呼ばれた青年は嘲るような目で十条を見下ろし、鼻を鳴らしたようだった。
「そいつに決まっているだろう。夜中にふらふら出歩くとは、さすがは父をたぶらかした女の子供だ」
一切の温かみを欠いた声に、さららはぞっとした。血を分かつ兄とは思えぬ言葉に反応したのは、妹ではなく十条の方だった。
「……そんな言い方するなよ……実の妹だ。“本物の家族”だよ?」
やっと喋っているような声だが、血を垂らして笑む顔は恐ろしい迫力だった。
要海は少し怯んだような顔をしたが、すぐに気を取り直した様子で部下に手を上げた。直後、十条が体をくの字にして呻いた。さららの耳にも高周波のハウリングめいた不気味な音が聴こえる。聴こえてきた音の正体はわかったが、それどころではない。
「な、何をしてるの……! やめてください!」
震える声でさららは叫んだ。何故、十条だけが苦しむのかわからなかったが、要海の部下が持っているスピーカーのせいなのはわかる。要海は能面のような顔をさららに向けたが、何も言わずに手を下ろす。
「先に十条を潰すつもりだったが……丁度いい。お前がこっちに来れば、そいつを見逃してやってもいいぞ」
さららは息を呑んだ。間髪入れずに、血濡れた手がさららの手を掴んだ。十条は顔を上げずに低く笑った。
「フフ……フ……なんだいそのセリフ? 絵に描いたようなワルじゃん……だっせー……」
「黙れ、バケモノが」
「やめて!」
要海の片手が上がる前に、さららは十条の手を払って飛び出していた。すかさず捕まえにきた男らに両側から押さえられる。初めて、要海がにやりと笑った。さららが嫌な予感に目を見開いた直後、要海は膝を折ったままの十条を振り返った。
「殺せ。今ならお前たちでも難なくやれる」
蒼白になったさららは悲鳴を上げてもがいた。びくともしない中、要海に向かって叫ぶ。
「やめて下さい! 私が来ればそれでいいって――!」
「うるさい。約束などしていない」
「卑怯よ!」
ひときわ大きく叫んださららの頬を、要海の女のように細い手が打った。パン!と乾いた音が響いた瞬間だった。さららの左右から悲鳴が上がった。急に緩められた力から抜け出ると、振り向いたその腕に果物ナイフほどの刃が深々と突き刺さっている。
「トオルさん……!」
十条は立っていた。片手で頭を押さえて苦しそうだが、一体どこに隠し持っていたのか、片手には包丁ほどの刃を握っている。その傍らには腕を押さえた男が苦鳴を上げてもがいている。十条は近付いたさららに小さく笑って、ちょいちょいと指先で自分の後ろを示した。半泣きになっているさららが大人しく後ろに回ると、彼は頭を押さえていた方の手を物憂げに振った。瞬く間にスピーカーにナイフが突き刺さり、要海が舌打ちした。
「一つしか無いと思ったら――」
要海の視線を受けた部下が取り出したスピーカーは、一瞬でナイフに刺突され、奇怪な音を立てて沈黙した。
「この……バケモノめ……!」
歯軋りして唸る要海がサッと振った手に、やや臆した様子だった部下がハッとした。
「か、要海さん……! 銃はまずいです……! 女に当たったら――」
「黙れえッ! 僕に口答えするなあッ!!」
倍は年上だろう男に向かって、要海は吠えた。凄まじい剣幕に男が怯み、部下は慌てて銃を構える。向けられた五つ程の銃口に、十条はぴくりとも動かない。が、その体がわずかにふらついているのにさららは気付いた。
彼は――動かないのではあるまいか。逃げずに、私の盾になるつもりか?
「やめて……」
さららは片腕を抱いて、冷えた空気に呟いた。手を濡らす感触にぎくりとすると、彼の流した血が袖を濡らしていた。
「……やめて……」
「……さらちゃん、僕は大丈夫だから、落ち着いて……」
優しい声に小さな咳が混じる。さららは首を振った。
――やめて。私から奪わないで。泣いても良いから。我儘を叫んで良いから。
「さらら、駄目だ!」
――居なくならないで!
刹那、さららの音にならない咆哮が響いた。十条も頭を抱える。
要海が茫然とする中――見えない暴走車に薙ぎ倒されるように男たちが倒れた。皆一様に拳銃を取り落とし、頭を抱えて絶叫し、嘔吐し、酷い者は鼻や口から血を噴いた。
地獄のような光景に、要海は後退った。
「バカな……! こいつらには……効果は無いはず――……」
「要海さん! 警察が来てはいけない……!早く車に……!」
一人、無事だった部下が放心状態の青年を抱える様に連れて行く。遠くで車が走り去る音を聴きながら、残ったさららは要海よりも真っ白になった頭で呆けていた。
――人が、死んでるわ。
沢山。こういうの、見たこと、あるわ。
白い床の上。あの時は、水色やピンクの服を着た人たち。
どうしてみんな、ちをはいてたおれてるの?
ねえ、うらら……こたえてよ、うらら……
ふっと火を吹き消すように力を失ったさららを、よろめく腕が支えた。
見上げた先で、十条の穏やかな目を見たが、それは不意に咳込み――頬に温かい飛沫が触れて、さららは気を失った。
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