16.Liar.
「朝からそんな面倒ごと持ってこないでくれよ、ハルゥ~……」
即座に生意気言った男をハルトは憮然と睨んでやるが、ディックもその筋の百戦錬磨だ。自身のオフィス用チェアにもたれ、面白くもなさそうにNOの態度を決め込んだ。
ディック・ローガンは今朝一番の仕事がひと段落したところで、呼び付けたハルトに対し、嫌々ながらも自身の事務所に招いた。
名うての武器商のボスにしては小さなオフィスは、でかい机にでかい棚、ハルトと未春がようやく並んで座れる程度のソファーが幅を利かせ、主のガタイの良さが更に狭さを強調している。
ディックに言わせると、すぐに物に手が届くし、有事の際は大人数が押し寄せなくて便利ということだが、物で溢れかえる十条の部屋と同じ系統の適当さが窺える。
今日のディックは半袖の黒いコックシャツこそ着ていたが、シャツを破らんばかりの筋肉といい、剝き出しの腕の太さといい、やはりパン屋には見えなかった。
「面倒って言うからには、お前は事情通なんだろ?」
ハルトが言うと、ディックは傍らの小さな冷蔵庫から、アメリカでよく見た水のペットボトルを二本取り出してこちらに放り、自分も一本取ると、蓋を捻りながら、さも当然のように呆れ顔をした。
「ハル……昔の話なんかほじくり返さなくても、丸く治まるって。
日本語を操りながら愛想笑いすると、ボトルを豪快に呷った。
「それにさ……トオルが話さないことは一種のタブーだ。触らぬ神に祟りなし、だよ」
衛生帽を脱いだ髪を女子高生のようにちょいちょい直してぼやく。やけに静かな未春が、見慣れぬ水のボトルを手元でしげしげ眺めている中、ハルトはソファーに寄り掛かり、溜息を吐いた。
「お前が日和見野郎なのはわかってた――だから、俺も手ぶらじゃない。取引しろよ、ディック」
「ハルと? ハハ、面白そうだけど、金は困ってな――」
「ランボルギーニ・カウンタックLP400」
呪文のように出たハルトの声に、ディックの目がぞろりと変わった。
「欲しいか?」
涎を垂らしそうな顔にハルトが問う。ディックは生唾を呑み、薬を欲しがるジャンキー……否、ジャーキーを欲しがる犬のように喘いだ。
「ハ、ハル……そんな車、持ってたっけ……?」
「オークランドの件の報酬だったんだ。アマデウスが財産のつもりで取っとけって言うから仕方なく。俺は管理が面倒臭くて、名義はジョンにしてあるし、物はアメリカだ。輸送費をお前が持つなら、くれてやるよ」
「か、カラーは……!?」
「Red」
「乗った!」
ワン!と聞き違う程度にディックは嬉しそうに吠えた。即座に前のめりに座り直し、今しがた目が覚めたような顔になる。未春がマジックでも拝んだように瞬きして、ハルトとディックを交互に見やった。
「ハルちゃん、いいの?」
未春も、ディックの車好きは知っている。彼がここまで態度を一変させる辺り、大変な車なのは聞くまでもない。事実、ランボルギーニの中でも名高いカウンタックは、安くても三千万は下らないが――ハルトは何でもなさそうに頷いた。
「いい。向こうにはしばらく帰らないし、俺はあのド派手なクラシックカーに乗る趣味も、眺めながら飲む嗜好も無い」
「いやあ、ハルがさっぱりした性格で儲かった! で? で? 何を知りたいんだ?」
「相変わらず、手のひらの返し方がえぐい奴……言っとくが、情報の内容と見合わなければ、この話はナシだ」
「OK、OK――任せろって。俺はこれでも故郷並にジャパンは長いんだぜ? トオルでも聖でも、まとめて丸裸にしてやるさ!」
何やらヤバイことを囀ずり始めたが、折角のやる気を削ぐこともないだろう。
「知りたいのは、さららさんのことなんだが」
「さらら……ああ、トオルのmistress(愛人)のこと?」
ディックの言葉が言い終わるより早く、その頬を掠めんばかりに満タンのペットボトルが壁にぶち当たった。未春は耳慣れぬ英単語に小首を捻っていただけだが、ハルトは振り抜いた片手を降ろし、両手を小さく挙げた男をぎろりと睨む。
「言葉に気を付けろよ、筋肉ブタ野郎。下らねえこと言うと、スライスベーコンにして売っぱらうからな」
「お、OK、ハル……えーと、さららサンの何を知りたいんでしょうか……?」
欲を出したり大人しくなったり忙しい奴だ。ハルトは改めてソファーに背を預けて溜息を吐いた。
「さららさんは、小牧グループの親族らしいが、お前、このグループは詳しいか?」
「小牧グループ? あ、ああ、もちろん……取引先でもあるし――って、あれ? じゃあ……やっぱりハル、クビってパフォーマンスか? アマデウスが探ってんのも、例の新薬だろ?」
おっと、これだからこの男は利用価値が高い。高級車をちらつかせれば、リッキー並に口は軽やか、セキュリティはファイアウォールからザルに早変わりだ。
しかし、こちらは生憎、返してやる手のひらはない。
「俺の話はいい。お前の取引先ってことは、奴等は現在も普通の会社じゃないんだな?」
「ああ。ハルは前の東京支部が作った禁止薬物は知ってるかい? あれの開発時、研究者と実験台は聖グループが提供して、資金や材料は小牧グループが出したんだ。これは俺の親父の代の話だけどね」
「スプリングと、パーフェクト・キラーの話は聞いた」
「それそれ。小牧グループは表向きは主に海運事業会社だけどさ、裏では密輸のプロだ。武器や動物は違法とスレスレの物が半々くらいだけどね、彼らの専門は何といっても薬物なんだよ」
「お前それ、アマデウスに黙ってたんじゃねえだろーな?」
ハルトの目が細まるや否や、ディックは飛び上がりそうになりながら両手と首を振った。
「NO、NO! 勘弁してくれよハル! それはジョークにならないぜ? 俺も親父も毎回、アマデウスにはちゃあんとリークしてたって!」
「ほおー……それじゃあ小牧グループは、どうやってアマデウスの目を盗んだ? あの人の事だ、船なんか知らん顔で沈めるか、海賊装って襲うぐらいやるだろ?」
胡乱げなハルトに、ディックは得意げにふふん、と胸を張る。
「だから、奴等は実験を始めたんだ。この俺やアマデウスが見張ってるとこで安易に麻薬の輸出入ができないのを知って、別のドラッグを開発し始めたのさ」
「別のドラッグ……」
ハルトと未春は顔を見合せた。
それは、もしや。
「なんだっけか。ポインター……じゃなく、ポン酢、じゃなく……」
「ポイズン・テナーか?」
ハルトの指摘に、ディックは太い指を鳴らした。
「That’s right! ふふふ、ハル、聞いて驚け、そのポイズン・テナーを唯一、使えるのが――」
「さららさんなのは知ってるぞ」
「ハァ!? え、じゃ……何を聞きにきたんだよ!?」
「心配しなくても、その前の話に興味がある。小牧グループは、ポイズン・テナーに付随したドラッグを輸出するつもりだったのか?」
「アー……そうだと思うよ。でも、ハル……この研究は失敗して、小牧は手を引いた筈だぜ? トオルが東京支部を潰した時にアマデウスにも気付かれたし、さらら……サンはトオルに取られたし、聖は違う方面に舵切ったっていうし……」
「じゃあ、お前の言う例の新薬ってのは何なんだ?」
「小牧が最近撒いてるデザイナードラッグだよ。効果は違法手前の合法らしいけど」
「デザイナードラッグ?」
未春がぼそりと呟くと、ご丁寧にディックが説明した。
「現存する薬物に手を加えたやつだよ。ミハルはMDMAってわかるかい? あれなんかをいじって規制薬物を逃れるって寸法の薬物さ。日本じゃ、今は危険ドラッグとか言って規制対象だっけ?」
未春が幼児みたいに頷いたので、ハルトは得意げな男に向き直った。
「違法手前だから、アマデウスも直接的な手を出さないのか?」
「いや、様子を見てるだけだと思う。この薬、何が大元の薬か不明だからな。MDMAなんかの覚醒剤みたいに規制に引っ掛かってないし、撒かれた連中も普通に生活してるし、値段もお手頃」
「どうもキナ臭いな。パーフェクト・キラーの類似品かもしれない。聖の学園か施設で、昔の実験が継続してるんじゃないか?」
「さあ……そいつはどうかな? 日本教育の監視の目はけっこう鋭いよ。特に親はシビアだぜー」
「なんでお前が日本の親の厳しさを語るんだよ……?」
「そりゃあ、俺のカミさんと娘が日本をエスケープしたのは、教育の話が原因なんだ」
『カミさん』なんて日本語どこで……と、ハルトは渋面になるが、未春は大人しく聞いている。
「おっと、勘違いしないでくれよ? 俺は日本は平和でイイと思ってるし、生徒が清掃活動するとこなんてクールな教育だと思うぜ? でもさ、基地内じゃ狭いからってあちこち見たんだけど、何処も外国人生徒は少数だし、イジメもある。で、学校のレベルを上げると、今度は親がやたらと子供の将来にギラギラしてるんだよ。カミさんに言わせると、どーもその割に教育思想が弱いんだよな。日本にも世界にもマッチしてない感じがするんだと」
ふと、十条が言った言葉が思い出される。
――悲しいことに、今の日本の教育は、リッキーを教室から追い出し、ラッコちゃんみたいな子を悲しませる大人を量産する。
健全で真っ当な意識を持つ若者が、殺し屋なんぞに活路を見出す社会――まあ、確かに、エスケープしたくなるかもしれない。
「お前の家庭事情は良いとして、聖彩学園内が普通なら、例の島の施設はどうなんだ。堂々と射撃場なんてシロモノがあったぞ。あれに気付かないわけないと思うんだが……」
「あー、聖の施設か……確かにトオルが東京支部潰すまでは、あそこは実験場だったんだけど……」
唐突にディックの語調が鈍る。先程直した筈の金髪を弄り、そわそわと周囲を見渡した。
「カウンタックは無しにするか?」
無敵の呪文を唱えると、ディックは慌てた様子で姿勢を正し、声のボリュームを恐らく限界点まで絞った。
「ハル……落ち着いて聞いてくれよ。アレはさあ、お前の居た施設のイミテーションだけどさ、育ててんのは殺し屋じゃないんだ。前はそうだったらしいけど、トオルがNG出して変わったんだ。こっそり……だけど」
「はあ? じゃあ何の為に射撃場なんて――」
「ほら、アマデウスの部下に居るだろ? ブロードウェイって連中。こっちは『アポロ』って呼んでてさ、トオルはあそこで、劇場型の清掃員のプロフェッショナルを育ててるんだよ」
「…………は…………?」
……何だって?
阿呆みたいに硬直してしまったハルトの眼前で、未春がスッスッと片手を振った。
「ハルちゃん、大丈夫?」
無言で首を振った。何処かでほんわか上司、聖、アマデウスの三すくみがゲラゲラ笑っている気がして、こめかみが非常に痛い。
「ディック……それ、マジか……?」
「俺はハルは知ってるもんだと――ま、カウンタックに誓うぜ」
「……そいつは間違いねーな。じゃあ何か? 俺は嘘つきトリオに担がれて、のこのこ出てったと? まんまとハメられてガキどもに頭ぶっ飛んだ俳優だと思われたわけか? 拳銃ぶっ放したのも、演技だと思われてんのか? あの下らねえ質問は全部、演技の参考に聞いてたってことかあぁ……?」
ソファーの肘掛けがギシギシと嫌な音を立て、ディックが冷や汗混じりに両手を差し出す。
「ハ、ハル~? ……なんだか知らないけど、此処で怒るのはやめてくれよォ……? ハルがキレると大体、家具が壊れちまう~……」
情けない声を出すディックを無視して、ハルトの頭は過去の出来事を引っ張り出している。
劇場型の清掃員について詳しくはないが、本場の彼らが社会に潜むタイプという点からして、恐らく、口が堅い生徒が選ばれている。勉学に置いて優秀かはさほど問題ではないし、落ちこぼれでも、求められる演技力と口チャックができればよい。
十条は劇場型を育てて何をする気だ?無論、銃撃なんてヤバいものを見せた以上、単なる未来のスター育成所ではあるまい。
「……ディック、その施設からデビューした生徒は居るのか?」
「え?俺は知らないよ。知られたら困るじゃないか……ブロードウェイにならないだろ?」
「そりゃそうだが……島の出入りぐらいはどうだ?」
「それなら多少は……待ってくれよ」
言うなりポケットからスマートフォンを取り出すと、どこぞに電話を掛け始め、机の上からがさごそと引っ張り出したメモに何か書き付けた。
「子供は――七月末に10名、十月入ってから10名、ついこないだ30名。一応、その後の予定が、年末に10名、年明けに10、10と続いてるな」
「やけに詳しいな、お前」
「ウチのパン納品してるからだよ。昼や夜もあるんだぜ」
「あー……なるほど。お前があんまり筋肉ブタ野郎だから……表の顔をすぐ忘れちまう」
ハルトのぼやきにディックは不服そうな顔になるが、逆らうのは控えたらしい。
「そうだ、ハル――子供って言っても高校生や大学生くらいのも居るよ。よく出入りしてる大人は、聖と、彼女の側近数名ってとこだ」
「大学生? リッキーぐらいの歳か。そんな学生見かけなかったな……」
せいぜい高校生ぐらいしか見ていないハルトは首を捻ったが、施設や島内すべてを回ったわけではない。年齢別に教室を分けていたのだろうか。
「あー……ちなみにハル、最初の10人はもう島を出てるぜ」
「今は40人か……何か変わったことは?」
「そうだなあ……あ、そうそう、二回目の10人が入った後、変な食材オーダーがあったよ」
「変な食材?」
「ハルは覚えてるんじゃないか? アフリカのウガリとモパネワーム」
途端、嫌そうな顔をしたハルトに、未春が怪訝な顔をする。
「なにそれ?」
「ウガリは向こうの主食の一つだ。餅というか潰した芋みたいな。モパネワームは……芋虫」
「イモムシ? 聖さん、そういうの好きなの?」
「女王蜂の好みなんか知るかよ。向こうじゃまあまあ見掛けるし、別にマズイもんじゃないが……見た目はインパクトあるぞ。あの女が悲鳴上げる気はしないが、さららさんなら飛び退くかもな」
日本のイナゴや蜂の子みたいなものだが、モパネワームの印象はもう少々パワフルだ。ハルトとて、現地のスナック感覚には閉口した。
「なんか、いたずらか、罰ゲームみたいだね」
人に妙な疑問を放っておいて、未春は朴訥と呟いた。
「モパネワームが?」
「うん。あっくんが好きなんだよ、そういうの。児童養護施設来てる時によく見た。本物そっくりの虫とか害虫の玩具はよく持ってたよ」
子供の頃の明香は、同世代や年下には使わないそれを、嫌な大人やいじめっ子に派手に用いたという。大抵、こっそり仕掛けるのだが、バッグに忍ばせるムカデの玩具は数匹以上、粉を振った巨大な蛾の玩具をコートにくっつけ、靴の中に油に浸したゴキブリの玩具を入れるなど、だいぶ手の込んだ過激派だったらしい。叱られたところで懲りる性格ではなく、親がジャンキーでは訴えようも無い。
「十条さんもやられたけど、あの人は喜んでた」
「気の合う奴を見つけた気分だったんだろうな……」
なんとなく知り合ったのを後悔しつつ、ハルトは首を捻った。
「
ディックが首を捻るので、未春が自身のスマートフォンの写真――明香の自撮りらしく、笑顔の彼に対し、全くレンズを見ずにそっぽを向いた未春の写真を見せた。が、ディックは顎を撫でて首を捻った。
「あー……トオルのとこにたまに来る彼か。確認してみるよ」
また電話を掛けるが、今度は先ほどより早い。数回の応答の後、ディックは首を振った。
「行ってないよ。目立つ風貌だし、あそこに行った連中は顔を隠していないから確かだと思うぜ。うちのスタッフが見てるのは本島の波止場までだから、別ルート使われちゃわからないけど」
「日本は狭いからその可能性は低いな。決まった場所以外にボート一隻有っても目立つし、ヘリじゃあ規制や音がうるさい」
明香が出入りしていたなら、適当に締め上げて吐かせようかと思ったが、そうすんなりでもないらしい。最近出会った人物で、ブロードウェイに最も近いのは奴だと思ったのだが。
「――最も、近い……か」
――きっと、利益はありますよ。
明香のセリフは挑発か、誘いか。短く唸ってから、ハルトはディックを見上げた。
「なあ、ディック。試したいことがあるんだ。画像認識用のAIシステムで、照合してほしいデータがある。お前ちょっと行って調達してこい」
「ええっ!? まあ――有るとは思うけど、そんな急に~……」
「カウンタック」
「オ……オォッケーイ……!! 行ってくる!」
ディックが慌ただしく出て行くのを見送り、未春は小首を捻った。
「何に使うの?」
「人間の目ではわからないものを調べる。……もし、俺の勘が当たりなら、明香を尋問すりゃ色々はっきりする」
「最初から、あっくん尋問すれば?」
あっけらかんと悪党そのものの発言をする未春に、ハルトは首を振った。
「お前も大概、過激派だな……明香がディックみたいにわかりやすけりゃいいが、あいつはそういう感じじゃない。金も効果がありそうだが、全く違う話をされるのは御免だ。確証があれば、こっちが有利だろ」
「警察みたいだね」
無表情だったが、わずかに面白そうに言う未春に、ハルトは重い溜息が出た。
全くだ。ついに殺し屋が警察の真似事までやる羽目になったか。
……つくづく、恐ろしい支部だ。
「さて、君らが此処に来て二週過ぎ。と、いうわけで、今日は作文を書いてもらいまーす」
ババはいつものノリで明るく言った。何が「と、いうわけ」なのかさっぱりだったが、書けと言われたら従う他ない。ただし、勉強はさせられていたが、作文は初めてだ。
皆、一度は見たことのある原稿用紙を前に困惑した表情を浮かべた。
「お題は『私が反省すること』」
ババの言葉に数名がぴくりと肩を震わせたが、腑に落ちない様子の者も居た。
「お気付きの方もいるでしょーが、君らは、『あること』をやってしまったから此処に来た。それが何なのか明記し、反省点を述べる。何か質問あればドーゾ」
「は……反省することが、間違っていたらどうなるんですか?」
黒ぶっちと名付けられた少年の問い掛けに、ババは「ひえっ」と叫んで己の身を抱いた。
「何で此処に居んのかわからんとな? そんならまだ居てもらう――と、言いたいとこだが、お前らにかける金も勿体ないしさ。送還できるレベルにならないなら、処分しなくちゃならんなあ」
ヒッと誰かが息を呑んだ。キンパと呼ばれた少年が居なくなった今、処分という言葉に生易しい想像はできない。まあまあ、落ち着けよとなだめるババだが、その口から出る言葉は恐ろしい以外の何でもない。
「ぶっちゃけ、俺は君らがどうなっても興味なっしんぐなの。でもね、俺の上司は『人は資源』だと思ってるわけ。君らの命は、無駄遣いしちゃあいけないもんなの。わかる? ただ好きに生きてりゃいいわけじゃないぞおー? 君らはねー、困ったことに最低ラインの“やっちゃあいけないこと”をして此処に来たんだ。とっくに始末されてもいい君らに、俺の上司はチャンスをくれたんだよ。それがこの二週間余り」
女子の一人が、震えながら首を振った。
「な……何も……私、なにもしてない……!」
「フフ、遠慮しないで思い出せよ。君らはマトモなお勉強するトコとか、ネット上で何しとったかなー? だべってたかなー? 書き込みかなー? サークル活動かなー? コンパかなあー? そーれーとーもぉー?」
ケラケラ笑って、ババは一人一人を見渡した。誰も顔を上げない。
「俺に反発すんのはご自由に。俺は君らが処分されても全く困らんし、ざまあみろくらいにしか思わないぜ? どうせ、自分で理解しなけりゃ、ろくでもない人生で人様に迷惑掛けるもんだ。そんなもんは居なくて宜しい。一生懸命、頑張る人のジャマだ」
誰かが嗚咽を漏らした。ババは哀れむように眉を下げつつも、口許はニヤニヤ笑っている。
「おーおー、ヨシヨシ。頑張りましょーねー。心から反省すれば、お前らは生き返れるし、これからの景色は変わるさ。せいぜい気張ってコンティニューしてみろや」
イヒヒ、と怪しい笑いを残し、ババは部屋を出て行った。申し合わせたように、ズボンにねじこんでいた電話が鳴った。
「ハイハーイ。ハンフリー・ボガートです」
〈こりゃまた渋い名優にかけちゃったなあ〉
「煙草も吸わないし、トレンチコートも着てませんけどねえ」
〈それはいいけど、ハルちゃんから電話きたかい?〉
「いーえ。まだ」
〈じゃ、近々掛かって来るよ。最初は未春かもしれないけど〉
「わあ、殺し屋からラブコール? どうします?」
〈今は無視して。今日、そっちの作文の日でしょ?〉
「ええ。何人残りますかね」
〈できるだけ、寛大な措置で頼むよ〉
「了解でーす――お、噂をすれば……掛かって来ましたよ~ミー君だ。無視しまーす」
電話の向こう側は、どこか嬉しそうに笑ったようだった。
〈では、宜しく。そうそう、ハロウィン・イベントの時、こっちに来てよ。君が居ると盛り上がるからさ〉
「ボーナス出るなら速攻行きます」
〈はは、ちゃんと払うよ〉
ヨロシクーと言って電話が切れると、まだ切れないもう一方のコールを見てババはニヤニヤ笑った。
「珍しい着信で嬉しいけど――悪いね、ミー君」
電源を切ったそれを改めてズボンに収め、ババは口笛を吹きながら廊下に消えた。
「――切られた」
ハルトとディックが見る手前、未春はぼそりと言った。
先に舌打ちしたのはハルトだ。彼はこういう時の反応がわかりやすい。
「どうする、ハルちゃん? 直接行く?」
「いい。どうせ無駄だ」
「いやあ、しかし驚いたね……女王蜂の正体見たり、だな」
驚くというよりは感心した様子で画面を見つめるのはディックだ。防犯カメラなどに使われるAIシステムで画像照合されているのは、明香の写真と聖茉莉花の写真だ。
目で見比べても全く異なる二者は、類似率98%――単に明香が女装したなどというレベルではないにも関わらず、AIは両者が同一人物だと判断した。
「しっかし、いつチェンジしたんだ? 聖の傍にはギムレットも居たんだろ?」
「時期ははっきりしないが……間違いなく千間は明香とグルだ。偽物に気付かないほど鈍くはないだろうし、千間が居れば、仮に違和感を感じても口出しする奴は居ない」
「なーるほどなあ……ん? じゃあ、本物の聖は何処行ったんだ?」
「それは入れ替わった理由によると思うが――……」
ハルトはぼやくように言った。
「たぶん、生きていない」
その頃、センター・コア支部でも電話が鳴っていた。
受付嬢が差し出すそれを手に取った男は、きちんと着こなしたスーツと物静かな動作が特徴的だった。
「はい。お電話代わりました」
「
感情のない機械のような音声に対し、室月と呼ばれた男も表情ひとつ変えずに答えた。
「申し訳ありません。代表は只今、島の方に滞在中でして」
「そうか。相変わらず熱心な女だ。では、優一に連絡を寄越すよう伝えろ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
恭しく電話を切った男は、すぐさま受付を離れ、自身の電話で別の番号へ掛けた。
「優一さん、今宜しいですか」
応答の早い相手に、先程よりも丁寧な口調で告げる。
「小牧
二、三の応答を繰り返し、男は電話の向こうの相手に一礼した。
「お手を煩わせまして――はい、宜しくお願い致します」
電話を切ると、立て続けにコールが鳴った。聖だ。
「はい」
〈あ、室ちゃん? ゴメーン、さっきまで電源切ってて。アイツなんだって?〉
響いてきた軽やかな若者口調に、室月は静かに答えた。
「お前が出ないから優一さんを所望したが、丁度良かった。恐らく例の催促だろう。優一さんなら上手くやる」
〈そりゃー良かった。アイツうるさいよね~早漏なんじゃないのー?〉
「知らん……お前、ネズミが居なくなったからといって緩み過ぎじゃないか?全て終わるまでは自重した方が――」
〈あらあら~……室ちゃんは俺より茉莉花ちゃんが好み?〉
「そんなことは言っていない」
〈あら、つまらない男――こちらの仕事は終わったわ。迎えを寄越して頂戴〉
急に妖しい女の音声に変わり、室月はわずかに眉を寄せ、微量の疲れを滲ませて頷いた。
「……かしこまりました、すぐに」
電話を切ると、待ちかねたようにコールが鳴った。今日は忙しい。
「はい」
〈
急降下していた室月の態度は、再び急上昇した。無意識に顎が持ち上がる。
「はい。直接お話しするのは久しぶりですね」
〈そうだねえ……いつも野暮用ばっかり押し付けてゴメンね〉
昼を回った頃だが、電話越しの相手は眠そうだった。一方、室月は廊下を規則正しく歩きながら応じた。
「構いません。私に出来ることは何なりと」
〈ありがとー……じゃあ早速で悪いんだけど、お迎えが終わったらさ……スーツとドレスを調達してほしいんだ。着数とサイズはメールする。デザインは任せるよ。茉莉花ちゃんと相談してもいいからー……〉
「スーツとドレス……かしこまりました――いよいよ、ですか」
〈うん、そお……決着を付けましょうってとこ……〉
「ええ……奴もだいぶ待ち兼ねているようです。先程も電話で話しました」
〈おやおや、若造はやる気満々だねえ。じゃあ宜しくうー……〉
そのままベッドに倒れ込むように電話は切れた。ようやく静かになったそれを下ろし、室月は小さな溜息を吐いた。
――会うのは、久しいな……
胸に呟き、靴音も規律正しく、車へと急いだ。
朝の昔話が祟ったか、十条は夕方になってようやくのろのろとベッドを這い出た。目の下のクマも程々にさららの所に行くという男に、ハルトは半ば気の毒そうに頷いた。
「昼間、俺らが何してたか、ご存じですよね?」
玄関で見送るように声を掛けると、十条は上着を引っかけながら、眠気半分の怪しい目付きで、にたあと笑った。
「怒らないよ。僕はハルちゃんが未春と仲良しこよしで実に嬉しい」
「明香をとっつかまえて吐かせてもですか」
もそもそと靴を履き、十条は苦笑した。背中の方から、未春が夕食を作る音が響く。
「焦らなくても、あっくんは近日中に此処に来るよ。カフェも明日は開けるから、二人の自由時間はしばらくお預けで宜しくね」
いってきまーす、と出て行った背を見送った――翌日。
銃撃事件から二週間余りの世間は、犯人も拳銃も見つからずに未だ騒いでいたが、毎週のようにスポーツや食のイベントが開かれ、マスコミが騒ぐほどの緊張感は無かった。
ベースサイド・ストリートもハロウィンが近いため、カボチャの飾りやオバケ、魔女、コウモリなんかの飾りを付けた店舗がちらほらと見られた。
子供向けのイベントを立ち上げといて、やらないのはマズイ――というわけで、DOUBLE・CROSSでも「トリック・オア・トリート」の菓子配りイベントの準備を含めた営業を再開した。
さららはまだ来ていなかったが、久方ぶりにドリンクだけのカフェを開けた店内には、それなりに客がやって来た。女性客をすっかり未春に押し付け、ハルトは力也と共にキッチンのチェックや、大袋入りの菓子を小分けにラッピングしていた。
「さら姉、早く来るといいッスね」
チョコレートやキャンディの包みをばさばさと開けながら
「そうだな。俺もそろそろ、あの中毒性が高いドーナッツ食いたくなってきた」
「ですよね! 今度、抹茶の作るって言ってましたよー早く食いたいッス!」
「抹茶って
「えと……あれ? そうだと思うッスけど……何が違うんだっけ?」
「おーい、頼むよ日本在住ー」
えへへ、と照れ笑いをした力也は、周囲を見渡して少し声を潜めた。
「……センパイ、例の銃撃事件ってどんな感じですか?」
「おいおい、リッキー、俺は警察じゃあないぞ」
「そっかー……センパイ達も知らないんスね」
「悪いな、この件は俺も何なのかよくわからん。大学、落ち着かないか?」
力也は菓子袋をひっくり返したまま、唸り声と共に身をよじり、曖昧に頷いた。
「一部……ッスかねー。皆に聞いたわけじゃないから……って、大学は人多すぎて殆ど他人なんスけど。ただちょっと……気になるのが居て――」
要領を得ない力也に何とか聞き出した話によると、銃殺された学生にいじめられていたと思われる学生と事件後に会った際、反応がおかしかったという。
国見というその学生は、事件前に力也と顔を合わせ、いじめを止めようと――まあ、実際は間に合わなかったらしいが、行動した力也に感謝を述べ、その場は別れた。
ところが後日、会うなり恐慌状態となり、挨拶もそこそこに逃げ出してしまったという。
「俺も会ったのはその時が初めてなんで、そいつのことはよく知らないんです。でも、印象違い過ぎるんスよねー……別人って程でもないんですけど」
「ふーん……」
「でも、センパイ。加害者が居なくなったなら、ちょっとは良くなるのかなあ……」
「さあな。そうだと良い、なんて言えないしな」
「そうなんスよね。ただ、言ってる奴は多いです……自業自得って。俺も、センパイに会わなかったら言っちゃってたと思います」
「リッキーは言わないと思うぞ。自業自得の意味わかるか?」
「ちょ、ええー? わかりますよおー!」
などと笑い合っていると、明るい声が入口の方で響いた。
「ハルちゃーん、リッキー!」
「おひさー」と、元気な声と共にキッチンを覗いたのはラッコちゃんこと、
前と同じように制服姿に赤いタータンチェックのマフラーをした彼女は、隣に別の女子高生を連れていた。もじもじと顔を覗かせたのは、
「こ、こんにちは……」
やや怯えた様子で頭を下げたのに、こっちはこっちで苦笑混じりの会釈を返した。大きな変化は見られなかったが、以前会った時よりも表情は晴れやかに見えた。
「リッキー、みーちゃんとこに連れてってあげてよ」
強引に力也を瑠々子に押し付けると、倉子はちょいちょいとハルトを手招きした。近付くと、彼女は背伸びをしてひそひそと耳打ちした。
「……瑠々子、事件と関係ないって」
「そいつは何より」
「……ハルちゃん、知ってたっぽいね?」
「……まあね。あの銃撃、素人じゃなさそうだから」
「わっ、そうなんだ。良くはないけど……良かったあ」
不安は有ったらしく、胸を撫で下ろす少女に笑い掛けると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「まさか……犯人はハルちゃんじゃないよね?」
「うお、ショックな発言。確かに超プロいけど、俺じゃないよ」
「本当にー?」
倉子はニヤニヤ笑った。こちらも先日、デス・フロートをぐるぐる混ぜていた時よりも吹っ切れたように見えた。瑠々子も、未春の前で照れ臭そうにしている姿に、以前の苦しそうな雰囲気はない。強いて言えば、更に個性に磨きが掛かった感がある。
「彼女、なんか変わったな」
「あ、ハルちゃんにもわかるー?」
うんうん、と倉子は腕組みし、己の偉業を眺めるように瑠々子を見て頷いた。
「あたしのおかげ、と言いたいとこだけど、半分はハルちゃんのおかげかな」
「え、俺?」
「半分は言い過ぎかなあ……みーちゃん含めて三分の一ぐらい」
「さっぱりわからん」
倉子は面白そうに笑った。ティーンエイジャーらしい軽やかな笑いだった。
「いいよ、わかんなくて。――でも、ありがと。おかげでさ、あたし達は友達になることにしたんだ」
友達になれ、などと言った覚えは無いのだが、そう言った倉子は少し大人に見えた。
「上手くいったなら、良かったな」
ハルトの実の無いコメントに倉子は笑って頷いた。
「ハルちゃんとみーちゃんも、早く友達になれるといいね」
二人で出掛けた話を聞いたら騒ぎそうなので、ハルトが曖昧な苦笑いを返すと、倉子はきょろきょろと周囲を見渡した。
「スズ様とビビ子は?」
「ああ、上に居るんだろ。連れてくるよ」
階段を上がって扉を開けると、猫たちは自分で出られる筈なのに、待ち侘びたように走り出してきた。苦笑いと共に見た、行く先――こちらに手を挙げた倉子の背後から歩いてきた男に気付いて、ハルトは背筋が凍った。
千間。
未春は――?リッキーや瑠々子と共に死角に居る。
「ラッコちゃ――――」
血相変えて上げたハルトの声に倉子は顔を上げたが、すぐ傍の男が殺人鬼だとわかっていない。未春も気付いたが距離が遠い。未春の方に向いた男の唇が弦月のように割れて、何かを音も無く呟いた。
〈トリック・オア?〉
指を鳴らすようにした手から魔法のように現れた針が、少女の細い首をマフラーごと刺突する。
筈だった。
「トリート」
気怠い調子の声と共に、包装されたドーナッツを殺人鬼の鼻先に据えたのはさららだ。
飾りの無い白いカットソーに黒いパンツ、淡いベージュの羽織を纏い、もう片手には大きめの紙袋を提げている。覗きかけた針が男の袖に引っ込む頃、ようやく振り返った倉子は破顔した。
「さららさん!」
その明るい声にさららが嬉しそうに微笑み返した瞬間だった。
突如、上から飛来した物体が、さららのドーナッツ片手に突っ立っていた千間の頭部を直撃した。さしもの殺人鬼も驚いたらしいが、振り払うよりも早く、丸い物体はボヨンといいそうな体を素早くひねり、見事に床へと着地した。
「あーッ! スズ様ったら……何してるの!」
倉子が悲鳴を上げるが、見事なアクロバットアタックをきめたスズは知らん顔で顔洗いなどしている。ぷっとさららが吹き出したが、倉子は慌てて千間にお辞儀した。
「ご、ごめんなさい、さららさんのお知り合いですよね? ……この子、いつもはこんなことしないんですけど……!」
叱っておきます、という倉子に、千間はさららの手前故か苦笑いと共に首を振ったが、さららは口元に手をやってクスクス笑っているし、ハルトも階段を下りながらニヤニヤ笑っていた。スズは丸い尻尾をくるくる動かしながらさららの足に頭を押し付けた後、ぬるりと八の字を描いてから未春たちの方へと行ってしまう。
「ラッコちゃん、これ、皆に。お友達にも良かったら」
はーい!と倉子が紙袋を受け取り、お辞儀も程々にスズを追い掛けていくと、ハルトは爆笑収まらぬ気分で、くっ付いてくるビビと共にさららの方へと降りて行った。
さららは以前よりも痩せたようだが、千間に対して気後れした様子は見えない。むしろ堂々として見えた。
「どうも、千間さん。災難でしたね」
「女子高生に手出ししようとした罰だわ」
散々なセリフを浴びせられた男は、それでも苦笑に留め置いた。下手に騒ぐクレーマーに比べたら、この殺人鬼はけっこう大人だ。無論、毛玉アタックで終わったのをありがたく思って頂きたいが。
「厳しいな。僕は君ひと筋なんだが」
「どうかしら。ねえ、ハルちゃん?」
この間はありがとう、と微笑んださららに、ハルトは丁寧にお辞儀した。
「もう、大丈夫なんですか?」
「そう見えない?」
「痩せましたから」
「褒め言葉ね」
返事の軽快さに、ハルトは少し安堵した。傍らでわずかに顔をしかめていた男に、先日は病院に押しかけてすみませんと言ってやる。「気にしなくていい」と、こちらもかぶりを振る千間に、さららは少し不思議そうな顔をした。
「病院?」
「千間さん、入院してたんですよ」
「えっ……そうだったの……?」
一瞬、さららの表情に浮かんだのは何だろう。不安や心配のようだが、殺人鬼相手にも親切な人だとハルトは思った。
「怪我、したんですか」
「……ああ」
気遣う調子のさららの問い掛けに、千間も殊勝に頷いた。……おや?
「――さららさん、お帰りなさい」
良い雰囲気になりそうなものを即刻ぶち壊しに来た男は、無感動に言った。さららもさららで、即座にそちらへ舵を切る。
「……うん。ただいま、未春」
これまでで一番の笑顔を受け取ったお邪魔虫に、さすがの殺人鬼も憮然としたのは言うまでもない。あろうことか、割って入って来た未春は千間にゆるい会釈をしただけで、そのままさららとの会話に突入する。ハルトも苦笑いが浮かんだ。
これが、特殊イケメン詐欺のやり方か。
「えっと……千間さんは、今日はどうしたんでしたっけ……?」
笑い半分、哀れみ半分のハルトの問い掛けに、千間はどこか脆い苦笑いを浮かべた。
「さららの顔を見に来ただけだ」
やっぱり殊勝なセリフだけ告げると、くるりと踵を返す。呼び止めることもないのだが、ハルトはなんとなく入口まで見送ってしまった。
「これから、支部ですか?」
「いや、先に野暮用が有る」
人の事を言えた立場ではないが、普通の“野暮用”ではなさそうだ。ハルトの内が知れたか、千間はわずかに苦笑した。
「そう構えなくても、君たちに害はない」
「はあ……」
そうでなくては困る。この男の本性に不審は抱いているが、安易に信用できる筈も無い。
「そうだ、フライクーゲル。ひとつ伝言を頼まれてくれるか」
片足分振り返った千間に、ハルトは肩をすくめた。
「……外でそのあだ名、やめてくれたらいいですけど」
「では、野々君。十条さんに伝えてくれ。『名前はミッドナイト・グランド・ブルー』に決まったと」
「は?」
Midnight・grand・blue?そんな単語は聞いたことが無い。大体、何の名前だ?
「言えば通じるんですか?」
「ああ、頼んだ」
言うなり、持っていたドーナッツもこちらに手渡して出て行った。
「持ってきゃいいのに……」
せっかく恵んでもらった手作りの品を置いていく背を、ハルトはぽかんと見つめた。
ミッドナイト・グランド・ブルー。
センター・コアの最終兵器じゃあるまいな?と思ってから、だいぶSF化してきた頭を掻いた。
「ハルちゃん、追っ払ったの?」
いつの間にか後ろに居た未春の散々なセリフに、ハルトは首を振った。
「お前がホウキで殴り掛かる前に、自分で出てったよ」
「あっそ。さららさんがコーヒー淹れてくれるって」
「ああ……なあ、お前、ミッドナイト・グランド・ブルーって何のことかわかるか?」
ことわざからエンターテイメントまで引ける専用辞書は、「ゲームか何か?」と首を捻っただけだった。
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